屋根裏には、ネズミが走っているそうだ。




ぴん、と伸ばした糸を甲板の上からつるして、ざぶんと揺れる波を、テッドは見詰めていた。趣味と実益をかねた行為は、案外落ち着く。魚が釣れれば勝手に食べればいいし、その上人が多い食堂へと顔を出す必要もなくなるからだ。真の紋章と呼ばれる生と死の紋章を付けてから、簡単に死ぬ事はなくなったので多少の飯抜きも問題ないのだけれど。

微かに手に伝わった振動に、テッドは竿をひいた。
軽すぎる手応えに、なんだただの勘違いかともう一度竿を振って、海へと投げ入れる。ぽちゃん。聞こえるはずの音も、揺れる船の上ではかき消された。

「テッド、なにしてるの」

背後に落ちた影と明るい声に、またこいつかと思わず軽いため息を吐いてしまった。近づくなとテッドが申告しても、彼は毎回毎回自分へとつきまとう。嫌なのだ。彼も自分と同じ、呪い付きの紋章を持っているおかげか、魂までぱくりと食べてしまう事はないと思うが、そんな理由で他の人間が近くにいる事に慣れてしまいそうな自分が嫌だ。「………見りゃ分かるだろ」

相手をする事もめんどくさくて、放り投げたような返事をしても、「そうだよねぇ」とカラカラ軽く笑いながらなんともなしに、隣へと座り込む。テッドの口元が思わず嫌そうに引きつった。

「…………」
「あーいい天気」
「…………お前暇なのか」
「暇じゃないって。息抜きだよ息抜き」

エレノアに怒られそうだ、と明るい声を出す軍主に、軍主ってのはみんなこうなのか、とげっそりとした顔をした。


「そういえばさぁ、この頃船の天井やら床下で、カサカサ音がするんだけどね」

知ってる? と投げかけられた疑問に、さぁ、と適当に言葉を返す。「ネズミか何かなのかなぁ」と彼はおでこに巻いた鉢巻きを、パタパタと風に揺らした。


(ネズミ、ねぇ)
この間テッドのベッドの上に一人の女(少女といった方がいいのか)が落ちてきた。なんでそんなところにと考える前に、彼女はえへへ、と誤魔化し笑いをした後に、「ごめんなさい見なかった事にしてね」と軽く手を振って、器用に壁をつたい落ちてきたと思われる天井の四角い穴からするりと消えた。

なんだってんだ一体。けれども噂に聞けば、部屋を勝手にキノコやらなにやらの園としてしまった住人もいるのだから、天井裏へと住み着く人間がいてもおかしくはない、と思う。
見なかった事にしてねといわれても、テッド自身関わる気は毛頭ないし、わざわざ軍主に申告するほど義務感には溢れていない。
(今も、あの女は、天井裏に住み込んでるんだろうか)

なんともいえない妙な気分に、ふう、とため息をつくと、隣でが、トントン、と軽くテッドの肩を叩く。「んだよ」

「竿、ひいてるよ」


慌ててひいてみても魚に餌を食べられてしまった残骸しか残されていない。ああ、と吐いたため息の隣でニヤニヤと笑う軍主の顔が妙にむかついた。



2008.08.28