「それで……ちゃんを帰すって言っちゃった訳?」
バカだねぇ、と首を振る忍を見て、こつこつと拳で膝を叩いた。そうした後に、長くため息をついて頭を落とす。
某が、必ずあなたを元の場所にお帰ししまする。必ず、某が
みん、みん、みん、と蝉の声がきこえる。
(つまりそれは)
殿が、どこか遠くへ行ってしまうということだ。
「とりあえず? なんだっけ。ちゃんの故郷を探せばいいの?」
「ふむ……いや、探すのではない。帰り方を見つけなければならぬ」
「……それってどう違う訳? わっかんないねェ」
「わかれ」
横暴な主さんだねぇ、と溜息をつく佐助に目を向け、団子の串を指の間でこすった。この間の祭りで食った団子だ。特に深い意味があると言う訳ではないが、なんとなく捨てることができなかった。「ほんっとーに、ちゃんが帰るお手伝い、しちゃうの?」「当たり前だ。殿がつらい思いをしておるのだぞ」「でもさあ、ちゃんが帰っちゃったら、旦那は困るじゃん?」 好きな子、いなくなっちゃう訳だしさあ。
みんみんみん、と声が聞こえる。「フリってどうよ」 名案とばかりに、ぽんっと佐助は手のひらを叩いた。
「探すフリ。どうせやり方もわかんないんだしさ、とりあえず頑張って探してるフリして、ちゃんの好感度上げといて、やっぱりダメでしたすみません〜って心底申し訳なさそうな顔してさ。どうせちゃんも期待なんてしてないだろうし、ここはやっぱ作戦の一つとして」
「佐助」
「はいはい、もちろんジョーダンですよ?」
旦那は冗談が通じないなあ、と呆れた声を出す佐助に、返事を返すことはやめておいた。ほんの僅かの間の後、佐助はどこかつまらなさそうに舌を打った。チッ、と響いた音が、蝉の音に混じりながら、ころりと静かに消えていった。
***
泣いてしまった。
思いっきり、泣いてしまった。
今更ながらに恥ずかしくなって、私は布団の中で思いっきりに体をゴロゴロさせた。ぎゅっと幸村様と抱き合っていた後に、何をしているんだ、と私は唐突にハッとした。思わず彼を見上げると、幸村様はどこかしょげたように私を見下ろして、すぐさま表情を和らげた。「どの、期待してくだされ! すぐにとは申せませぬが、この真田幸村、一度した約束は破りませぬ!」
みなぎるうぁー!!!!! と拳を握り締めながら真っ赤に闘志を燃え上がらせる幸村様をぽかんと見つめて、「ささ、遅くならぬうちに、お送りしまする!」といそいそ背中を押されて、気がつくとぼんやりと店先に立っていた。
それでは! としゅぴりと片手を上げながら、全速力で帰って行った幸村様を思い出して、名前を呼ぼうとした。けれどもやっぱり恥ずかしくなって、ぺちりと口元を叩いた。代わりとばかりに家族の名前を、ぱくりと口を動かすだけにして、呟いた。
結局、それからしばらくの間はなんのコンタクトもなく、それから数日して、屋敷に来るようにと伝言があった。既に一度訪れた屋敷だから、特になんの気負いもなかったし、土産とばかりに団子を包んでてくてくと足を踏み出した。
任せてくだされ、と幸村様は胸を打ったが、ぶっちゃけ期待のきの字もない。なんてったって、タイムトリップだ。青狸の一匹でもいれば心強いけれど、彼は瓶底眼鏡の少年のおもりに必死なので、私に気をかけている暇はないに違いない。
(でも、幸村様が、本当にろくもんなら)
なるべく考えないようにしていたことだ。
けれども、もしそれが本当なら。もしかしたらのもしかしたら、本当にちっぽけなもしかしたらだけれども。(帰る方法が、見つかるかも) だたのかもだけど。
ちょっとだけ、そんな風に思った。そう思うと、なんだか足取りは軽くなるものである。
(期待、してみよう)
幸村様に、ちょっとだけ。
期待をしてみよう。案内をしてくれた女の人に頭を下げて、それではとばかりに私はゆっくりと障子戸に手のひらをかけた。腕の中の団子を見つめて、少しだけ笑いながら、「こんにちは、ゆきむらさ
」
「友情ッー!!!! 努力ッー!!!!! コンジョッォーッ!!!!!!!」
某週刊誌のコンセプトに似た決め台詞を叫びながら上半身マッパで叫ぶ男性を目に入れた瞬間、私は即座に扉を閉めた。「おお! どの、いらっしゃったか!」「すみません、帰りますんで、扉をあけないでください」「旦那旦那、友情ってとこはちょっとおかしくない? 友情っつーより旦那の場合愛情じゃね? ちゃん相手だし」「む? そうか? 友情の方がゴロがよく感じるのだが、まあ確かに言われてみれば」
こほん、と咳をついて、「愛情ッー!!!! 努力ッー!!!!!! コンジョォオオオオオオオ!!!!!!」 帰りたい。
「すみません幸村様あんまりよくわからないっていうか聞きたくないんですが、一体何をしていらっしゃるんですか?」
