「あの程度の火炎の壁など、本来ならどうとでもすることはできたんだからな!」
びしり、と人差し指を突き立てられた。ふんぞり返った青年を見上げながら、「ええもちろん」 すぐさま頷いた。青年は眉間に皺を寄せながら胸をはっていたのだが、「ん?」 私の返答を咀嚼し首を傾げた。「……ん?」 もう一回。今度はゆっくりと見下ろす。
「……どうにでも、できたんだがテオ様がそこまでする必要はないと止めただけなんだぞ?」
「理解しています。怪我人の数と死者の数が一致しない。必要以上の殺生は好まれなかったんでしょう」
いや違うな。私は実際にの父をこの目にすることはなかったが、噂では聞き及んでいる。彼は不動のような男だったと。動きはしないと言えば言葉は悪いが、こちらが歯向かえば徹底的に叩きのめされたことだろう。それを敵わないと知るやしっぽを巻いて逃げ出したのだ。バルバロッサからの命にて進みはしたものの、彼には追いかける心情がなかった。それほどに鉄甲騎馬兵は強固な軍団だった。
しみじみ、と考えながら頷きを繰り返す。
「……ほら、グレンシール、もういいだろう」
「いやアレン、しかし俺はこんな女で、しかも子供に負けたとなれば火炎将の名が……!」
「戦場に女も子供もありはしない。なにを今更」
そのとおりなんだか、と赤と緑の青年がごにょごにょと話し合っている。仲のよろしいことだ。
彼らはアレンとグレンシール。かの猛将、テオ・マクドールの腹心の部下達だ。テオ・マクドールは・マクドールと一騎打ちののち、彼らにの力となるようにと言葉を託した。彼らはテオ亡き後もそれに従い、解放軍に尽力することとなったのだ。
(しかし、女で子供か……)
わざとらしくくしゃくしゃにした髪を片手でひっぱる。キーロフの門番にもお嬢さん、と言われてしまったことを思い出した。最近本来の性別に見られることが多くなってきた。まあ年が上がればごまかすことも難しくなるのだろうか。別に進んで偽っているつもりはないのだけれど、少年と思われた方が何かと楽なことは確かだ。
しかし相変わらずフリックは、「そんなことだともてないぞ、男だろう」などと冗談めかして笑うときがあるのだけれど、なぜだろう、鈍いということはないと思うのだけれど、一度思い込んだらとことん突き進んでしまうのだろうか。「いや、うん、しかし、その、うん」 ごにょごにょと、アレンがなにか言っている。すっかり思考を放り投げてしまっていた。慌てて瞳をあわせて、うんうんと頷く真似をしたが、おそらくグレンシールにはバレている。苦笑していた。
「子供でもあなた方の名前を知っています。火炎将アレン様に、雷撃将グレンシール様。お二方のように、知も武も兼ね揃えていらっしゃる方々に、私のような粗忽な子供など比べるまでもない」
「おべっかはいらんッ!!!!!」
どうしろというのだ、とさすがに意識が遠くなった。
いやほんと、私自身は紋章すら未だにつけたことのない小娘でして、剣技も毛が生えた程度でとのらりくらりかわしていると、とうとうアレンは耐えかねたグレンシールに首根っこをひっ捕まえられるようにずるずると消えていった。
「あの様子だと、また来るだろうな……」
「だろうねえ……」
しみじみ互いに頷いた。いや誰だよ、と顔を上げれば我らの軍主である。「……さん、軍師殿が探していましたよ」「もちろん知ってる」 大丈夫大丈夫、と親指と人差し指で丸を作る青年にため息が出た。最近、彼は頻繁に城の中を見回っている。以前からちらほらと姿を見ることがあったが、とっつきやすくなったような気がする、ともっぱらの評判だ。
自身の父を倒したことなど、歯牙にもかけないのだろうか、と戸惑う声もあったが、強がっていらっしゃるのだ、と涙ながらに彼の後ろ姿を見つめるものも多かった。ただそのどちらでもないような気がする、というところが私の勝手な憶測だ。まあ、自身にしかわからぬことであるだろうが。
なんにせよ、私とは以前よりも距離が近くなったように感じた。ときおり、彼は私の頭を撫でる。困ったことだ。それが左手であることは言うべきことではない。
「そういえば、くんは紋章を宿してはいないんだったね?」
「そうですね、せめて水か風あたりの紋章を宿すことができれば、リュウカン殿のお役に立つこともできそうですが」
魔力が膨大すぎて宿すことができない、などとお笑い草だ。今はまだ体が出来上がることを待っている。もう少し手足が伸びれば耐えきることができるだろう……と、思案していたがそろそろ少しぐらい試してみてもいいかもしれない、と拳を数度握ってみた。そうだ、成長しているのだ。先程も実感したばかりではないか。
