dis-man
私は、彼に事実を訊かなければいけない
そういくども逡巡を繰り返した。彼の紋章のこと。そうして、誰からそれを得たのか。彼にそれを渡した人間は生きているのか。どうして、それを得ることになったのか。洗いざらい、全てを彼に問いたださなければいけない。(けど) 訊きたくない。
ひどく揺れた。なぜだろうか。(テッドが、もしすでに死んでいるのならば) そのとき、私はどうするのだろう。
(…………別に、どうもしない)
人は死ぬものだ。たとえ不老となろうとも、終わりが来る。ただ自身が間違っている。それだけだ。たかが一人の死に、今更うろたえるなど、あってはならない。そうであるはずなのに。
胸を握りしめた。何かひどく、喉の奥が詰まって、息がしづらかった。(痛い) どくどくと、心臓が大きな音を立てている。
気のせいだ。きっと気のせいだ。
長く長く、息を吐き出した。どちらでもいい。「テッドが、死んでいようとも、いまいとも」 どちらでもいい。
***
そもそも、私はソウルイーターそのものについてに問いかけたいわけではない。そこに付随するはずの自身の紋章の行末に興味があるだけだ。おそらく、放っておいても、いつかはあの紋章は私の元に戻ってくる。しかし、今現在この手にないということは、誰か、よくない人間に利用されている可能性もある。できることなら早急な回収を行わなければならない。こんなパターンは初めてだった。
問いかけなればいけないと言ったものの、くだんの主は未だ毒の特効薬を追い求めて城を留守にしている。早く帰ってくることを願う反面、いつまでも今の状況が続けばいい、と考えている自身に気づいて、私は持っていたスプーンをねじ曲げてしまいたくなった。馬鹿馬鹿しい。「はっはっは、坊主、機嫌が悪いようだな」
茶碗どころかどんぶりいっぱいのご飯をかっくらう男が、がはは、と腹一杯に笑っている。どこかビクトールに似ている気がした。
「何を考えてるか顔がわかりづれぇガキだと思ってたが、なに、案外わかりやすいやつじゃないか」
「……どうも」
わかりづらいというのはそっちではないかな、と虎のマスクをすっぽりかぶった男をじっとり見上げた。食事のときでも、鍛錬のときでも、いつでもどこでもその顔だ。ご丁寧なことにも、黄色と黒の尻尾までがぴろぴろとくっついている。また変な人が増えたものだ、とスープの皿を持ち上げた。なぜ仲間になったのだ、と尋ねてみると、リーダー殿にメシ代を払ってもらった、とぱかりと虎の仮面の口を開けて、彼は哄笑した。、あなたは一体何をしていると言うんだ。
「ここは飯がうまい! それだけでも来た価値はある!」
それはよかった、と肩をすくめた。そうして右手を見つめた。何もくっついていない片手は軽すぎて、ひどく気持ちが浮ついた。
旅先でも、彼は仲間を増やしてく。
もしかすると、それもひとつの目的であったのかもしれない。ぶっきらぼうな顔をした防具屋の主人や、猫ばかりを追いかける赤髪の忙しい少女。いわく有り気にこちらを見つめるものだから、少々気まずく、思わず視線を逸らしてしまいたくなるような、魔法使いの老女。一体どんな基準で仲間達が増えていくのか、と疑問の声を上げたいところだが、彼らはそろって小さな星を宿していた。過去の天魁星達もそうだ。
彼らは、私と同じく、何かが見えているのだろうか。そう不思議に思って問いかけてみたことがある。茶髪の青年は困ったみたいに頬をかいて、「別に、協力して欲しいなと思う人に声をかけているだけだよ」 そう当たり前のことのように言っていた。
私はバケツを抱え込んで、廊下で丸まっていた。疲れた顔をして患者と向かい合っているくらいなら、きちんと休んで、効率をあげろ。そう言われて、なるほどと頷いたものの、やはり自分の部屋まで戻るのは億劫だった。「大丈夫ですか?」 頭の上に降ってきた声に、私はぴくりと睫毛を揺らした。男性の声だ。薄く瞳を開くと、長い金の髪をくくり、頬に十字傷のある男がいる。グレミオ。名は知っている。けれども、直接話したことはない。「起こしてくださって、ありがとうございます……」
寝過ぎるところだった。腹時計の具合から、丁度いい時間帯だ。そうやって、寝ぼけた頭を覚醒させたとき、ふと疑問を感じた。「あなたはマクドールさんと共に旅立ったのでは?」 確認の言葉を述べたあとに、間違いない、と頷いた。ビクトールが、旅立ちの前に彼の名を出していた。「ええ、そうですけれども……」 なぜそのことを知っているのだろう、というようにグレミオは首をかしげた。そのことに対して、私は返答をしなかった。それよりもと体を乗り出した。
