「しまった……」
今後、私はどうするべきなのか、とぐだぐだ考えているうちのことに。




「いない? いないんですか、本当に」
「ああ、数日前に荷物をまとめて出て行ったよ」
「どこに行ったとか、」
「さぁねぇ。こちとら何人も相手にしてるんだ。一人一人になんて確認する暇もないよ」


さぁ、忙しいんだ泊まらないってなら出て行ってくれ。とちょいちょいと追い出されて、道の真ん中にぽつり。道行く人の中で思わずがっ! と頭をつかんで、「オデッサさんが、もうどっかに行っちゃっただなんて!」

確かに彼女は旅人だ。約束だなんてしていなかったし、私を待ってのんびりと滞在している義理もない。(で、でもこんなに早くだなんて) どんなに長く生きてもこの詰めが甘い性格は、変わりそうにないなと思わずため息をついてしまった。
「彼女なら天魁星に近しい人だと思ったんだけどな」

呟いた声は妙に空しくて、天魁星の周りには真の紋章があつまる、なんてジンクスに頼ろうとしたのがダメだったのか、それともちゃっちゃと行動しないこの性格がダメだったのか。………両方だろうけど。(ホント、どうしよう)

財布の中のこの間売りさばいた薬の重さを確認して、暫くは問題なさそうだと頷く。こうなってはしょうがない。ウィンディに殴り込み……(なんて、出来るはずもなく)(そんな事したら、一発でおじゃんだ!)
いつの間にやら、帝国のお后様だなんて立場に立っているウィンディに抵抗するものといえば、

「………噂に聞く、解放軍ねぇ」

暫くの目標は、それとオデッサさんだ。と吐いたため息は盛大にでっかかった。





紐をといた財布からお札を一枚。「まいど!」と聞こえたおじさんの声と、渡された茶色く干された肉をじっと見て、「ありがとうございます」
ほんの少し余分で買ったそれを、いつの間にやらねずみ色へとくすんでしまった袋の中へと入れて、よしと顔を上げた。

「また眠れない夜が続くなぁ」

火を囲んで、堅い地面をベッドに薄い毛布を体にかけてだなんて想像しただけで嫌になる(いやいや、弱気になってちゃだめだ)パチン! ひっぱたいた音と、比例するように、どこからか声が聞こえた。
「キュオーン」「へ」

あまり聞き慣れない声に顔をあげて目の前を見てみた。真っ黒な体に大きな大きなほんの少し青ずんだ羽。愛嬌のある、といえばいいのかくるりとした瞳。「りゅ、竜」 ばさり、とソイツが小さく羽を動かした。気のせいか辺りがざわざわといつも以上に五月蠅いのはきっとコイツの所為に違いない。

    ブラック!」

少年の声が聞こえる。私よりもほんの少し小さな身長で、頭の横につけたまるで竜の羽を思い出させる装飾品で、首もとにくるりと巻いたバンダナといえばいいのか、緑の布が、パタパタと動かして、この、“ブラック”というらしい竜の元へと駆けつけて、………取りあえず、一歩引いた。


「ごめんなブラック。干し肉、ついさっき売り切れたってさ」
「きゅうん」
「戻るまで我慢してくれ」

“ブラック”の、つるつるとした表面の首もとを少年はすっと撫でた。また小さく動かした羽を見て、(………もしかしなくとも、私で売り切れ?) 別に罪悪感なんてものはない。早い者勝ち、なんて言葉は度の必需品ってヤツだ。けれども。袋の中につめた干し肉が、カサリと音を立てる「ねぇ君」

ふいとこっちを向いた竜騎士の少年に、ついさっき買ったばかりの肉を三分の一ほど差し出した「あげる」
なんの事だとほんの少し寄せた眉毛を見て、思わずクスリと笑ってしまう。「ほら、あげるってば」

「いいよ。それ、あんたのだろ」
「うん、まぁね。でも君にあげたくなった」


妙なヤツ、と彼の目には映ってしまったかもしれない。ほんの少し寄せていただけの眉毛が今度は大きく寄せられて、「    いらない」 ………頑固者め。

差し出したままの私の手は特に動くこともなく彼をじっと見つめた。時折聞こえるブラックの小さな声が耳の中をかすめる。
「あんたに貰う義理とか、ないし」 なるほど確かに。

「いいんだよ、そんなの。私があげたくなったってだけ。それに君は、」

とても、星に好かれている人だから。


ごくん、と最後の言葉を飲み込んで、不思議そうな顔をした彼に、にかっと笑いかける。「どうしても対価が必要だってなら、名前を教えて」
彼の中でチカリと小さく光る一つの星に、久しぶりだね。の言葉を心の中で呟いた。

伸ばした手はほんの少し揺らめいで、ぎゅと彼の腕を握りしめる。「………フッチ」「それで、こっちが、ブラック?」「うん」
ねぇ、アンタは? そんな言葉が、

「私は、


二度目の自己紹介は、小さな少年とだった。



2008.02.08