「ほほう」 はどこか興味深げにこちらを見ていた。じっとこちらを見つめている。「あの、なにか言いたいことでも?」「いやそういうわけじゃないんだけど」 じゃあどういうわけだ。さっさと軍師殿のところにでも帰ったほうがいいのでは。「アレン達との話をきいていて、少し気になったことなんだけど」 まあ少しなんだけど、首を傾げられた。「はあ、どうぞ」「では遠慮なく」
「前に、長く紋章に慣れ親しんだ人間にしかわからない。とか言っていなかったっけ」
ふむ、と互いに頷いた。
「紋章を宿したことがないんだよね?」
嘘はついていない。私の左手、右手、ついでに額を見ていただければ現在進行形でついていないことはわかるだろう。まあ過去もそうだったかどうかということはわからないだろうが。「……宿したことは、ありませんねぇ」 今世では。
確かに、テッドが生きていると説いた根拠に、魔力の柱が立ったからだと説明した。その柱は、ただの人間には感知することはできないとも。
ついでに私が紋章の気配を察知できることも、他人の紋章をちょいといじぐれることも、もちろんは知っているだろう。戦場にてマッシュにひょこひょこついて五行の紋章の匂いをかいだことは、記憶に新しい。しかし私は紋章をつけたことはないと言う。ではなぜか。しばらくの間考え込んだ。
そして目を見開き、を見上げた。
「さん、私はとても怪しい人間ですねぇ!」
「そうだねえ」
ほんとにねえ、とは神妙な面持ちで頷いた。自身を客観的に見てみれば、なんとも怪しい。これはひどい。だというのに、「まあ、素性のしれない怪しい仲間なんてゴロゴロいるから別にいいんだけどね」と、言い切る彼の懐は心底深かった。
***
解放軍は多くの領土を得た。バルバロッサの信頼も特に厚いとされるテオ・マクドールを打ち破ったことは、それこそ風が吹くよりもはやく、帝国中を駆け巡った。我こそはとあがる奮起も日増しに強くなり、城の勢力も目に見えて増えていく。どれほど帝国に不満を持った民がくすぶっていたのか。
赤月帝国はとにかく反乱を収めることに躍起となっていた。足りない兵力は地方から集結し、首都に守りを固めた。ならば兵力が手薄な地方から攻めるというところが定石だろうとマッシュが打った次の一手は、ロリマー地方への進軍である。
増えに増えた軍勢を率い、城塞の門を叩いた。もちろん私も参戦した。匂いをかぐ。さて、紋章の数はと。「……ん?」 どうしたと声をかけるマッシュに、一言。「からっぽですねえ、こりゃまた」 紋章師は誰もいないときた。
実際のところいないのは紋章師だけではなく、兵隊も、軍勢も、それこそ頭すらも誰もいないときた。いくら兵力が少ないとはいえ、解放軍がやって来たとすたこらさっさと逃げ出したわけではないだろう。人がいた気配というものは、隠しきれるものではない。調査のためにと城壁を見回ったところ、いなくなったのはここ数日の話ではなさそうだった。そのかわりといってはなんだが、大量の墓がいたるところに埋め尽くされていた。
立派な柱が立ち並ぶ中に、無造作に墓は立ち並び、その上、肝心の土は掘り返されている。「こりゃぞっとするな」とクレオが思わず呟いたのも仕方がない話だ。
またその異常な光景に、いつもなら騒ぎ立てているであろうビクトールが奇妙なほどに静かで、辺りの様子をひどく慎重に探っている様子だった。
もしやすると風土病のたぐいではないかとリュウカンとともに散策を行ったが、たとえそうだとしてもわざわざ城壁内に墓を埋めるのもおかしい。「ふむ……」 リュウカンは口元に布をまき、ぽくぽくと杖を付きながら土やら壁やらと目を向ける。その隣にはひどく面倒くさげにルックがくるくると周囲に風を巻き起こしていた。万一大気からの病であった場合の念の為の配置であるが、杞憂であったかもしれない。
病ではないだろう。それならば、わざわざここまで手が込んだ墓を作る暇もなく、自身の村に逃げ帰っているに違いない。そもそもそういった場所には独特の、悲痛な空気というものがあるが、ここにはそれを感じられない。息苦しい布を外すついでに視線をおとすと、ふと、目に入ったものがあった。
「これは……」
「なにか見つかったかね?」
リュウカンの言葉に、ふいと視線で合図する。リュウカンは白い眉に埋もれた瞳をくいと見開いた。「やはり病ではないな」「そうですね」
「くん、リュウカン、なにかわかったのかい?」
に、口元の布を外すように指先で伝える。訝しげに眉を寄せながら、彼は近づき、そしてふと息を飲んだ。腕だ。恐らく男性の。右手の肘から下がそっくりそのまま残って地面に放り投げだされている。「ここでなにか、争いが?」 いや、とリュウカンは首を振った。そうであるならば、少々おかしなことがある。人の腕とは筋張っているものだ。断面を見てみればどういった武器で断ち切られたものかある程度予想はつく。ただしこれは断ち切られたものではない。ところどころ、うまそうにしゃぶりつくされたのだろう。
「
食残し、でしょうね」
やはりぞっとする話だった。
2019-09-09