「マクドールさんは。彼もこの城にいるんですか。いや、薬のめどがたったんですか」
は毒の治療薬を求めるために、グレミオを伴い、旅だった。その彼が戻ってきているのならば、と思わず声を荒げて、瞳を伏せた。グレミオはわずかに気圧されたようにまたたきを繰り返して、「はい。坊ちゃんもいます。けれどもその、薬は……」 見つからなかった、という言葉を覚悟した。けれどもいつまで経ってもそれはない。「一度、用事があって戻ってきたんです。ですけれども大丈夫、坊ちゃんは必ず解毒剤を見つけます。だから安心してください」
一度戻ってきただけというのであれば、そう暇もないだろう。だったら、彼に自身の疑問を向けるのは、またしばらく後になりそうだ、と安堵とも不満ともわからない気持ちで息をついた。そうして慌てて口を押さえた。「すみません、帰って来たばかりの人の前で」「いえ、心配な気持ちはわかります」 彼とは少しベクトルが違う不安を抱いていたことに、情けなく感じた。
「申し訳ありません、グレミオさん。お止めしました。旅の無事を祈っています」
「いえいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
今更ながらに、座り込んだままの視線で彼を見上げていたことに気づいた。急いで立ち上がって、頭を下げた。このところ、少々髪が伸びてきた。また適当に切らなければいけない。伸びた前髪が瞳にかかった。「あのう、すみません、確かに以前、どこかでお会いしたと思うのですが……」 どこだったのか、と申し訳なさそうに掛けられた声に、「え?」と私は首をかしげた。そして自身がまた無粋な態度をとっていたことを認識し、ハッとした。このところ、私は焦りすぎている。若干耳の後ろが熱くなった。
「一度、宿屋の下の解放軍の基地にてお会いしましたが、そのときはグレミオさんには、きちんとしたご挨拶はしていません。お名前は私が勝手に存じているだけでして。名乗りもせず、恥ずかしい限りです」
といいます、と言葉を告げる前に、「ああ!」と彼は手を打った。「あのときの! さんでしたね!」
「い、いえ、そうでは……いや、それでも構わないのですが。といいます」
「さんですね」
あなたも逃げ延びていたんですね、とほっと胸に手を置く青年は、朗らかな人だった。性別は違えど、の母親代わりの人間であるときく。なるほど、彼の空気は、ひどく周りを落ち着かせた。「それにしてもさん。女の子がこんなところで眠るのは感心しませんね。体が冷えてしまいますよ」 きちんとベッドの上で寝てください、とまるで母親のように人差し指を揺らされて、私はきょとんと瞳を見開いた。それから、少しだけ照れくさくなった。「わかりますか?」 なにがだろう、というふうに、グレミオは膝をたたんだ。言葉が足りなかった。「いえ、その、男と間違われることが多いので」
男性には特に、と付け足した。
わざと自分がそう勘違いされるような態度をとっているということもあるので、それを咎める気は毛頭ない。グレミオは驚いたように口を開いて、それから笑った。「当たり前です。わかりますよ。こんなにかわいらしいお嬢さんなのに」「は……」 聞きなれなさ過ぎる言葉だった。
思わず、耳の後ろを書いた。「それは、その……」 言葉を止めた。「照れますね」 多分、赤面した。
グレミオは楽しげな顔をして、そっと私の頭を撫でた。子ども扱いだ。一体彼は私をいくつだと思っているんだ、と内の中の年を計算して、頬をふくらませそうになった。けれども仕方がない、彼は私側の事情など知るよしもないからだ。けれども、外側の年の方も考えて、やっぱり人に頭を撫でられるような年ではないぞ、と改めて思い直した。もしかすると、うすうす気づいてたのだが、私は背が小さい。生まれつきかどうかはさておき、栄養の摂取が足りないのかもしれない。そろそろ身体面の成長を真面目に考えるべきだろう。
くしゃくしゃ、と彼は私の頭をもう一度撫でて、「きちんと寝ないとだめですよ」と、もう一度念押しした。私は苦笑するみたいに頬を緩めた。それから、グレミオは私に手を振り、消えていった。ご無事で、と私はもう一度言葉を繰り返した。マントの裾を翻し、彼はゆっくりと頷いた。優しい男だった。
星は、導かれる。
青年は、その数日後、命を落とした。
2013/03/31