「よくぞ訊いてくださった! これは古くから伝わる儀式であり、上半身を脱ぎながらしこを踏んで両手を上に上げつつ、この三つの単語を叫ぶことで願いを成し遂げることができると佐助に聞いたのでな!」
「現在進行形でその従者さんが口元押さえて笑いをこらえてますけども!?」
部屋の端でゴロゴロ転がりながら肩を震わせていらっしゃる。
「佐助! たばかったのか!?」「いやそんなことないよ、俺様は旦那ならこの儀式を成功させることができるって信じてたんだよ! 気づいて俺様のこの期待!」「任せろ! 我こそは真田幸村なりィ!!」「騙されとる騙されとる」
ちょっと落ち着いて服を着んかいととりあえず幸村様に服を着て頂き、私と幸村様、ついでに不忠義忍者はどっこいせと三人座り込んで顔を見合わせた。「すみません、ちょっと嫌な予感がするんですが」「なんでござろうか?」「もしかして私が帰る方法とかあんまり見当がついていない感じでしょうか」「何事もやる気からでござる!」 正直オチは見えていた。
ですよねー。そもそも人様まかせとかちょっと虫が良すぎますしねー!? とわかってはいるのだけれどもあふれる何かを抑えんがために叫んだ。「ディスイズノープラン!!!」「落ち着いて! ちゃん落ち着いて! 旦那ったら基本的に悪気はなくてヤル気ばかりが溢れてる男なの!」「そう褒めるな佐助……」 照れ照れしていらっしゃるけど褒めてない。
「まあまあとにかく、とりあえずの作戦会議といきましょうよ」と、パタパタ両手を動かす佐助さんに頷き、ううん、と幸村様は首を捻った。「どの、何かいい案は思いつかれましたか」「んん、いえ、なにも……」 というか、思いついたことは、もう既に実行済みだ。一番最初にこっちの世界にやってきたときの場所にも行ってみたけれども、何の意味もなくて、落ちた首の男を思い出して、足がガクガクと震えるばかりだった。
思い出すと、やっぱりきゅっと胸が苦しくなった。瞳をつむって、拳を握って、深呼吸を繰り返した。「思うのだがな」 幸村様の言葉に顔を上げた。「先程の案、それほど見当はずれではないと俺は思うのだが」「…………さきほどの案?」 何か話しただろうか、と私と佐助さんは目を合わせた。
「だから、さっきの儀式だ。あちらとこちらの世界をつなぐものとは、おそらくとても奇天烈なもの。であるなら、こちらもそれに対抗すべきであろう」 裸になってズンドコしこを踏むことが幸村様的な対抗なのだろうか。突っ込みたい気持ちを抑えた。
「い、いやいや。さっきのはほら、俺様それほど深く考えてなかったっていうか」
「根性だ。根性とやる気、これさえあれば、何事も道が開けるというもの!!!」
「やっべ旦那全然聞いてくれてねぇやっべ」
「先程は、俺一人であったため力が足りなかったのだ! つまり!」
ちらり、と幸村様は私を見つめた。ほんの少しの間の後、「え、うえ、うええええ!!!?」 まさか私もしろと!!?
無理です無理です、とぶんぶん首を振っているとなりでは、佐助さんが両手で顔を多いながら、ぶるぶると声を震わせて、「が、がんばって……ちゃん……」と呟いていた。どう考えても笑っていた。
「ででで、でも幸村様!!」
「一人がダメなら二人で! どうらぁ!!!」
「脱いだ! 幸村様が脱いだー!!!」
ほあたあ!! 褌一丁になりながら着物をばさりと畳に投げつけた男の人は、どすどすとこっちに近づいてくる。ぶるぶる、と私は首を振った。勘弁、勘弁してください幸村様、と必死に懇願した。
見上げた幸村様の鼻息は荒かった。どう考えてもやる気だった。「ひっ、あ、っやっ」 どすどす、と足音が近づく。ぎゅっと瞳を瞑った。しかしながら、ずんどこ足音は通り過ぎた。
「さあ! やるぞ!!!」
「あれ?」
「佐助! 今すぐぬげぇええええええ!!!!!!」
「うっそおおおおおおおおおおお!!!!!!???」
ズンドコズンドコズンドコ
ズンドコズンドコズンドコ
ズンドコズンドコズンドコ
しょっぱい気持ちになった。
「俺様……何かを奪われちゃった……奪われちゃったよ……」
嫌だって言ったのにィ! としくしく部屋の端で膝をまるまる忍はさておき、涼しげな顔をするふんどし男は「何も起こらぬ……不可解な……」と一人首をかしげていたけれども、「不可解なのはあんただよ」と佐助さんが呟いていた言葉は、否定ができないので聞こえないフリをすることにした。
「あの、幸村様、やる気系は、とりあえずやめておいた方が……いいんじゃないでしょうか」
「しかしどの」
「やめましょう。とりあえずやめましょう。っていうかふんどし状態もやめましょう」
お願いだから服を着よう。
いそいそ本日二回目の着衣を果たした幸村様はよっこらせと座り込みながら、「さて、それでは次は」「ハイッ!!!!」 佐助さんのやる気は満々だった。「旦那が!!! なんだかこっちの世界に戻ってきたとか! そんなことを言ってたけど!!! そのときの状況を確認してみない!!!?」 いい考えだよね!!? とこっちの肩を揺さぶる彼の目は必死だった。
