06It's natural for me to get angry



ここは戦場なのだ。そんな当たり前の事実を、私はやっとこさその時になって認識した。どんなにほのぼのとしていても、どんなに見ないふりをしていても、ギスギスした空気が伝わる。子どもみたいな軍主で、私と年齢だって変わらないくせに、先陣を切って向かっていく。その光景を、私は直接見た訳じゃない。けれども、そう聞いた。

部屋の中に、女ばかりが集まっている。みんなぎゅっと手のひらを握りしめて、唇を固く引き締めて、似たような表情をしていて。多分私も同じ顔をしている。
耳の裏が熱かった。きゅうっと何かに引っ張られてるみたいで、喉の奥がぐるぐるとして、初めてこの世界に来て、知らない男の人たちに追いかけられた以上に、胸の中が急き立てられて、怖い。すごく怖い。
(シーナ)

名前を呼んだ。(シーナ、助けて)違う。私は城の中で、のうのうとしてる。ただ待ってるだけだ。本当につらくて、しんどいのは、シーナなんだ。だから、(シーナ、早く、帰ってきて)
シーナが無事でありますように、無事でありますように、無事でありますように。
お願いです。無事でありますように。




(しくじったー……)


頭の中のセリフは、比較的ぼんやりとしていた。腹あたりが熱い。俺今文字通りの出血大サービスしてんだなぁ、と考えて、ベッドの中にいることに気がついた。見慣れた医務室で、丸眼鏡の医者が、「元気ですねぇ」 なんてボケた声を出している。その隣では、小さな影がせこせこと忙しそうに動き回っている。

「……若いんスよー」
「血がありあまってるのかもしれませんね。声もしっかりしてますし、うん大丈夫だ」
「ホウアンさーん、どうなった?」
「勝ちましたよ」
「やっりぃ。名誉の勲章」

ぱしん、と布団の中で傷と叩くと、じりじりと体に響いた。うがぁ、と情けない声を出す姿を、ホウアンは生温かい目線で見つめて、「元気な患者さんですねぇ」となんとも言えないようなコメントを出した。若いスから。「とりあえずそこで暫く安静にしておいてくださいね」 ホウアンの声が遠い。うつらうつらと、視界が閉じる。これでも何度も怪我をしているのだ。これくらいの傷、なんでもないってことも分かっていた。なんでもない。
だからうすらうすらと、頭は夢の中へと突っ込んでいった。


誰かの手のひらが頬に当たる。小さな手のひらだった。薄く瞳を開けて、体の上に布団がひっかかっているのを見て、今何時? と思った。そのあとに、ここどこ? と一瞬だけ考えて、医務室医務室、と腹の傷を思い出す。ぼけてる。そして最後に手のひらへと目を渡して、ずっとその腕をたどり、最後にその子の顔を見た。「あ、

怪我人にしては、随分しっかりした声が出た。これくらい対した怪我じゃないけど。けれどもは、俺のその声を聞いて、ぎっ、と睨んだ。の睨み顔はいつもの数段気合が入っていて、思わずぎょっとして背筋が冷りとした。「今何時? いてぇっ!」 頬を引っ張られた。

なんなんだ。だいたいなんでこんなところにがいるんだ。なんで怒ってんの? っていうか何怒ってんの? もしかして。「心配してんの? 俺元気だよ」 最後までセリフを言えることなく、ぐいぐいぐいぐいと頬をひっぱられる。ばちんっ! 一発ひっぱたかれた。女の子に叩かれるのは慣れてるけど、流石に茫然とした。いや、ちょっと、待って? 「待っ」 ばちり。「待てって」 ばちり。「だから待っ」 がすり。頭に一発。むかっ。

