dis- cry
考えてみれば、テッドにとって私はとうに死んだ人間であって、年も見かけも違う。「誰だ?」 そう聞かれた言葉を何度も頭の中に響かせて、息を飲み込んだ。そうして愕然とした。
何度も考えたことじゃないか。私は子供なのだと。見かけも、中身も、テッドの言葉で一喜一憂する子供だ。もし私がであると告げたところで、彼にとって、私はただの彼女の記憶を持つ他人と同じなのだ。あの頃の私ではない。
ぐらりとした。揺れたのは視界か、それとも胸のうちなのかよくわからない。とりつくった顔を隠すように右手で覆って、もう一度、深く息を飲み込んだ。「……くん」 が私に声をかけた。よかった。あのときは適当に彼の名前をかりて、否定をするのも面倒だからとそのままにしていただけだが、今はテッドにと名乗ることが怖かった。
、という名をきいて、テッドは眉根を寄せていた。過去に海の旅をともにした青年と同じ名前だからだろうか。「目を、覚まされたようですので、失礼します」 ぺこりと頭を下げて逃げるようにドアノブを握りしめた。壁の向こうから、とテッドの声が聞こえる。長い溜息が口から漏れ出た。
どこだかわからない場所に逃げ去って、壁を背にして崩れ落ちた。後悔はない。でも辛くないと言えば嘘になる。
少しだけ、泣いた。
***
解放軍は竜洞騎士団と盟約を結んだ。竜を目覚めさせた、その恩恵は忘れない、とヨシュアは直立のまま深々と頭を下げ、彼らへの協力を誓った。また不幸にも月下草ともう一つの材料、黒竜らんを手に入れようとした最中、相棒であるブラックの命を落としたフッチは、ヨシュアの願いのもとハンフリーを後見人にして私達の仲間となった。どこかさみしげな少年の背中に、誰も何も言うこともできなかった。
そうして私はぼんやりと手元のコップを見つめて、周囲の喧騒の中もどこか耳の外へと抜けていく。誰にも力を貸すことなく中立の立場を貫いていた竜洞騎士団を、まさかの仲間にすることにできたと解放軍は熱気だっていて、案の定酒場も大盛りあがりだ。
ふらふらと歩いていたところ、「ありゃ、あのときのお子様じゃねえか」と船をともにした仲からか、たまのお祭り騒ぎくらい、バカになろうや、とタイ・ホーとヤム・クーに両手を捕まれ連行された。どちらかと言うとヤム・クーは「うちのアニキがすみやせんねぇ」と申し訳無さ気に見えたのであるが、行動としては容赦がない。
タイ・ホーはとりあえず私を酒場につれてきたことで満足したのか、早々にほっぽり出されてしまったため、一人ちまちま果実しぼりを楽しんでいるところだ。真ん中のテーブルを見てみれば、フー・スー・ルーが椅子を踏み台にして、テーブルに足をかけ、器用にも虎のマスクをしたままジョッキのビールを飲み込み、バーバラにぶん殴られている。その光景を見て、周りが腹をかかえて笑うものだから、これまた騒がしい。
「まったく、いつ次があるかもわからないってのに……」
「いいんじゃありませんか。あれでもみなさん羽目を外しすぎているわけではないでしょうし」
「そうか……そうか?」
あれがか? とフリックが私と同じ卓で彼らを軽く指差す。湖賊と山賊達は真っ赤な顔で、周囲に酒を撒き散らしていた。「……おそらく?」 やきもきした様子なのは、さすが副リーダー、と言ったところなのだろうか。とは言え、彼もこのお祭り騒ぎを楽しんでいるんだろう。
「そういえば、お前、あのの友人だとかいう男は……」
「テッドですね」
「そう、テッドだ。あいつはどうしてるんだ?」
あの場にいたとは言え、フリック達にもあまり事情は通ってはいないらしい。コップのふちを撫でながら説明する。「彼は長くウィンディに監禁されていたそうですから、しばらくは療養をとるんじゃないでしょうかね」 リュウカンのもとに診察にやってきたテッドを見て、私はすぐに背を向けて逃げてしまった。
相変わらずちびちびとコップを傾けていると、フリックはちらりと私を見た。「まあ、そうなるのか。俺にはあのとき何があったのか、よくわかってはいないんだが、、お前もあのテッドってやつと知り合いなんだよな」
「知り合いというか」
「うん」
「好いた男です」
フリックが勢いよく噴射した。その反応を見て、違うか、と首を傾げる。「すみません、好いている男です」「いや現在進行系か過去形かの差ではなくてな!?」 こぼれた酒を慌てて布で吹きながら、フリックは目をしろくろさせて私を指差して、なぜだか周囲を確認する。「、お前、男だろう!?」 そこからだったか。
そういえば面倒で、それも否定していなかったな、と天井を見上げていると、フリックは何を勘違いしたのか、「いや様々な形があるからな、別にそれはどうこう言う必要がないのか。必要がないのか!?」と一人で混乱し続けている。面倒なので、やっぱりそのままにすることにした。
そして私の預かり知らぬところで、新たな弾圧が始まってた。テオ・マクドールから北方の守りを引き継いだカシム・ハジルが、反乱分子を次々に牢に捉え、争いが本格化していた。大富豪の名で知られるウォーレンに、たまたま故郷から解放軍への道のりの最中であったビクトールも力を貸したが、圧倒的な戦力を前にして、力つきた。そしてビクトールからこの解放軍の名を知ったウォーレンは、彼の従者を密かに逃し、この湖の城へとたどり着かせたのである。
解放軍としても、ウォーレンの力を借り、またビクトールを取り戻すこの戦いは重要なものではあったが、彼ら帝国軍は八千を超える。こちらは寄せ集めの素人軍団だ。まずは解放軍の強化を目的として、訓練を行うことをマッシュは提案し、は了承した。相変わらず私はいつの間にやら先頭として紋章の匂いをかぐ役目ときた。訓練だというくせに、妙に本格的だ。そして本番さながらに、相棒としてシーナがつくこととなった。念の為の魔力袋、と言う名の人間紋章役である。いざとなれば彼の炎を無理やり駆使するというわけだ。
久しぶりの顔合わせに、シーナは苦い顔をした。そして、「またこのがきんちょとか!」「お久しぶりのちゃらんぽらんなボンボン少年ですね!」 互いに同時に罵った。
私の方がボキャブラリーの量が多い。ふん、と鼻で笑ってやると、シーナ少年は悔しげに歯切りしをして、拳を握りしめている。
「ひょうひょうとした顔しやがって。俺は腕の恨みは未だに忘れちゃいねーからな……」
「すっかり治ってしまった腕の恨みですか? 随分程度の低い恨みですね」
「…………あと俺の尻もぶったたいだろ!?」
「さらに敷居が下がってません?」
別に彼が嫌いなわけでも、苦手なわけでもなんでもないが、あちらから噛み付いてくるものだから相手をしてやっているだけである。逆に言えば、気を許しやすいとも言えるかもしれない。ざかざか岩場を登って、予定の位置にたどり着く。あとは大砲の色に目をやればいい。予定の時刻まで、あと少しだ。シーナは岩に腰掛けて、たかたかと膝を揺すった。
「いっとくがな……俺はあれから死ぬほど努力してんだからな。この持った才能にあぐらをかいていたシーナ様がだぞ! おかげで上達も甚だしいわ!」
「素晴らしいことじゃありませんか」
「ほんとにな!」
芽生えた才能にどう責任とってくれる! とかーかー叫んでいる。なのでとりあえず繰り返して返事した。「とても素晴らしいことじゃありませんか!」「ほんとになーあ!!!!」