「食い残し、ということはモンスターが出たということなのか?」

しげしげと少年は噛みちぎられた腕を見つめた。「腕を噛みちぎるほどということは、大型なのかな?」 転がる腕は男性のものだ。いや、と私は首を振った。「歯型を見れば、ある程度予想はつきます。小さくはありませんが、それほど大きくもありませんよ。犬歯が小さい。一番近い形と言えば……」

自分の口をひっぱって歯を見せながらに答える。うんうん、とが言葉の続きを待っている。少し考えた。

「いえ、やめときましょう」
「うん?」
「大型ではないことは間違いありませんよ。通常の警戒で問題ないでしょう」

まさかとは思うが、可能性としてはありうる。ただそれを告げたところで仕方がない。リュウカンも眉をしかめているようだ。

いっそのこと、砦に点在する墓を一つ残らずひっくり返してみようか、と考えたが、妙な噂がたったらたまらない。解放軍の面々は近くの村へと散策することにした。こちらの出身であるというフリックから、南に進めば村があるときいている。まずはそちらの村に助力を求むべく、と共に村を訪れることになった。それほど遠い場所ではないらしい。

すでに村を出たものであるとのことから、フリックは同行に首を振った。クレオはいつものことながら、すぐさま片手を上げた。療養が続くパーンのかわりに、意気込んでいるところもあるのだろう。あとは私だ。砦に点在する墓は、病ではないものの、念の為とのことだ。リュウカンがついていけばいいものを、と非難めいた視線を向ければ、「この老体に、何をしろと」とわざわざ咳き込むような真似をされては何もいえない。「お前がいれば、間違いはなかろうさ」と呟く彼の言葉をきいて、いつの間にやら信頼されるようになったものだ、と頭をひっかいた。


そしてビクトールだ。
がいくのなら、どこへなりとも、と呵呵と笑う男だったはずなのに、彼は妙に口数も少なく、片手を剣に添えながら、ただ砦の墓を見下ろしていた。     静かだ。静かだな。どうしたんだ? などと周りに噂をされる後ろ姿を眺め、幾度も様々なものの背中に見た、見覚えのあるその姿に瞳を細めた。怒りである。
あれは、行き場のない怒りに唇を噛み締め、拳を握りしめた。そんな姿だ。

     ビクトールは、ひたすらに憤怒していた


と、いうことはも気づいているだろう。彼の察しのよさは折り紙付きだ。ただクレオは不思議げに熊を見上げて、「ちょっと、大丈夫かい? なにか悪いものでも食べたのか?」と問いかけていた。普段の彼の行いだろうか。そしてそれを遮るように、は眼前に指を向ける。小さな集落が見えた。あれが、フリックが生まれたという村だろう。




そして入った村はちょっとした騒ぎになっていた。

可愛らしい女の子がずんずんと村の入り口に進んでくる。「僕はーーー!!! 行くよーーーー!!!」 そしてそれを少年が必死で止めていた。「やめてーーー!!! テンガアール!!!」

邪魔しないでくれヒックス! とおさげの少女が叫んでいる。二人はヒックスとテンガアール、と言う名らしい。少年は見るからに気が弱そうだ。震えながらも、テンガアールを必死に捕まえている。だというのに、こんな生殺しになるくらいなら、いっそのことさっさと行ってぶん殴ってやる! と腕まくりしながら、テンガアールは腹の底から叫んでいた。「坊っちゃん……これは、一体……?」 クレオが困惑している。

そんな彼らの声はすでに村中に響き渡っているようで、茅葺き屋根の住居から村人たちが次々飛び出し、端からテンガアールを引き止める。「とめてくれるなァーーーーー!!!」 彼女は叫びながら後退していく。流石に数の理には負けたのだろう。オーエス、オーエス。

「息があってますね」
「確かに」

その光景を見ながら、クレオとが二人で頷きあっている。解放軍と名乗りをあげたいところだが、中々隙が見当たらない。

「て、テンガアール! おおお、お前は何をしとるんだ!!!!」

今度こそ、テンガアールの体は跳ね上がった。あまり似てはいないが、口調からすると家族だろうか。片目が潰れた恰幅のいい男性が、顔を真っ赤にさせながら怒声を響き渡らせた。
その姿を目に入れ、とうとう少女も観念したらしく、唇を噛み締めながらうつむいた。やれやれ、と村人たちは顔を見合わせては消えていく。残ったのは最初にいたヒックスという少年だけだ。そして相変わらずこちらには気づいてはいないらしい。困った。

「ほら、テンガアール、村長もテンガアールを心配しているんだから。みんなもそうだよ」
「みんなみんなって……きみはいっつもそればっかりだ!」

そんなこと言ったって、と口元で少年は呟いて情けなく眉を垂らした。よくよく関係が見えてきたが、さすがにいつまでも観覧しているわけにはいかない。もそう考えているのだろう。肩をすくませて、そろそろと瞳で合図している。ところがだ。

「ヒックスの言う通りだ、テンガアール。いつネクロードが来るかもわからない。家で隠れていろと言っただろう」
「ネクロードだって!?」

あまりの大声に、ひっくり返るかと思った。村長と呼ばれた男性が、テンガアールに話しかけた瞬間、ビクトールが叫んだ。くだんの三人も、今更ながらに気づいた旅人の姿に、ぎょっと瞳を大きくさせた。ビクトールは、がちがちと歯の根を震わせていた。怯えているのではない。激怒しているのだ。武器の柄を痛いほどに握りしめているのは無意識なのだろう。黒々しい瞳の向こう側で、真っ赤な炎が燃え上がっている。

