「火炎槍……?」

ええ、そうよ。とオデッサは力強く頷いた。「それが、なんだって言うんだ?」 フリックはこてりと首を傾げ、「カエンソン?」と言葉を繰り返す。確かに、文字だけ聞けば、何のことやら分からないかもしれない。「炎を吐く槍ですよ」 随分昔に聞いたことがある。「、よく知ってるわね」 オデッサはパチリと瞬いた。「あ、いや」 私は口元をもごつかせて、片手の指をぴんと伸ばす。
「聞きかじりで」

見たことはない。ただ過去の知識の中に、ドワーフの秘術にて、そんな槍があったな、と思いだしただけだ。「それにしたって、物知りね」と、まるで子どもに対してよくやったと頭を撫でるような口調は、少々むずかゆい(いや、それが事実なのだから仕方がないかもしれない)

うむ、と唸っていると、「まあとにかく」とオデッサは仕切りなおしたように、テーブルの上に手のひらをついた。「その設計図を、私たちに売ってくれると言うの。どうかしら?」 ちらり、とフリックとハンフリー、サンチェス達を回し見る。ビクトールはいない。勧誘作業に精を出す、働き者の熊さんだ。

「どうかしら、と言われてもな……」 うむ、とフリックは顎をしゃくった。ハンフリーの発言が少ないのは、いつものことなので私はサンチェスを見つめた。彼はなんだか難しい表情をしていた。(……うん?) 「やめたほうが、いいのでは」「何でだ?」 フリックが首を傾げた。サンチェスは眉をひそめたまま、「その、お金の方が……」と言いながら、手元の算盤をパチパチと弾く。その額を見て、フリックはぎょっとしたように瞬いた。滅多に表情を動かさないハンフリーでさえも、ぴくりと口元を引きつらせた。

私はえい、えい、と精一杯背伸びをして、算盤を覗き込む。「……うわ、高い」 恐らく、その場の人間の心情すべてを代返したものだろう。「設計図だけなんだろう。それでこんなにってのは、ぼったくりすぎだ」「でも、これ以上はまけられないって言うのよ」 重苦しい声を出す大人たちの下で、私は思わず呟いた。「…………買った方が、いいんじゃないかな」

えっ、と重なり合い、落とされた視線に、「あ、いえ」と慌てて手を振った。こういうことは、あんまり新参者が口にすべきではないことくらい知っている。けれどもオデッサは膝を折りたたみ、私の視線に合わせ、「いいわ。何かあるのなら言ってちょうだい。何のためにここにいてもらっていると思っているの?」「……それじゃあ、遠慮なく」

私はひょいっ、ともう一度算盤の値段を見つめて、うんうん頷いた。「オデッサさん、その設計図は、確実にドワーフのものなんですね? 取引主ももちろん」「え、ええ。ドワーフ鉱山から」「なら買うべきです」

ドワーフはそもそも普通の人間とは見た目が違う。サイズも違う。中にはドワーフに似た人間というものも存在するが、やはり完璧にドワーフになりきることは難しい。恐らく、間違いはないだろう。「ドワーフっていうのは、基本的にプライドが高い種族です。とくに、自分の腕には絶対の自信がある」 もちろん、ある程度人格の差はあるが、やはり埋められない種族的な性格というものは存在する。

「そのドワーフが、ドワーフと名のつくものにガラクタを混ぜるはずがありません。おそらく、値段にあった健全な取引ですよ。寧ろ設計図だけだったことに感謝した方がいい。現物までやってきたら、とても払いきれなかったと思います」

オデッサは頷いた。「わかった。買いましょう」「オデッサ!?」「ええっ」 まさかそんな、即決で。主張をした自分でさえも驚いてしまう。オデッサはほんの僅かに照れるように笑った。

「私も本当のところを言うと、と同じ意見なの。確かにお金の問題はあるけど……それ以上に魅力的な取引よ。平和的に解決できるのなら、そうするべきだと思うわ。けれどもそんな悠長なことも言っていられない。武器は必要よ。……どうかしら?」 