「しかし佐助」
「他に案はないし! これでいこう!」
「いや、実は第二弾を考えて」
「これでいこう!!」
「う、うむ……」
「(気圧されたー!!)」
とりあえず私もこれ以上しょっぱい気分にはなりたくなかったので、佐助さんの案に賛成し、「そうか、それではどの、こちらに参ってくだされ」と頷く幸村様の背中をてくてくとついて行った。三人一緒にぎしぎし廊下を歩き、隣の部屋に移動して、「こちらでござる」 カラカラ、と扉を開けた。
さっきまでの部屋と、何の変化があるかと言われれば、お布団がしいてあった。よっこらせ、と幸村様はおふとんをめくった。入った。時間が経った。「寝るなー!!!」「ハッ! 思わず!」 行動によどみがなさすぎて突っ込むタイミングを逃していた。
「あの、幸村様、こっちに戻ってきたときのことを確認するんじゃないんですか?」
「ですからどの、これが確認でして」
「寝ることが?」
「もちろん。寝て起きたらこちらの世界に戻っておりました!」
「……それだけ?」
「うむ!」
「…………」
「…………」
前進は終了した。
「あ、ちゃん、俺すごくいい案があるよ。ちょうど今素敵なお薬持ってるんだけど、これを飲んだらいい感じに意識がどっか遠くに行っちゃうらしいし、それで満足するってのはどうだろう?」
「サラッと問題発言しないでくれますか」
「えーっていうか、それ旦那の夢の話っしょー?」とちゃんと似た女の子が出てさぁ、とぶうたれた顔をする佐助さんに、幸村様は憤慨しながらどすどすと地団駄を踏んでいる。地響きがする。
「佐助、夢ではないと何度も行っているだろうが! というか、先ほどまでは普通に話の流れを否定していなかっただろうに!」
「いやだって下手に否定してもめんどいしぃ。旦那とちゃんが言う別の世界が云々とか、これっぽっちも信じてませんことよ?」
「佐助!」
「なにさ。個人の思考思想は自由っしょ」
「団子をやるから信じろ!」
「あんたは子どもか!?」
そんな子どもが俺の上司かー!! と頭を抱えてシェイクをはじめる二十代は、一体どういう流れで彼の下につくことになったのだろうか。知りたいような、とてもどうでもいいような。私はバタバタ暴れる彼らを目の端でとがめながら、あーあ、と長い溜息をついた。正直、期待なんてしてなかったけども。本当に、まったく。(あーあ……)
「その、どの、すみませぬ……こんなはずではなかったはずなのですが……」
「いえ、まあ、本当なら、幸村様に頼まないで、自分でなんとかしなきゃいけないことですし」
「そのようなことは!」
「存分に、頼ってくだされ!」と幸村様は、ぎゅっと私の両手を掴んだ。かあかあ、とカラスが夕暮れに鳴く頃、万策尽きた私達は、とりあえずまあ、後日に持ち越しということで、と特になんの収穫もなく終了した。
手のひらを握られたまま、私は「ええっと……」と口ごもった。「あの、幸村様」「はっ! なんでござろうか!」「手、手が痛いです……」「うおおおお、そそそそっ、それがしっ」
申し訳ござらぬうううううう!!!! と力のこもったスライディングで土下座を始めた幸村様に、「いや、いやいやいや」と私は両手を振った。
「あ、そうだ。忘れてました」
うっかり渡すタイミングを忘れてしまっていたお団子を幸村様の目の前に、ひょいと出した。彼はきょとんと何度か瞬いて、ふんこふんこと鼻の穴を大きくした後、また私を見上げた。「どうぞ、おみやげです」 パッと嬉しげに頬を緩ませて団子の包みを受け取って、すぐさま顔をしょぼつかせた。どうしたんだろう、と私もすとんと腰を落とすと、
「大したこともできず、このようなものをもらうことは……」
「ええ? そんなこと、気にしなくても」
「しかし……」
もごもご、と口を動かしている。けれどもやっぱりお団子が気になるのか、ぎゅっと包みを掴んだ手は離していない。
「気持ちですから」
「……気持ち……」
「はい。色々と考えてくださって、ありがとうございます」
ほんの少し、幸村様は目の端を緩めた。「それならば」 いただきまする。とペコリと頭を下げ、よっこらせと立ち上がる。私も同じく腰を上げた。「どの」「はい」「また明日」 いや、明日は無理やもしれませぬが、と幸村様は瞳をきょとつかせた。
私はしばらく考えた後、「はい」 また今度。
また今度。
そう言った。全然私達は進んでいない。ぐるぐると低迷して、次に何をするべきかもわからない。
けれども。
なぜだか、さようならまでの時間が近づいているような気がした。
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