「ネクロードの野郎が、ここにいるのか……!!?」

痛いほどの叫びだった。



***



あの墓だらけの砦が、ひどく似ていると彼は感じていたそうだ。
ビクトールの故郷はネクロードという名の“吸血鬼”の男に滅ぼされた。血族すべてが男の手により、アンデットと化し、互いの四肢を貪り食ったその姿を、ビクトールは悲痛のままに目にした。それからビクトールは、ただただネクロードと名のつく吸血鬼を探し、打ち倒すべく旅を続けていたのだという。

吸血鬼というと、バカバカしいと思われるかもしれないが、と静かに彼は呟いたが、私は首を振った。私も何人か、旅の途中で出会ったことがある。最後に会ったのは銀の髪が美しい女性だった。あれは一体何年前のことだったか。もしかすると、数百年程度は経っているかもしれない。ところどころ間が抜けるものだからいまいち時代がはっきりしない。


村長と呼ばれた男は、テンガアールの父であり、ゾラックと名乗った。私達は彼の家で腰をかけながら、いきさつを聞いた。
三ヶ月ほど前のことだ。ネクロードという男が、この地方の将軍として派遣された。それこそ立派な砦の主だったのだが、気づけば砦はゾンビが徘徊し、人を喰らうようになってしまったという。砦の主となるだけで、満足していればいいものの、ネクロードは増長した。村々にゾンビを向かわせ、脅し、女を要求したという。この村はもともとの気質もあり、ネクロードに抵抗し続けた。戦いに適した住民が多かったのだ。通りで村人たちの息が合っていると思った。

しかし、女を要求とは。

私はうんうん、と頷きながらゾラックの話に耳を傾けた。そして改めて咀嚼した。「そのネクロードと言う名の男……」 額に手を添える。「控えめに言って頭がおかしいのでは?」 純粋なつぶやきだった。

くん……世の中には様々な煩悩があってだね」
がぬるい笑みのまま、こちらに語りかける。いや理解しているんだけど。権力と力を持て余した悲劇など腐るほど見てきた。しかしながらここまで堂々とした徴収も珍しい。開き直りがすぎるだろう。「ならばバカなのでは?」 思わず思考のままに言葉を落とすと、無言になった。

まあ、言い過ぎたと咳き込みながらテンガアールを見つめた。狙われているのは彼女とのことだ。可愛らしい顔立ちをしている。その吸血鬼の趣味がうかがえて、ぞっとした。本人からすればそれ以上のものだろう。思わず力拳を握りたくなるというもの……かもしれない。そこは個人の方向性だろうが。

「なんにせよ、そのネクロードと言う男、強力な紋章を持っていることに間違いはありませんね」

もとの目的は、ここ、ロリマー地方への進軍だ。吸血鬼、ネクロードがゾンビと言えど兵をまとめ上げる将軍というのならば、討つべき相手だ。ビクトールの胸中もある。
しかし人間をゾンビに変えるほどの紋章とは、中々お目にかかったことがない。それこそ、あの銀髪の彼女の紋章にも値するだろう。まさかとは思いながらも、ふと、気配を感じた。背筋をそっとなぜられたような、震え上がるような冷たい紋章だ。

私が把握できる紋章と言えば、五行の紋章だ。ただしこれはそのどれとも違う。のソウルイーターが膨れ上がった。が慌てて右手を左手で握りしめる。その行為を理解した人間は少ない。奥歯を噛み締めながらも、は視線を外に向けた。ぎゃあ! と短い悲鳴が聞こえる。ゾラックは立ち上がった。そしてすぐさま剣を片手に出口に駆け抜けた。ビクトールが追随する。

「テンガアール、お前は来るな!」
「そんなこと言ったって、嫌だよ!」

ゾラックの言葉にヒックスは頷いた。すぐさまテンガアールを抑え込もうとするがだめだった。お転婆な彼女は彼らと共に武器を握りしめた。でもよくよく見れば、指先が震えている。

やってきた男は、ひどく病的な顔つきをしていた。吸血鬼と言えば夜しか出歩かないものだというところがおとぎ話のお約束だが、そんなものは関係がないらしい。コウモリを引き連れ、テンガアールをさらいに来たという。ゾラックは村人と共に抵抗した。しかし惨敗した。見つけた獲物によだれを垂らすソウルイーターを抑えながらも達も奮闘したが、ネクロードにはその武器が通らない。刃はすり抜け、すべてコウモリとなって消えてしまう。

絶望だった。
あまりにも一方的だった。

震える指先を握りしめ、テンガアールは自身を差し出した。ヒックスが泣いている。絶対に、絶対に、助けに行くから。





その夜、達は困窮した。こぼれ落ちすぎたヒックスの涙はすっかり乾いてしまった。何か手はないか。どうにかできないか。ない知恵を絞り出した先にあったのは、ゾラックのこぼれ話だ。なにやら、門外不出の不思議な武器が、クロンの寺に眠っているとか。

もとより他に方法もない。頼りない話だが、と旅の衣装に身を包んでいる最中、ビクトールはきょろりと視線を動かした。彼にとってはちまちましているから、わざわざ視線を下げないと見つからないのだ。しかし見当たらない。どこにもいない。


「おいのやつ     一体どこにいるんだ?」





2019-10-10