案内された部屋の中は、案外、清潔だった。たくさんの人間が集まり、拠点とする場所なのだから、当たり前だと思うかもしれないけれど、さきほどまでのしみったれた場所や、てってとネズミの運動会が見られる排水溝からは、清潔という単語などまったくもって連想できない。
けれども微かに光る複数のカンテラの明かりの中で、目立つ匂いは特にせず、私とビクトールは、複数の人間が敷き詰められた部屋の中へと通された。

大きな、おそらくたくさんの人間が座るであろう、木のテーブルは、所々腐りかけ、黒ずんでいた。湿気の問題か、それとも長く使われているためか、どちらだろう。
そのテーブルにオデッサは向かい合い、肘をのせ、丁度唇の前で手のひらを組んでいた。その隣にはフリックが立ち、訝しげな目つきでこちらを睨んでいる。
名前は分からないが、他にも複数の人間が、痛いくらいの目つきでグサグサと、隠すこともなく私とビクトールを突き刺した。


「………なるほど、つまりあなた達は、解放軍への参加を希望している訳ね?」

静かに聞こえたオデッサの声に、ビクトールは「おうよ」と腹から響くような大きな声をあげ、私は小さく頷いた。暫くの間があった後に、にこりとオデッサは笑い、「分かったわ、よろしく、、ビクトール」

テーブル越しに伸ばされた手のひらを、私は握り返す事が出来なかった。
「待てオデッサ!」 かっ、と叫んだ大きなフリックの声が、部屋の中を何十にも響かせ、思わず耳を塞いでしまった。

「こいつらは流れもんだろう。そんなヤツを早々と入れるもんじゃない。スパイかもしれないじゃないか。お前ら何が目的なんだ」

至極当たり前な疑問を、ぶつけられ、私は思わず、何度か瞬きを繰り返してしまった。普通はもうちょっと、婉曲に質問をぶつけるもんなんじゃないだろうか。よくも悪くも一直線に、ちょっと好感が湧いた。

フリックの疑問に、口をはさもうとするビクトールの足を思いっきりふみあげて(いてぇ! と声が聞こえた)
私はリーダーであるオデッサと、フリックを見詰める。
ビクトールに発言された日には、余計ややこしくなりかねない。

「この国の行く末を案じて」
「嘘だな」
「何でわかったんですか」

あんまりな直球な言葉に、間違えて直球で返してしまった。「あ」と口元を押さえたけれど、もう遅い。眉間に刻まれたフリックの皺に、「あ、や、ちょ、違います」と私はわたわた手を動かして、「半分ホント。私、家がないだけで、生まれも育ちも、ここですし」 ビクトールは、知らないけれど。
それじゃあ残り半分は、と問われるような空気に、えーと、ときょろりと天井を見て、

「………残り、半分は、秘密なんですけど」
「バカにしてるのか!」
「してないですって!」

私は、なんでこんなに嘘が苦手なんだろう、と頭を抱えてしまった。こんなことなら始めからビクトールにまかしとけばよかったかもしれない、と隣の熊へと視線を逃がすと、「カカカ!」と腹を抱えて彼は笑っていた。なんで笑う。なんで笑う!
気づけば部屋中に笑いが溢れ、オデッサも、目尻に微かな涙をためている。唯一、フリックだけ顔を真っ赤にしてぎっ、と私を睨んでいた。

「あのう」
「いいじゃないフリック、秘密で。下手な嘘よりもわかりやすいわ」
「しかしオデッサ」
「いいの。これからよろしく、、ビクトール」

にっこりと微笑まれた彼女の笑顔と、再び伸ばされた手のひらを、私はおずおずと、ゆっくり握りしめた。固いだろうな、と思った彼女の手のひらは、やはりどこか女性特有の柔らかさを、持っていた。





「………オデッサは、そうはいうけどな」

カンテラを持ちながら、フリックは歩く。私とビクトールは、その後ろで薄い毛布を抱えこんで、彼の後を追いかけていた。「俺は、まったく信用してないからな」
なんとも真っ直ぐな副リーダーに、軽く苦笑してしまい、笑いそうになった声を、あまり綺麗ではない毛布へと顔をつっこんで、くっくと堪えた。素直だな、とちょっと思う。

「別にいいぜ、信用なんて、後からついてくるもんだからな」
「でかい事いうじゃないか。口に実力が伴ってりゃいいな」
「おうよ、俺は強いぜ」
「どうだか」
「ハッハ、まぁいいさ」

余裕たっぷりなビクトールの言葉に、私も一応合わせて軽く笑う。「ここだ」と先ほどの部屋よりも、もう一回り大きな部屋というよりも、空間へと案内され、その場所にはたくさんの寝具が所狭しとつっこまれていた。ぼさぼさにした頭の数人の男達が、おう、と軽くこちらへと挨拶する。

新入りですか、フリックさん、と聞こえる声に彼は頷いた。

「取りあえず、ここで寝食は共にしてくれ。後はおいおい連絡する。そこの、あー、」
ですってば」
「そう、お前。ガキだからってって、何も出来ないじゃあすまされないぞ。お前は一体何が出来る?」

じっとこちらを見詰め、カンテラ越しにゆらりと彼の影がゆれた。何度かパチリと私は瞬きを繰り返し、背中へとつめた商売道具の中身が、ガランと崩れる音がする。

「おくすりを作れます。多少なら、けが人も見れます」
「じゃあそうしてくれ」

放り投げるように、彼は呟いた。



2008.09.09