「…………ほら、ほらほらほらっ」
「……っ!」

カキンッ、と軽く片手で弾かれながら、私はぐるんと体を一回転させた。軽く地面に着地しながら、あっけなく飛ばされてしまったナイフに目を送り、ふーっとため息をつく。「握力が足りませんね」 ついでに言うのであれば、筋力も。

じっと自分の両手を見つめていると、フリックは呆れたように苦笑した。「お前、いくつなんだ? 子どものうちからそれだけやれるんなら、大したもんだよ」「うーん、そうですかねぇ」 いくつだ、と言われても、肉体的な年齢ならば両手の指で足りるだろう。けれども実際のところを言えば、途方もないくらいの年上なのだけれど、そこらへんをいちいち主張するほど子どもじみてないつもりだ。(いや、いちいちこういうことを考えている時点で子どもなのだろうか)

うーん……、と私が唸りながら、ぎゅっぎゅっと両手を握って、開いてを繰り返していると、オデッサがくすくすと笑いながら、「いつの間にか、すっかり仲良しになったみたいね」と片目をウィンクさせた。フリックは苦々しいような、肯定するような、なんとも言えない表情で頬をひっかいていた。私は「ははは」と笑いながら片手をひらひらさせる。そしてオデッサの片耳に、真っ赤なイヤリングがぶら下がっていることに、ふうん、とニヤつきながらフリックを見上げると、なんだ、と言うふうに彼は片眉を上げた。

「はは、まるでプレゼントみたいですね」「…………マセガキか!」 はは、冗談です。と軽く笑った。こしょこしょとひそひそ話をする私達を、オデッサは不思議気に見つめた後、「まったく、本当に仲良くなったものね」と嬉しそうに頷いていた。そんな姿をフリックは少しだけ複雑そうに眺め、のったりと私の頭に手を伸ばし、ぐしぐしと力いっぱいに撫でた。髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまったが、特に外見に気にするたちではないので、まあいいか、と思いながら笑う。

おそらくであるが、彼女のイヤリングは、何か重要な情報が彫りこまれているのだろう。そうでなければ、あそこまで遠くの腕がよく、口が固い鍛冶屋になど赴かないだろうし、わざわざ副リーダーであるフリックが足を延ばす理由にはならない。

ただ一つ、不思議なのだが、フリックはともかく、何故自分までもが任をまかされたのか。もちろん、薬草を購入するという理由ならあった。けれども、そんな理由のために、わざわざ重要な機密を伴う品を取りに行かせるだろうか?
(…………つまり、信用されているということかな)

そこまで思考が行き着くまでに、しばらくの時間がかかった。自分は随分ひねくれているのかもしれない。それとも、オデッサがまっすぐ過ぎる人格の持ち主なのだろうか。多分両方だろう。何にせよ、お互い生きづらいな、と苦笑してしまう。


「さて、休憩は終わりだ。、もう一度かかってこい」
「フリック、あんまり暴れないでちょうだいよ。上の人間に気づかれでもしたら、お笑い種だわ」
「それくらいわかってるさ、大丈夫。なあ?」
「ええ」

もちろん、と笑いながら、ぐるぐると片腕を動かした。手の中でナイフをいじりながら、くるんと手の中で回す。武器は体の小ささと技巧のみ。「もう少し、肉が付けばいいんですがね」「おいおい、若いうちから筋肉はつけるべきじゃないぞ」「まあ、知ってはいますけれど……」 焦る気持ちは仕方がない。

早く強くならなければいけない。そうしないと、生き残る可能性が低くなる。いや、今の自分は昔々に真の紋章を持っていたというだけで、ただの子どもだ。必要最低限の力さえあればいい。しかし、それではいけない。テッドを見つけ、紋章を得、再びウィンディからの逃亡の日々を選ぶとすれば、足踏みをしている時間などない。(私には、使命がある)
おそらく、常人からすれば理解しがたいものだろう。使命と言葉を言い換えれば何か高尚なもののように聞こえるが、事実を言ってしまえば、すでに義務感に体がくくりつけられている。それは束縛に近い。

「……さっさとビクトールのように、ムキムキになりたいな……」

ぶぼおっ、とフリックとオデッサ、ついでに言えば、部屋の端で微笑ましくこちらを見ていたサンチェスが吹き出した。「い、いやいや、、それは……ちょっと……」あまり、想像したくない光景よ? と首を傾げるオデッサに、「似合う似合わないはともかく、即時の力が欲しいんです」 とりあえず、小遣いをためて紋章購入を検討してみようか、と真面目に考えた。子どもに紋章をつけてくれる紋章師を見つけるのは手間がかかりそうだ。

「あんまり若くに筋肉をつけると、身長が伸びなくなるぞ」
「別に構いません。見かけには頓着しない方ですんで」
「ん? そうかい。女の子にもてないぞ」

ニマッと笑いながら、フリックは珍しく私に軽口を叩いてきた。オデッサの言う通り、彼との交流も深まったということなのだろうか……と、見つめていると、自身の言葉が恥ずかしくなったのか、彼はごほんと咳を一つついてごまかした。「フリック、が女の子にもてても仕方がないでしょう」 そんなフリックに、オデッサがくすりと笑うと、フリックは頬をかきながら、「まあ、そうだな、まだそんな年じゃないよな」「いえ、そういうことじゃなくて……」「うん? ああ、背の高さで人間の価値が決まる訳ではないか」「……フリック?」

あら? という風にオデッサは首を傾げた。そしてお互いの会話が、奇妙に噛み合っていないことに気づいたらしい。「フリック、あなたまさか」と口元に手を当てて、ちらりと私を見つめる。「めんどくさいので、特に否定する気は」 ないです。というふうに、はたはたと片手を振った。オデッサは呆れたようにフリックを見つめ、ふう、とため息をひとつ吐いた。

フリックはというと、頭の上にクエスチョンマークを乗せながら、何故自身の想い人が、呆れたように自分を見つめているのだろう、と私に助けを求めるようにこちらを見た。私はなんとも言うことが出来ず、はたはたと片手を振った。まさか私は女ですから、女の子にもてても仕方がないんですよ、なんて直球ストレートを返すこともできない。

だいたい、私が女だと分かってしまえば、彼の稽古もなし崩しに消えてしまう気がしたのだ。それは困る。どうせなら男と勘違いしてもらった方が、色々とやりやすい。
「まあ、わかり辛い自分にも非がありますから。彼に非はないかと」とオデッサを見上げると、「それでも……あなたが仲間になってから、もう随分経ったのにねぇ」とオデッサはこめかみに人差し指を乗せ、ふう、と首を振った。

フリックは相変わらず、「な、なんだ。俺は妙なことを言ったのか?」と不安げに私たちを見回した後、どこか同情気にこちらを見つめる視線に耐えかねなくなったのか、 「……は、ハンフリー、久しぶりに軽く、手合わせをしてみようか」と、遠く素振りを続けていたハンフリーに泣きつくように駆け出して行った。逃げられた。






2011.10.05