09Come when I call you




バイトって、どこも同じようなものなのかもしれない。
私は皿を洗いながらシーナさんの方を見てみた。彼は随分器用な手つきで包丁を扱い、そのままカウンターへと渡している。器用なんだなぁ、と思いながら自分の手がおろそかになっていることに気付いて、きゅっきゅっきゅ。

「キレーなオネーサンには、俺からサービス」
「ええ、ホントぉ? ありがとう」
「こらぁ、バイト!」

聞こえる声に、ふぅと思わずため息をついた。心持ちか視線が冷たくなっているのは気のせいじゃない。私と目が合ったシーナさんが、ゴホゴホと咳をして、気のせいか誤魔化したような笑みを浮かべている。
私は無言のまま皿洗いに没頭することにした。
……バイトって、どこも同じようなもんなんだなぁ



驚いたことに、シーナさんは女ったらしだったらしい。本当に、驚いたことに。
そう言えば、彼は何かにつけて「女の子だし」と私の面倒を見ているのだし、なるほど基盤はそろっていた。…………ふーん。何故だか、ぱっとしない気持ちだ。自分でも不思議だ。女ったらしなのだとしても、そのことで助けて貰えたんだからいいじゃないか。自分だけじゃ嫌だなんて、ちょっと心が狭すぎる。

なんて、自分で分かってはいるのに、この頃シーナさんを見る目がトゲトゲしているのは気のせいじゃない。別にそんなことをしたい訳じゃないのだ。けれどもいつの間にかこんな表情になっている。

今日も隣で、「いやぁ、結構ワリがよかったよなぁ」と本日の稼ぎについて彼は漏らしていた。「そうだね」と私も頷く。とりあえず何でもやった。ゴミ掃除やチラシ配りなんてものもあるし、シーナさんに至っては、私よりもスキルが高すぎる人なのだ。仕事なんてあっちからやってくる。

何故だろうか、シーナさんはアハアハとから笑いしながら、「いやあ、美人が多い店だったなぁ、だからしょうがないよなぁ」なんて言っていた。何がしょうがないのか教えて欲しい。私はとりあえず「そうだね」と呟いて、布団の中にもぐりこんだ。

いつもお金の都合上一部屋に頼んでいるが、ベッドが部屋に一つしかなくても、「床で寝る!」と断固主張するシーナさんに、別にそこまで気にしなくてもいいのになぁ、なんて思う。間違いが起きているのなら、とっくに起きちゃってることなのだ。そこら辺は全面的に信用しているので、まあいいじゃん。とか思う。そして断固主張される度に、なんだかしょんぼりしてくるのだ。自分でもちょっと不思議なんだけど。

流石に二つ部屋を頼みませんか、なんて提案はしにくいしで、なんとも言えないどんより気分だ。今回部屋にベッドは二つ。シーナさんもごそりともぐりこんでいる。
美人が多い店だったなぁ。そんな彼のセリフを思い出して、何故だか泣きそうになってしまった。どうせ美人じゃないですよ。そんな卑屈なセリフが飛び出しそうになる。いやいや、別に美人でも、そうじゃなくてもどうでもいいじゃん。「シーナさんは、女好きだね」

ふいに呟いてしまったセリフに、「まぁね」と案外冷静な声が聞こえて、情けなくなった。部屋が一つのことを、こんなに後悔したことはない。うー、と涙が出そうなのだ。我慢するように、私は布団の中に顔を入れた。そんで眠った真似をした。




「そういやって、どっから来たんだ?」

なんとなく、訊きづらかったことを訊いてみた。今までタイミングを練っていたのだ。ベッドの中にお互いもぐりこんで顔が見えない。だから思い切って訊いてみた。けれども何時まで経っても返事が来ない。幾分か離れている隣のベッドを見てみると、頭からすっぽり布団の中に入っているの姿が見えた。寝たのだろうか。お休み三秒だ。……かわいいなぁ。

ハッ、と勝手に思考に紛れ込んだセリフに、思わず自分自身頭を抱えた。
この間気付いてしまったのだけれど、俺はこの子が好きらしい。そう思えばなんとなくしっくりきてしまう。そして一緒に宿に泊まるくらいの関係をゲットした。幸先順調。なのにそうは言えない。

俺自身が駄目なのだ。そして彼女自身が鈍いのだ。
この一つ部屋ははっきり言って蛇の生殺しだった。だって一つの部屋だ。アンアン、いやんいやんなことをし放題なのだ。部屋にベッドが一つしかなかったときの俺の心境を考えて欲しい。その上一緒にどうぞ、なんて言われちゃった俺の気持ちも察してほしい。勘弁して、我慢の限界超えるから。超えちゃいますから。

かといって、二人部屋だったら、せっかくの美味しい状況を不意にしているようで嫌だ。雑魚寝のときだってあるし、野宿のときだってある。そのときはそのときでいいのだけれども、本当に二人っきりなときなんてこのときぐらいだ。簡単に言うと、この状況は幸せなのだ。


