(…………会話がないなぁ)
てこてことフリックの後ろへつき従いながら、私はぼんやり考えた。…………会話がないなぁ。
振り下ろされたフリックの刀を見つつ、私はローブの中にごそりと手を入れながらも、おお楽だなぁ、と感じた。「おみごとですねー」 見事に真っ二つに切られたモンスターの断面から、剣筋を確かめた。ビクトールの叩きつけるような勢いとは違い、緻密さが表れている。「ねー」ともう一回フリックに話しかけてみるものの、返答はない。彼は剣についた血を軽く振っていた。
(まあいいけどね)
嫌われている訳ではない。警戒されているだけだ。オデッサ曰く、自分と彼とで丁度バランスがいいとも言っていた。何でも受け入れてしまうオデッサには彼くらいの警戒心が必要に違いない。足して二で割れば丁度いいし、お互いが見えないものがお互いで見ることができる。
という訳でしょうがない、とは思うものの、この気まずさには多少辟易する。和気あいあいとまでは言わないけれど、少しくらい会話をしたくなるというのが人情というものではないだろうか。
「フリックさーん」
「…………」
「フリックさーん」
「…………」
「ふっくりさーん」
「…………ちがうっ!!」
「お前は一体何がしたいんだ!」と眉毛を釣り上げるフリックに、「ははは、仲良くやりましょうよ、仲良く」と足りない手で精一杯背伸びをしつつ、フリックの背中辺りをぽんぽん、と叩く。彼は一瞬ムッキィ! というように顔を真っ赤にさせたが、諦めたようにとぼとぼ道を歩いた。さっきから同じ会話の繰り返しなのでしょうがない。多分これで三回目だ。
「で、ふっくりさん、私たちはどこに向かっているんでしょう」
「俺はあえて突っ込まない。いいか突っ込まないからな」
「はいはい。で、どこに向かっているんですか?」
「……解放軍の機密事項だ。言える訳ないだろ」
「ついたら分かっちゃうんだから、今のうちに言っといちゃいましょうよ」
「……それもそうか……いや言わない」
「うーん、南だから、カクですか」
「…………」
「わかった、コウアンだ」
「ち、ちがう!」
「あ、コウアンですねわかりました」
まったくフリックさんは分かりやすいなぁ、とハハハと笑いながら彼を見上げると恐ろしくどす黒い表情で彼は目の前を見つめていた。これはからかいすぎたな、とこっそり舌を出して反省する。どうしても年下扱いをしてしまいそうになるが、今の私はただの子どもでおこちゃまで、しかもただの薬屋だ。
そうして反省している内に、またモンスターが降ってくる。「ふっ!」と軽く息を吐き出しながら、フリックは簡単に剣を振りまわし、モンスターの残骸を辺りへと飛び散らせる。(うーん、楽だなぁ……)念のためにと、ローブの中のナイフを手でしっかとにぎりしめつつ、フリックの動きを目で追った。
ビクトールと旅をしているとき、ビクトールは私が少しは動けるという事実を知っていた。だからこそ、ある程度のモンスターを私に流すようにしていたのだ。そんな訳で戦闘となれば、私は体を小さな体を駆使してナイフを動かしていたものだけど、フリックは違う。全て自分で片付けようとしている。もちろん、彼は私を薬屋として見ているからということもあるのだろうけど。
(…………彼なりに、守ってくれているんだろうな)
まっすぐ一本道の彼の姿にちょこっとだけ苦笑した。
それにしても、どこかで見たような剣の型だ。
結局数日かけて向かったコウアンでは私は鍛冶屋の前でぼんやりと待たされる結果となった。解放軍の機密事項ということなので仕方がないらしいけれど、この間の時間を使って当初の目的である薬草の一本や二本を探したくなるところだ。まあ仕方がない。「一人で行っていいですか」と訊いてみたら「駄目に決まっているだろう」と言われてしまった。決まっているらしい。フリックから見れば、私は多少頼りがたく見えるのは仕方がないことかもしれない。
それにしても、一人で道端でぼんやりとしているのは多少寂しいものがある。ぽけっと道端へと目を向けていると、三人の男性が目に入った。ガラが悪いな、と見た瞬間に感じてしまったのは、彼らの着崩した格好よりも、彼らの表情と仕草が目に入った。こちらをちらちらと興味深げに目線を投げかけていることが、またちょっと感じが悪い。
フリックに入るなと言われたものの、一応声をかけておこうかと鍛冶屋の扉をノックしようとしたとき、勢いよく扉が開き、見覚えのあるバンダナが顔を覗かせた。「あ、フリックさん」「待たせたな」「いえいえ」
