24 わんこのおんがえし




「幸村様」
「…………」
「…………幸村様?」
「ハッ、い、いかようでござろうか!」

いやいや。いかようって。「……お客さんが増えてこられましたので、申し訳ないんですがもう少し端につめていただけますか?」 あたふたと片手を広げる幸村様を訝しげに覗きながら声をかけると、「あ、お」「……あお?」 何やら人外の言葉を吐いて、かかっと首元から顔まで真っ赤に染めた後に、自身の手を見つめて、「一つ、団子屋には、ゆっくりまっすぐ歩いて行くこと。二つ、自分から殿にはぶつかって行かぬこと。みっつ…………みっつ?」 首を傾げている。

「…………幸村様?」
「あ、いや、うむ。某、これにて失礼する! うまい団子でござった!」

懐から取り出したお代を、ちゃらんと私の手にのせて、着物の裾を持ち上げながら、バタバタと消えていく。手のひらのお金を見て頭を傾げた後、首まで真っ赤にしていた幸村様を思い出した。「…………あからさまだなあ」 なんだかこっちまで照れてしまった。



真田幸村様は、女の人に免疫がない。破廉恥でござるが決め台詞のウブなボーヤで、真田の世継ぎは、一体どうなりますことやら、と市井の民にまで心配される始末。なんていうのは、お店のお客さんからぽろぽろと聞いていた噂なのだけれど、私からしてみれば、絶対嘘だし誤報だしありえないし、と思っていた。というか、思おうとしていた。

幸村様は決してほめられる人ではなく、最低であり、近寄ってはいけない危険分子のナンバーワンだ。例えば、私に殴られても怒るそぶりも見せないとか、例えば、貴重なお薬を別けてくれたとか。そんな例えばにはなるべく見ないふりをしていれば、そう思い込んで、自分も子どもっぽい態度を続けることができたのだ。けれども、どうにもこのごろ幸村様は、まるで“普通の人”のように振舞っている。

普通というか、噂通りの人というか、純朴すぎる少年というか。
(これじゃあ嫌いになれない)
調子が狂ってしまう。

やってられない、やってられない、と腕まくりをして他のお客さんの勘定を済まそうとしたとき、あれ、と首を傾げた。(私、幸村様がああいう態度だから嫌いなんじゃなかったっけ) それが直ったということは、別に嫌う必要もなくて、いやいや。「幸村様は、武士だから」 すっかり忘れそうになっていた事実を思い出した。

うー、と唸った。
これじゃあ、無理やり嫌う理由を探しているみたいじゃないか。
(幸村様に会いたくない)

私と目が合うと、パッと嬉しそうに笑って、そうした後に顔を真っ赤にして、誤魔化すみたいにもきゅもきゅお団子を口に詰め込む幸村様とは、会いたくない。
思い出すと、首の後ろ辺りが、熱くなった。そんな自分が悔しくって、バチバチと無理やりにほっぺたを叩きまくった。


なんとも運がいい事にも、それからしばらく幸村様はお店に来なくなった。もともと大きなお城に住んでいる旦那様(と、言ったらいいのだろうか)なのだから、ひょいひょい小さな茶屋のうちに来ていることの方がおかしいのだ。数日、数週間と間が開くことはもともとめずらしくなかったし、ほんの少しの違和感があるだけで、案外のったりとした毎日を過ごすことが出来た。
このまま全部を忘れてしまえたらなあ、と思っていたのだけれど、残念ながら、そうはいかなかったらしい。


「…………宅配……ですか?」
「そうそう。武田のお城からね。ちょっと量は多いけど、持って行けないことはないね」

よろしく頼むよ、とこっちに団子の包みを向けた女将さんの笑顔を見ながら、私はパキリと固まった。両手をわきわきさせて、ごきゅりと唾を飲み込むと、彼女はアッとしたように口元を大きくさせて、「ああ、いや。お武家様ばかりがいらっしゃるもんねぇ。やっぱり私が行くよ」「あ、や、大丈夫です、大丈夫!」 ちゃんと持っていきますから! と無理に笑うと、女将さんはほんの少しだけ伺うような顔つきをした後、きょろりと瞳を動かして、「それじゃあ、頼もうかねぇ」 いつまでも迷惑をかける訳にはいかない。私は勢いよく頷いた。


道を歩く度に、どきどきと心臓が嫌な音を立てる。ぎゅっと団子の包みを抱きしめて、注文主の名前を思い浮かべた。いちいち訊くまでもない話だ。
重い足を引きずりながら、城門の前までやってくると、案外なんてことはなかった。拍子抜けするくらいだった。額当てをつけた門番に、「すみません」と店の名前を名乗ると、話が通っていたのか、ああ、と軽くうなずかれた。さっさと団子を渡して去ってしまおう、と手元を上げると、「ほら、行ってこい」「え」 ポンッと背中を押された。

「あ、いや、私」
慌てて振り返ると、扉がギイギイと閉まっていく最中で、「あー、あー、あー……」 小さな声は届かない。どうしたもんだ、と肩を下ろすと、「お、ちゃん」 こっちこっち、とはたはた手のひらをこっちに向ける茶髪の男性は、木の上から頭を反対にさせて、すっぽりと顔を出した。「佐助さん……」「グーゼンだねぇ」「いや、さすがに……それは……」 嘘くさいです。

あ、ばれた? と悪びれもない顔つきで、くるりと佐助さんは着地した。「そろそろかなって思って、時間を開けておいたのさ。ささ、行くとしましょうか!」



  ***



佐助さんに会ったのだから、さっさとお団子を渡して退散させていただけないだろうか、と何度もお願いの視線を送ったのに、佐助さんはことごとくそれを無視して私の肩をぐいぐいとひっぱった。そもそも、未だにお代をもらえていないので、すたこらさっさと逃げる訳にもいかない。

「さ、佐助さん……」
「ほらほら。今ちょっと、旦那は手が離せなくてさ」
「いえ、私」
「ダイジョーブダイジョーブ。旦那だって、前みたいに無闇矢鱈とぶつかってきたりしないデショ?」

ちょっとは進歩してるっしょ、と嬉しげに跳ねている声と反対に、私は口元をもごつかせた。とてとて、と廊下の上を歩く。ぎしぎし、と歩く音が私一人分なことに、佐助さんが、“猿飛”なのだと思いだした。あんまりにもへらへらとした風貌なものだから、そこら辺の認識がときどきスッと抜けてしまう。

「確かに、前よりも、マシになりましたけれども……」
「でしょ? だから安心してよ」

ね、と足音も立てずに大きく一歩を踏み出して、「あ、違ったか」と佐助さんはくるりと振り返った。「ちゃんは、旦那じゃなくって、武士が嫌なんだっけ?」 けらけら、と頭の後ろで手を組んで笑うその人は、どうにも嫌なことを言う。
私が苦虫を噛み潰しているような顔をしているとわかったのか、「まあねえ」と佐助さんはしったかのように顎をひっかいた。

「旦那が苦手ってのと、武士が苦手ってのと、ちゃんの中でこんがらがっちゃったのかもねぇ。まあ、色々としょうがないかね」

どうなんだろうか。
そうなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。佐助さんは、いくらかおもしがるように私の手のひらから団子をすくった。「俺が届けておくよ」 何を言っているんだろう、と顔を上げた。「ちなみに、旦那の部屋は、ここの角をまがってすぐそこだ」

どうしようか。とにかにか笑う男性のほっぺたを、べしっと叩いてやりたくなった。


  

2012/08/09