慣れたなぁ、と俺は考えた。は随分俺に慣れてくれたと思う。最初が嘘のようだった。意外と気性が激しいというか、感情が豊かだというか、彼女がいると空気が明るくなる。
最初との差を比べて嬉しくなった俺は、あー、と俺は布団の中でため息をついた。それに比べて俺は。なんで俺ってこうなんだろう。なんでこう、他の女の子に声をかけちゃうんだろう。「シーナさんは、女好きだね」 言われた言葉に実は死ぬほどビックリした。

違うんだ。確かに女好きだけど。可愛い女の子に声をかけるのは礼儀だと思うけど。ちょっと違う。

がいると、どうしても俺は顔を取り繕いたくなる。この惚れているという事実が、彼女にばれることを、俺は極端に怖がっているのかもしれない。だから飄々とした顔を作って、彼女の前で他の女性へと声をかける。別にと付き合っている訳ではないので、俺の何が悪いという訳ではないけれども、この頃の視線がグサグサと冷たいことには気づいていた。……そりゃあ、まぁ、ナンパな感じの男って、好かれないかも。かも。泣きそう。俺のあほー。


(心が狭いぞ、私のあほー)
ほぼ同時に、とおんなじことを頭の中で呟いてただなんて、知る訳がない。
俺のあほー。





「シーナさん、私お風呂行ってくる」
「ん、行って来い」

は風呂が好きだ。一日に一回は入りたがる。多すぎじゃないか? と訊いてみたら、自分の場所ではこれが当たり前なのだ、と顔を真っ赤にしながら言われたのだけれど、随分風呂好きな民族だなぁ、とか思う。そりゃあ俺も入るにこしたことはないけれど、そこまで贅沢は言ってられない。解放軍って、軍のくせにでっかい風呂があったのだから驚きだった。改めて軍主の変人さが分かってくる。あいつは元気にしているんだろうか。

にしてはラッキーなことに、風呂つきの宿だった。るんるんとしているのが見て取れる。ぼけっと部屋を見ていると、布団の上に死んだようにタオルが置かれているのがわかった。の奴、忘れてやがる。俺はタオルをひっつかむと、ドアから飛び出た。「おい、ー」と、言おうとしたとき、体はピタリと固まった。

が知らない男と談笑していた。
……いや、それがなんだっての。俺だって女の子とするさ。しかし手の中のタオルにぎゅっと力が入っていることは否定できない。チックショ、バーカ、あほんだら。無駄に胸の中に語彙だけ溢れたこなくそ。
そうしているうちに、が俺に気付いた。「あ、シーナさん」と言って、こっちへくる。男には頭を下げて気持ち小走りに急いでいる。

なんとなく、俺はむっとした。
「シーナだろ」
「え、シーナさん?」
「シーナ」
「なんでわざわざ他人行儀に話してんの?」

言ってしまった後、後悔した。はきょとんと不思議そうな顔をしていて、俺はどうすることもできなくてに忘れたタオルを突っ返した。「わっ」
白いタオルを掴んで、はどうしようか、という表情をして、「ありがとう、シーナ」
このアホ、と言いたい。何に対してか分からなくなってきたけど。





「シーナ、医務室でといちゃついてたって? やっぱあれだね、隅におけないねぇ、いろおっとこだ、色男!」

何故だかこの解放軍の軍主は、金色の輪っかを頭にはめて、パシパシとシーナの肩を叩いて来た。「なんで知ってんだよ……」 と思わず低い声で唸りそうになる。やめてくれ。よくわからないけど恥ずかしくなってきた。

「そりゃあ、医務室だから。他の人だっている訳だし。殺伐としてるからかな、こういう噂ってすぐに流れるよね。別にいいけど、あんまりピンクなことはしちゃダメだよ。小さな子もいる訳だからね。いやぁ、怪我して血が抜けたって思ったのに、まだまだ血気盛んだよねぇ!」

ケラケラ。
シーナは軍主の頭をひっつかんで、「最後の血が抜けてなんたらってお前が言った奴じゃないだろ、他の奴の受け売りだろ!」と思いっきりグリグリ。
あたたたた、と金の輪っかを手にそえながら、「バレた? ルックが言ってた」とペロッと舌を出している。そしてそのままするすると動き、いつの間にかシーナの手が届く場所から逃れていた。ゲラゲラ笑いながら去っていく赤服に、腹が立った気持ちもあったものの、やぱり激しく恥ずかしくなって、「噂ってなんだよ……」と呟き、シーナは壁に預けた。
どうかは知りませんように。
でも、これでに変な虫がつくことがなくなったかも、と思うと嬉しいような。
でも恥ずかしいような。

つまりこれって思春期である。




  

執筆日 2010/08/16