ぐう、と喉の奥から圧縮された空気が飛び出した。そのまま右手に持つナイフをぐるんと回転させて、傷口の中へとぐちゅりと押し込む。赤とも青ともいえないような液体がぼろりと溢れ、けれども匂いだけはいっちょ前にしっかりとした鉄の匂い。
そっちは終わったかと軽いビクトールの声に振り向いて、ナイフへとついた妙な色の液体を軽く振った。ぴっと音を立てて、地面へと飛び跳ねていた緑色の葉っぱに丸い跡を残す。
振り返るとビクトールも同じような事をしていた。
「お前変なガキだなぁ」
と低いビクトールの声が聞こえる。何がですかぁと懐からまた違う小さなナイフに持ち替えながら、魔物の皮をべりべりと剥がした。ちょっとしたお金にもなるし、場合によっては薬にも使える。よっほっとかけ声をかけて、少しずつナイフを進めた。ある一定の場所までいくと、皮を持ちながら、びーっと布を裂くように切れるのだ。
「だってよ、護衛用にナイフをくれっていうからてっきり」
「はぁ」
「案外動けるんだもんな、ビックリしたっての」
ビクトールにはこの間ナイフを一本もらった。調理用本職用のものしか持っていなかったからだ。今までは慣れてもいないのに刃物を持つことは危険だと考えてなるべく魔物に近づかないように、しょうがなく街と街の間を移動するときは辻馬車を乗っていた。
もちろんお金に余裕がないときはそうもいってられなかったけれど。
護衛する必要なんてないんじゃねぇかとカラカラ笑う声に、力の加減が分からずさっそく脱臼してしまったらしい右腕をじっと見た。首を回せば半分はずれかけていた肩がゴキンと音をならす。
「やービクトールさんがいて助かってますよ、ものすごく」
「そうかー?」
経験だけあっても体はまったくもって動かないのだ。前のように動けるようになるには、随分な時間がかかりそうだなと軽くため息をついた。
すっかりと後かたづけも出来た後で、歩くかと私の腰辺りまで生えた草の道を歩いた。商人の通り道なのか、そこだけぱっくりと開いていて、少し歩きやすい。
「紋章とかつけねぇのか」
と、ビクトールは自分の右腕を見詰めながら呟いた。彼にはあまり才能はないらしく、その手のひらには何もつけていない。もちろん私もつけてはいない。
魔力自体は、おそらく申し分ないと思うけれど、基本的に紋章は高いのだ。根無し草の人間が手が出る値段ではない。
もうちょっと安くなるか、お金が貯まれば付けてみてもいいかなと考えている最中に、またビクトールさんが「お前は変なガキだなぁ」とあまり名誉ではない言葉を吐いていた。
「薬師だけでやってけんだろ」
「薬師じゃなくて、薬屋」
「どっちでもいいだろ。なんでお前、解放軍なんて探してんだよ」
足下からは絶えずガサガサと大きな音が響いていた。なんで探してるとは随分今更な疑問だなと考えたけれど、そういえば一度もそんな事を彼と話した記憶はないと思い出した。
「なんでって、」
「おう」
「えーと、紋章を、うん、違うな。ウィンディに対抗……なんか違う。えーと、」
頭の中でどうにもスパッと言葉が出ない。様々な事情が頭の中に渦巻いていて彼にどう伝えればいいのかいまいち自分にも理解できていないからだ。
なんだ分かってねぇのか、とバカにしたように鼻で笑われた事にほんの少しむっとして、「じゃあビクトールさんは、なんで解放軍なんか」
同じ質問を返してやった。
んん? と、彼は首を傾げたと思えば、かちゃんと腰に下げた剣へと手を添える。
「気持ちよく腹一杯飯を食べてぇのさ」
2008.08.28