ローブをかぶった子どもが、足をふらつかせながら歩いていた。どすん、とぶつかり、「おっと、すみません」「ふらふらするな!」 へへ、すみません。と子どもはもう一度頭を下げて、ひょこひょこと人垣の間を通り抜けていく。さて、と振り返り、追っ手がないことを確かめ、ローブの懐に手を伸ばしてじゃらしゃらと、金の音を鳴らす。



「…………案外、持ってるね、帝国兵のお兄さん」

ははは、と私はケラケラと笑いながら歩を踏み出した。
オデッサの解放軍へと仲間に入り、すでに半年以上の時が過ぎていた。さて、背が伸びたかな、と自分自身苦笑した。すでにこの体で、両手の指ほどは生きている。けれども自身が”“とはっきりと認識をしてからは、さほど時間は経ってはいない。ほんの少しずつ成長していく体には、多少の嬉しさが混じった。「まあ、着るものが変わってしまうのは困るね」

今はまだ問題はないが、このまま成長していけば、手足がつるつるてんの服になってしまうのも時間の問題だ。未だにフリックは自身と男だと勘違いしているが、時が進めば、それも分からない。正直面倒臭い。(それに)
子どもだからこそ、できるものもあると言う訳さ、と私はカラカラと笑った。
ローブをさっとかぶりながら、肩に鷹を乗せた男へと声を掛ける。「ねえ、お兄さん」「なんだい坊主」「いい鳥だね。良い獲物を獲りそうだ」

男はニマッと笑いながら、鷹の首根っこを指でひっかく。「そうさな。今日も一羽、でかい鳥をつかんださ」「へえ、それはどんな?」「綺麗な羽根を持っていてね、随分いい身分の鳥だったよ。あんまりにも必死に逃げるもんだから、熊が手助けしてやった」「熊が。それは面白いね」「だろう」

ばさりと鷹は大きく翼を広げた。「兄さん。それじゃあ鳥を一匹おくれ。母さんから金はもらってるから」「はいよ。また頼むね」

ちゃりん、と彼の手の中に、先程帝国軍から頂いた金の一部を渡してやった。さて、と足を動かしながら、少々事態は動いてきたらしい、とぺろりと唇を舐めた。


***


「ビクトールが、貴族を?」
「貴族かどうかはわかりませんが、地位が高い人間なことは確かです」

おそらく、帝国の中枢に深く食い込んでいる人間であることは確かだ。サンチェスが鼻の頭に指を乗せながら、「それにしても、そんな人物が……何故……」「貴族将校が、反乱を起こしたのでは」 ぼそり、と部屋の端で呟いたハンフリーの言葉に、皆がぎょっと彼を見つめた。いや、彼の台詞に驚いたのではない。彼が喋ったことに驚いたという、なんとも珍妙な光景なのだが、ハンフリーは知らぬ存ぜずと言うふうに、ふいっと顔を背けた。

げほん、とフリックは咳をついて、「そもそも、何でビクトールが?」 信用できないな、とでも言うふうに、彼は形のいい眉をひょいと上げた。「あらフリック、まだそんなことを言っているの?」 オデッサは少々呆れた様子でため息をついた。ふいっとフリックは視線を逸らして、口元を尖らせている。

おそらく、フリック自身はそこまでビクトールを疑っている訳ではない。ただパフォーマンスをとっているだけなのではないだろか。本気で信用していないとでも言うのなら、首都への単独の偵察は任せないだろうし、彼の実力はよくよく理解しているはずだ。
      オデッサが許容する側の人間なのだから、副リーダーだという彼は、その足りない分を補わなくてはならない。軍師がいない軍団なのだから、なおさらだ。考える頭を落とすべきではない。彼女がいう、バランスがとれている状況なのだ。

だからこそ、オデッサはそれ以上何も言わなかったし、他の人間たちも、特に気にすることもなく顔を付きあわせ、ううむ、とサンチェスが首を捻った。「いいえ……もし、貴族の一部が反乱を起こせば、すでに私たちの耳に入っているでしょう。ざわつく音は、広く広がる。けれどもそんな情報はひとつもなかった」「確かに」 私は頷いた。

何の予兆もなく、起こる争いなどあるのだろうか。「まあ、いくら考えていても、詮なきことではないでしょうか」「ええ、そうね。ビクトールを待ちましょう。おそらく数日で街に着くはず」 とにかく、それまでに情報を集めておくこと。よろしく頼んだわ、。と見下ろされた瞳に、「ええ」と頷き、ローブをかぶった。

もちろん、各地に多くの諜報達が紛れ込んではいるが、子どもにしか聞けぬ話というものもある。「資金の方は、問題ありませんか」 財政を担当するサンチェスが、ちらりとこちらを見た。「ええ。つい先程、帝国の兵から巻きあげてきました」「おいおい、あんまり目立つことはするなよ」「大丈夫ですよ、フリックさん。顔は見られていません」

それに、金を持ってうちの宿屋に来られたって、迷惑ですし。と肩をすくめると、確かに、とでも言うように彼は眉間に指を当てて、けれども気難しげな顔をする。「ま、ま。それじゃあ失礼。探ってきます」

けやき亭の部屋の時計に通じる道ではない。私はガタガタと煉瓦を引き出し、小さな子ども程度、この軍では、おそらく私程度しか使用することのできない抜け道へ、するりと体を潜らせた。暗い道を、体をぎゅうぎゅうに詰め込み、通りぬけ、手のひらを押した。がたん、と出口の煉瓦がずれる音がする。(………ん?)
どうにも、この間、煉瓦を置いておいた場所とは、ほんの数ミリずれているような気がする。気のせいか、と床を確認してみると、やはり違う。子ども以外に使用できない入り口ではあるが、念のために他の誰が触った場合、人目でわかるように、床の板目にそうように煉瓦を置いているのだ。「…………悪ガキ達か」

軽くため息をついた。なるほど、ここも封鎖しなければいけないらしい。
街の子どもは好奇心が旺盛だ。忍び込める場所があるのなら、好きなだけ忍びこむ。痛い目に遭ってからでは遅いのだ。ありがたいことにも、この街の人間たちは解放軍の存在には好意的な人間が多いらしい。(まあでも、そろそろ場所はかえどきかな……)
今までいくどもアジトが帝国軍へと知らされているらしい。おそらく、スパイがいるのだ。今現在は目を光らせて情報の漏洩は防がれているが、それもいつまで続くかはわからない。

信用のおける人間は誰か。
見極めなければならない。
(……フリックが、ビクトールを疑うような口調になるのもわかるな)

誰が味方で敵なのか。
(戦争なんて、面倒くさいな……)

フリック、ビクトール、ハンフリー。彼らには星が見える。宿っている。中枢の人間であるサンチェスにはそれが見えない。だからと言って、不思議なことでもなんでもない。108人しか星はいないのだ。軍には何千、何万と集まる。その一握りであるのだから、寧ろ星のない人間の方が多い。また、星という捉えがたい概念を元の判断を、彼らへと伝えるべきではない。
(始まっていない)

天魁星は、未だ生まれず。

いや、と空を見上げた。すでに生まれている。そして今は輝きを増している最中だ。日が沈めば、星を見ることができる。日に日に星は瞬き、周りの星々へと腕を延ばす。
(始まったか)

一体、何が始まりか。終わりなのか。
おそらくその判断は、後世の歴史家のみぞ知る。ただ自身は歩を進めていくばかりである。




2011.10.05