丁度いいタイミングだ、と思いながら彼の手のひらを見てみると、見覚えのない女物のイヤリングを握りしめていた。思わず眉をひそめてしまったけれども、それは一瞬だ。「あ、それをもらいに来たんですね」 うぐ、とフリックが声につまったような顔をしたけれども、諦めたようにため息をついた。
「……まあそうだ。ここら辺は腕のいい鍛冶屋が多いからな」
「ああ、ドワーフの村が近いですからね。ドワーフの技術も伝わってるんでしょう」
「お前は時々妙なことを知ってるな……」
「まあまあ。それにしたって、鍛冶屋でわざわざ細工物を?」
ふうん? と考えてみたが、顔を険しくするフリックを見て、それ以上考えることはやめておいた。「オデッサさんへのプレゼントってとこですね」と適当に言葉を濁すと、フリックは否定をしようにも、機密を漏らすことはできないと顔を真っ赤にさせ、目をつむる。はっはっは、と私が笑っているところ、ひゅっと目の前を風のように何かが通り過ぎた。「あ」「あ?」「ばーか!」
気づけばフリックの手からイヤリングが消えていた。先ほどの三人組が、指の隙間からイヤリングをきらきらさせてにやついている。(やばい)私がからかいすぎた所為だ。フリックさん、と私が声をかけるよりも先に彼は駆け抜けた。それに続くように私も駆け抜ける。コンパスの違いでどんどん開く彼との距離に思わず舌打ちをして、同じく駆け抜ける男三人の一番後ろの男へと懐に隠し持ったナイフを投げつける。投げつけたナイフが男のズボンのすそと地面を縫い付け、不抜けたような声を出し、彼はずでんと顔からこけた。そして前を走る二人の男も思わずと振り返る。その隙をフリックが逃す訳はない。
フリックは器用に刃を反転させ、剣の腹でまずは男一人の腹を狙う。倒れた男の間をぬって二人目。男は軽くバウンドし、僅かに開いた手のひらから宙に浮かんだイヤリングをフリックはパシンと受け止めた。「ふっ」と彼は軽く口から息を吐いて、イヤリングを今度こそ懐へしまう。私は遅れてかけつけ、倒れた男の背骨に思いっきり膝を入れた後にナイフを回収した。
「すみません、私が余計なこと言いすぎました」
「いや、俺も気が抜けていた。きにすんな」
彼はそう言いながら剣を鞘の中へとしまった。とりあえず倒れた男三人を縛り上げ、適当にどこかに突き出そうとも思ったが、あまり憲兵とはかかわり合いになりたくはない立場なので、適当にその辺に放置させてもらうことにした。
「それにしても、お前、結構な腕なんじゃないか」
「はい?」
「さっきのナイフ投げだ」
ああ……、と私はポリポリ頬をひっかいて、「手習い程度ですよ」と誤魔化す。戦いは知識として頭に植え付けられているけれど、まだこの体自体に馴染んではいない。やりなれない所為か、先ほど投げたとき、肩の肉がぶちりとちぎれる音がした。多分明日あたりは腕が上がらないだろう。やりきれない。
ふうん、と興味ありげなのか、そうでないのか、どことなくうずうずしているフリックを見て、先ほどの彼の動きを思い出す。(あ、そうか)どこかで見た動きだと思っていたら「フリックさん、戦士の村出身なんですね」
ぽんっ、と手を打つと、フリックはぎょっとしたように私を見て、何で分かった。というように口をパクパクさせる。「あ、いえ。戦いの動きで、どこか見たことがある型だなと」「お前なぁ……」
彼はあきれたようにずれたバンダナをしばりなおした。そしてどことなく硬い口調で、「あまり、そういう情報を簡単に口に出すな。敵に警戒される」
「え?」
「だから」
「フリックさんは仲間じゃないですか」
「ん?」
だから敵とか、関係ないじゃないですか。
なんともなしに呟くと、彼は表情を固まらせた。そして、「そうか」となんとも言えないような、苦々しいような、納得したような声を出す。「そうだな」「そうですね」「じゃあ、まあいいのか」「いいですね」
フリックとの会話は基本的にあまり続かない。そのまま自然と沈黙が落ちて、さてフリックの方の予定は果たしたし、次は私の薬草だと無言のうちにお互い了解して目的地に向かおうとする最中、珍しくフリックから私へと口を開いた。「おい、」「はい?」「帰ったら、俺が稽古をつけてやるよ」「はい?」
うん? と彼へと顔をあげてみると、フリックはこれまた珍しく、にっと口元をつりあげて、「男なら、誰かを守らなきゃいけないときがやってくる。だから、力をつけろよ」
私は痛む肩へと手を伸ばし、ほんの少し目をつむったあとに頷いた。「そうですね、よろしくお願いします」「おう」
ところで問題は、私は男ではないということなのだけど、めんどくさいので否定をするのはやめておいた。まあよく考えたらビクトールにも小僧とか言われてるし。
男じゃなくても、守りたくなるときだってある訳だし。ぱちん、と私は自分の頬を軽く叩いた。
2011.02.15