「いーかげんにしろっ!」

俺はの両腕を掴んで、布団からのっそりと起き上がる。ばたばた暴れる手は片手でまとめあげている。動くと腹辺りに鈍い痛みが走って、また少しイラついた。未だにばたばた暴れてるこの女は一体何を考えているんだ。意味がわからん。俺にとどめをさしたいのか。
そんなに俺は嫌われているんだろうか。そんな訳ないって。さすがに友達レベルではあるって。そう分かってるはずなのに、駄目な意味での自意識過剰がずんずんと波のように大きくなる。お前なんなの、、意味わからん。そう心の中で呟いて、心底落ち込んだとき、の動きもぴたりと止まっていた。「お前なんなの?」

言葉が冷たい。そんなこと分かってたし、こんな言葉をかけたいんじゃないと心の底で叫んだのに、イラついた視線をに投げかけることしかできなかった。きっと怪我をしている所為だ。きっとそうだ。

は小さく唇を動かして、「ごめんなさい」と言ったような気がした。顔が歪んでいて、心底申し訳なさそうで、後悔しているように思えるのに、俺はなぜか意地悪く、後悔するくらいならしなきゃいいのに。と思っていた。どこか冷めているような気持ちだ。
どうしたんだろうか、と自分自身、分からなくなって理由を探ると、俺はほんの少し期待したのかもしれない、と思った。が心配して来てくれたのかと期待してしまったのかもしれない。それなのに的外れで、これはただの八つ当たりだ。

そう気付くと、途端に恥ずかしくなって、さっきと変わって努めて明るい口調を意識して、「いやぁ、俺って天才だからさぁ、これくらい全然問題ねーの。ちょっとミスったけど。慣れてるし」 なぁ? との顔を覗き込む。泣きそうな顔をしているような気がした。

やめてほしい。そういう顔、やめて欲しい。こっちまで胸が苦しくなる。他人がどんな表情してたって、引きずられることなんてなかったのに、を見るとつられてしまう。俺の気持ちは俺で、の気持ちはなのに、が感じていることが、俺も感じていることだと錯覚する。

医務室は、しんと明りをおろしていた。随分遅い時間なのか、と思ったけれど、ただこの部屋の就寝が早いだけかもしれない。そこまで考えて、衝立で遮られているが、他の人間もいるかもしれない可能性に気付いて、声をひそめる。「?」 掴んでた手を、俺はゆっくりと放し、軽く添えるだけにして、見上げた。

みるみる内に、彼女の顔が歪んで、唇をかみしめる。「シーナ」と聞こえた声が少々鼻声だったような気がして、ああそうか。とまた気付いた。やっとこさ気付いた。
心配したに違いない。我慢してたんだ。嫌いだなんてそんな訳ない。はどこから来たのかもわからなくて、本当はこんな戦争なんかに巻き込まれる必要のない子で、それでも俺について来た。俺しかいないんだ。俺はきっと、心の底でそのことに気付いて、少しだけいい気分になって、子どもらしい独占欲を持っていたに違いない。

心配してほしかったなんて、馬鹿だろうか。辛いに決まってる。が辛いことを望むだなんて、好きなんて言えない。俺はいつでも俺のことばっかりだ。
の頭へと手のひらを伸ばして、ベッドから起き上がったままの体勢で、彼女の頭を俺の胸へと抱き寄せた。抵抗はなかった。「ごめんな」 俺が謝るべきだ。

好きになってほしい。大好きだ。そんな主張ばっかりしている気がする。まったく男らしくない。好きにさせるようにするべきなのに、他の女の子にはできるのに、にはついついその方法を忘れがちになる。
ごめんな、ともう一度謝って、せっかくを抱きしめてるのに楽しむ余裕すらもなくて、俺が謝る度に、首を振る彼女が可愛くて、よしよしと頭をなでる。珍しい反応が嬉しかった。
この子を幸せにしよう。俺のことを好きにさせよう。チャンスはきっとたくさんある。

「見舞いに来てくれたんだろ。ありがとうな」
よしよし、と頭をなでると、の耳が赤くなった気がする。面白くなって、もう一度なでた後、「でももう、殴んないでくれな」 と意地わるなセリフを言ってみた。
俺から飛び跳ねるように顔を上げた後、はぺちりと軽く、俺の頬を叩いた。
  

執筆日 2010/07/22