初めて見た赤月の首都は綺麗すぎるなと思った。立ち並ぶ大きな家に、ゴミ一つ無いしっかりと舗装された道。中央へと配置された、随分こった細工の噴水にいらんところに金をかける、とため息をつきたい。
「私この街あんまり好きになれそうにないです」
「そうかい。俺は案外好きだけどな」
「あれ意外」
これだけ周りが金持ちならくいっぷちに困らなさそうだ、と笑った彼はらしいなと思った。
さてどうすると噴水に腰をかけると、道の中を通り過ぎる人達に案外ぼろい服を着た人間も混じっている。何処にでも格差ってもんはあるもんだなぁ、と背中のリュックに詰め込んだ商売道具を取り出そうとすると、「やめとけ」と止められてしまった。
「こんなお膝元で商売するヤツがいるか」
「あーそっか、許可がないですもんねぇ」
旅費の足しにと周りに高くふっかけてやろうかと思ったのだけれど、やめておいた方が得策かもしれない。ちっと軽く舌打ちすると、そこらに歩く憲兵へとビクトールはちらりと視線を投げ、「まぁ、アイツらが見てないトコを探してこいよ」
「じゃあビクトールさんは、解放軍お願いします」
つまりは二手に別れようという話だ。まかせとけ、うまい酒を出す店もついでに探してくるぞ! と頼りになるようなならないような返事にぽんっと彼は胸を打って、辺りの人混みの中に混じっていった。
さてどうするか、とぐぐぐと体を軽く伸びをする。取りあえず城の位置だけでも確認しておいた方がいいだろうと視線を空へと上げた。遠くから見るだけでも全てを埋め尽くしそうな城壁に、へっと口元が歪む。(
あの中にウィンディがいるんだ)
なんでもバルバロッサの前のお后様にそっくりだったなんて、面白い偶然だけれど、当にそうなのかと疑いたくもなる。
紋章がなくなった今、彼女に狙われる事もないと考えるとなんだかイヤミだ。(とりあえず今彼女が何個紋章を持ってるのか、知りたいんだけどなぁ)
解放軍がそんな事を知っているか甚だ謎だけれど、今の私にはこれしか方法がない。
気乗りしないまま足を進めるとなにやら荒々しい声が聞こえる。大量に集まった憲兵が一人の男の口を思いっきり掴み上げ、バタバタと動く体が憲兵達の体の隙間から見える。曰く、この国はこのままでいいのか
曰く、軍は腐りきっている。
汚れ一つ無い、見るからに質のいい生地を使っているであろう、ふわりと裾が広がるスカートの女性はある程度距離を置きその騒ぎを見詰めていた。旅人と見える薄汚れた茶色いマントを羽織った男は、何事だと視線をなげてそのまま去っていく。
まるでいつもと変わらない風景だというように、無意味に静かで切り取られた光景に私は何故だか気持ちがわるいなと考えてしまった。物騒な言葉をはき出しながら暴れる男が妙に哀れだ。
「何があったんだろう」
「反乱軍の一味なんだってさ」
誰ともなしに呟いた言葉にしっかりと反応をされ驚きながら振り返った。頭にバンダナを巻きながらゆるりと口端に弧を描く少年は、何故だろうか、オデッサと少し似ているな、と私は感じた。性別も年齢も髪の色も何もかも違う。敢えていうなら、赤を基本とした服が、彼と同じだという事だけだ。
「反乱軍?」と首を傾げると、少年はそう、と静かに頷く。私よりも4つか5つは年上だと思われるのに、随分落ち着いている。少年の高さに合わせて首を上げるのは少し辛いけれど、ビクトールよりはマシだ。
「反乱軍ですか」
ともう一度私は呟き、解放軍ではないんだなと考えた。彼はこの首都グレッグミンスターに住んでいるんだから、そんな事は当たり前かもしれない。
彼と話せないだろうかと思わず呟いた小さな独り言を、少年はめざとく耳へと入れたらしい。「君は反乱軍と知り合いなのかい」と黒い双眼をギラリとさせた彼を見て、しまったと口元を塞いだが、そんな反応自体イエスと答えてるみたいなものだと思う。
あちゃあと自分自身情けなくなってしまったけれど、下手に否定しない方がいいかもしれない、とぐっと腹をくくる事にした。
