10He is telling the truth
「ようちゃん、おめでとう!」
「こっちもさぁ、やきもきしてたんだよ。ハー、やっとシーナがむくわれる」
「何言ってんだい。ありゃああの子の甲斐性がなかったんだ。ちゃん、シーナの尻をひっ叩く勢いで行くのよ!」
何のことだろうか。シーナが怪我をして、医務室に行って、それからまた一日経って、やっとシーナも元気になって、紋章って凄いんだなぁ、と感動しつつご飯を食べているときだった。次々におじさんおばさん、お兄さんお姉さんがパシパシと私の背中を叩いてくる。その度にご飯が喉に詰まってゲホゲホむけて適当に返事をしつつ、言葉の断片を拾い上げた。
(なんかいいことでもあったのかなぁ……)
なんだかみんな幸せそうである。黙々とご飯を咀嚼し、異世界でも和食って食べれるんだね、とコックさんの腕の良さに感動しつつ、先ほどまでの皆さんの言葉を思い出した。
大概の台詞に、シーナがどうたらと言っていた気がする。シーナ? そう言えば今日はまだ会ってないなぁ、と食堂を見回していると、お目当ての人物とはまた別に可愛い女の子を見つけた。
「あ、ちゃーん。ここいい?」
元気いっぱいにナナミさんは私に手を振ってきたので、もちろん、と私が思いっきり頷くとナナミさんは嬉しそうにトレーを持ってぐいっと私の前に主張する。「じゃーん、ナナミアイス、新作っ! ……たべる?」 気持ちはありがたかったのだけれど、生命の危機を感じるので申し訳ない。
「……えっと、今ちょっとお腹いっぱいですから、ごめんなさい」
「そっかぁ。じゃあまた今度絶対食べてね!」
「……あ、はい」
キラキラ笑顔は断れない。ナナミアイスをぺろぺろ食べるナナミさんのお腹が気になるなぁ、と思いつつ「弟さん、元気ですか?」とたわいのない会話をしてみる。この城の軍主は動きがすばやすