07We have never met befor
あの人と出会って、どれくらいになるだろう。
ごろん。信号を一歩踏み出したときだった。学校に行かなきゃならない。あ、遅刻する。そんなこんなで腕時計をちらちら見つつ、あーあー、信号早く変わって、変わって、変わってくれない、ああ変わった! そう思って足を踏み出した瞬間、ごろん、と落ちたのだ。
まるで踏んだ地面がなくなったような感覚だった。地面がないものだから、私は前に転がるように頭を突き出し、そんなに強く飛び出てないはずなのに勢いよく回転する。頭が一番下になっていると気付いたときははっとした。えっ、と思う暇もなく、頭から叩きつけられたときはビックリした。ガランガランガラガラン。
空が見える。どうやら地面にあおむけになっているらしく、私は貧血でも起こしたんだろうか、と頭をふらふらさせた。そして下にあるはずの地面が、でこぼこしている。ちょっとの間考えた後、これは、人の上に乗っている! と気付いたとき、私の慌てッぷりは凄かった。倒れたときに、後ろの人にぶつかっちゃったんだ! なんてことだ、しかもこのサイズは男の人だ。なんてことだ。しかも気絶なさっている!
ふらふらする頭を押さえて、ごめんなさい! と勢いよく謝りながらへたへた四つん這いで逃れると、その男の人も頭を押さえてこちらを見た。見た。「お前!」 そして後ろから誰かに掴まれる。あんまりにも勢いよく掴まれたもので、ビックリして悲鳴を上げた。そのまま無理やり持ち上げられ、私がぶつかった人のお連れさんなのか知らないけれども、それでもこれはあんまりだ! と思い、非難する気持ちを込めて、「痛い!」 と言ってみた。
それなのに、私の腕を捕まえる男の人の表情は険しくなるばかりで、ぞろぞろと同じような格好をした人たちが集まって、私を取り囲んだ。おかしいな、と思ったけれども、ぱっと考えることができなかった。思考が停止してしまったのだ。
だって見覚えがない景色に、腕をつかんでいる男の人の格好はヨーロッパかどこか外国の軍隊の人たちが着ていそうな服装で、え? と考えたとき、誰誰様になんてことがどうたらと叫ばれた。気絶している男の人へと幾人かの男の人たちが駆け寄って、きっと私は大変なことをしてしまったのだと、背筋がぞっとした。
謝らなければいけない。
それでも、自分の中の何かが、こわいこわいと叫んでいて、逃げ出したくてたまらなかった。男の人の誰かが、「こいつ……」と憎々しげな声を出し、腰にかかった何かへと手を伸ばした瞬間、私の中の思考は爆発して、「い、いやああ!」 捕まえていた男の人の頬に、思いっきりビンタした。
お互い、ビックリしたんだろう。手が緩み、人生初めての平手打ちに驚きつつ、ドスリとお尻から地面にぶつかって、頬を押さえた男の人が、真っ赤な顔をした瞬間、今度こそ確信した。大変なことをしてしまった。
もう私は逃げるしかなかった。足の速さには自信があったけれども、所詮は女で、後ろから追いかける彼らと距離を置くには、まだまだ速さが足りない。速いのは私の心臓が鳴らす音だけで、なんでこんなことに、と思った瞬間、ポロリと涙がこぼれ、足をひねらせ、顔面からスライディングしてしまった。
ドロドロになった顔を思いっきり手で拭いて、立ち上がろうとしたとき、「こいつっ!」と言いながら、ぐいっと髪の毛を掴まれた。びっくりしたまま目を向けると、男の人が、剣を片手にして私を見ていた。私は唇をかみしめ、握りしめすぎて忘れていた鞄を、男の人のおなかへと思いっきりぶつける。鞄の中身がバラバラ暴れる音がしたけれども、男の人は特に何を気にすることもなく、「おいっ、捕まえたぞ!」 と後ろを振り向いた。
髪の毛が痛くて泣いてるのか、怖くって泣いてるのか自分でもわからない。それでも、情けないことに、「うわああん!」 と大きく泣いた瞬間、私は誰かの腕の中へとすっぽり入っていたのだ。「女の子だよな」 頭の上から聞こえた声は、男の人の声で思わず見上げれば、茶と金の間の髪をした人だった。薄茶色と言えばいいのだろうか。
慌てて振り向くと、私を捕まえていた男の人は、私の髪の毛を掴んでいた腕を押さえていて、じろりとにらんだ後、剣を振りかぶった。
薄茶色の髪の男の人は私をぐいっと腕の中にいれたまま、軽く剣をはじく。キイン、と金属同士がはじけ合う音が聞こえ、なんだなんだとビックリすればいいのか、人生で初めてにおう、男の人の体臭に混乱すればいいのか分からなくなって、ぎゅっとその黄緑色の服を掴み、顔をうずめた。
後ろで何があったか分からない。けれどもずしゃり、と言う音が聞こえて、「よっしゃ」と男の人が軽く呟く声も聞こえる。その他の足音まで聞こえ、どうすればいいか分からなくて、体がぶるぶると震えた。胃の辺りがずっとぶるぶるしていた。
「なんか悪いことしたの?」
声は薄茶色の髪の男の人だ。わかんない。わかんないから首をぶるぶると振った。すると男の人は、「まあいいか、女の子っぽいし」と軽く呟き、そのまま私の腕をすくいあげる。
引っ張られた力は、凄く強かった。私が走る以上のスピードで、街の中を歩いて走って、人ごみの中を駆け抜ける。
後姿ばかりだから、その顔はまだよく分からない。けれども、私は不思議に安心して、その手をぎゅっと強く掴んだ。男の人は、そんな私の気持ちを、分かったとでもいうように、またぎゅっと握って、嬉しいのか、なんなのか分からない気持ちになり、ただ私は足を精一杯動かすことに努めた。
もしかしたら。私は彼に、一生このことを言わないのかもしれないけれども。
私はこのとき、ありがとうありがとう、本当にありがとうと、とてもとても感謝して、今も感謝していて、このときの気持ちをずっと忘れないと思う。
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執筆日 2010/08/02
過去編