「
生き別れの、兄なんです、彼は」
しまった、もうちょっと上手い誤魔化しがなかったのか。
出てしまった言葉はどうにもならない。「や、だから最後に一回話せないかなぁ、と、ね!」 たらりと微かに流れた汗に、今ここで憲兵に連れて行かれる事だけは勘弁だった。ふうんと納得したのかしていないのか、くいっと首を斜めに頷かせた少年を見て、「あなたにこんな事いってもしょうがないですし、失礼しますね」
当初の予定通りどっかでおくすりを売りさばいてやろうと、くるりと体を反転させたときだった。ぐいっとひっぱられる感覚に、私の小さな体は簡単に押し負けてしまう。
意外にもしっかりとした握力を持つ手のひらに驚きながら、これはやばいと首筋にいやな感覚が、ぞわり。
「君の、名前は?」
「………」
流石に本名を名乗るのは憚られたので、懐かしいまんじゅう好きの赤鉢巻きの名前を使わせてもらう事にした。ごめん、と心の中で何回か手を合わせる。
その間にも、体はずるずるとひっぱられて、ぐるんと腕を回してはずそうにも、ぴくりとも動かない。これだから子どもの体はいやなんだ。いっその事、とローブの中へと隠し持ったナイフの場所を左腕で触りながら、流石に町中でそんな事をする訳にもいかないかと諦めた。
突き出された憲兵の前に、万事休すとはこの事かなと思ったとき、と解放軍の一味だといわれる彼と目が合わさり、へへへと情けなく笑ってしまった。
ぐ、と唇を噛みしめる。「こんにちは」予想よりものんきな少年の声に、ほんの少し拍子抜けしたのも事実だ。
(やばい、ビクトールさんごめんよー)
ぎゅ、と瞳を瞑る前に何故だか妙に体を硬くした憲兵達を見詰めた。はっとしたかのように騒ぐ男の両腕を拘束し、「どうかしましたか、マクドールさん」と口早に言葉を投げかける。
(………マクドール?)
どこかで聞いた事あるような、とぴくりと体の筋肉が痙攣した。
「この子そこの彼の弟らしいんだけど、ちょっと話をさせてやってくれるかな」
ね、くん、と予想だにしない言葉に、はへと妙な声を出してしまった。それ以上に男が不思議そうな顔をしたものだから、ぐっと唇を噛みしめて根性を入れ直す。
「兄さん!」
取りあえず半分泣きかけの少年の声ってこんなものだろうかと、喉の奥をぎゅっと締め付けるように声を出す。「うわっ」と思いっきり衝撃をぶつけるように彼へと飛びつくと、憲兵も驚いたのか彼の拘束を解いた。私を抱え込むように腰を下ろした男の耳元で小さく呟く「あなたは、解放軍?」
男はぐっと眉毛をハの字のようにし、私の目をじっと見詰めた。頬から骨が浮き出ているのは、暫くものを食べていないからだろうか。
「、ごめんな、兄さん家に帰れそうにない」
「兄さん、なんで反乱軍になんて手を貸しちゃったんだよ!」
「ごめんな」
慰めるように私の頭を男は撫で、もう一方の手のひらで小さく握られた私の手のひらを開き、握りしめた。
もう一度、兄さんのバカと呟いて、もういいかと声を掛ける憲兵に頷いた。名残惜しげに私は男から離れ、ぺこりと彼らへと頭を下げる。マクドールと呼ばれた少年も、「ありがとう」と彼らへと軽く頭を下げていた。
連れ去られ小さくなっていく彼らを見詰めて、確かに手のひらの中に握りしめられた小さな紙の感覚を確認した。
隣に立つマクドールへ、「最後に兄さんと話させてくれてありがとうございます」と精一杯お礼をいい力強く足を動かし、彼の隣を過ぎ去ろうとした。
「随分似ていないお兄さんなんだね」
ぼそりと耳元で呟かれた言葉に思わず振り返ってもそこには誰もいない。立ち並ぶ店の間の道からさっさと何処かへ行ってしまったのかもしれないな、と考えつつ、やっぱりバレてたかとちょろりと舌を出した。ちょっと恥ずかしい。
(でも収穫はあったかな)
男から渡された、小さなメモを空へと掲げた。
2008.08.29