そして最初と同じ台詞で締めくくた。
フリックは、ううん、と暫く唸った後に、「まあ、これなら、多少他をしめれば……」と、ブツブツ呟いた。ハンフリーは、相変わらず何を言う訳でもなく、コクリと頷く。最後にサンチェスは、なにか言いたげな表情をした。けれどもオデッサから視線を向けられた瞬間、「そうですね」といつもと変わらない微笑を浮かべた。何か複雑な、気持ちを押し込めたような表情をしていた気がするのだが、考えすぎかもしれない。

「フリックさんの言うように、もう一度予算を考えなおしましょう」 
「ええ、そうね。それじゃあ早速、ドワーフ鉱山へと人を頼みましょう     そういえば、?」

唐突に声をかけられたので、瞬きながらオデッサを見上げると、彼女は、「そろそろじゃないかしら?」と首を傾げた。私は一瞬考え込んだ後、「そうですね。誰を連れて帰ってくるかわかりませんが、一応、迎えに行きます」「頼んだわ」

私はすぐさまローブを羽織り、アジトを抜け出した。
     恐らく、ビクトールが連れ帰る主は、貴族だろう

街の商人たちの様子に耳を傾けてみると、どうやらグレッグミンスターは、騒がしくなっているらしい。
     どこの名前だか分からないが、大きな屋敷に近衛兵が詰めていた。
彼らは人一倍めざとい。たとえ雨の中だろうと、夜の中だろうと、目をきらめかせるのは得意な生き物だ。彼ら自身も、それに何の意味があるのか分かってはいないのだろう。僅かに小金を握らせると、口元は好き勝手に動いた。「そういえば、宿屋で食い逃げがあったなぁ」 一瞬大食いの熊の姿が浮かんだのだが…………さすがに関係ないと願いたい。
とにかくいくつかの情報を吟味して、私と解放軍はそう判断した。

あの街で、でかい屋敷で貴族でないとなるならば、寧ろ探す方が珍しいだろう。(残念ながら、名前の方までは分からなかったな……) 恐らくあと数歩踏み込めば、分かった話だったろうが、どうせすぐにやって来る主なのだ。情報は多いに越したことはないが、そこまで必要だとも思わないし、あの熊の目は確かだ。目と言うよりも、鼻と言った方が似合いかもしれない。


ふと、一人の少年の姿を思い出した。理由もなく、彼だと思った。『随分似てないお兄さんだね』 あれはただ事実を言っただけ。「と、言う訳じゃないだろうし」 奇妙な少年だった。貴族の子弟であるだろうに、日に焼けていて、服だけ着せ替えれば、下町の子だと言われても納得したかもしれない。けれども顔は整っていたし、外見にそぐわない落ち着きがあった。(……さて)

もうそろそろだ、と私は城壁に座り込みながら、ぶらぶらと足を動かした。ぽつり、といくつかの点が見える。茶色い点に、赤い点。パッと飛び降りた。(来たか) 来た。やっと来た。


     天魁星……!

ふわりとローブが翻る。足元に軽い衝撃を感じた。すぐさま駆けた。
(待っていた)
いつか必ず、来ると信じていた。おそらく、この場に入れば出会うことができるとわかっていた。幾度もめぐり合った彼らの記憶が囁く。
     生まれた
天魁星は生まれていた。

自身は使命を果たすべきだ。赤い星の側で、彼らの歩みを見つめる。ただそれだけだ。ただ近くにいさえすればいい。話す必要もない。船の天井裏に忍び込んだことも、ただの城の掃除屋として、会うこともなく別れた少年もいた。
下手に関わるべきではない。彼らの仲間になる必要はない。(さてどうするか) 暫く様子を見るか、とビクトールと彼らが別れる様を見つめた。少年が近づく。恐らく、彼はこちらに気づいていない。ふと、胸が疼いた。死の紋章の気配を感じた。

ローブごと服を握りしめ、後ずさる。「あ、あれは」 唇を噛んだ。懐かしい匂いがした。音がした。けれどもあれは、(テッドじゃない)
テッドではない。


そうか、と気づいた。




テッドは死んだのか


2011.12.04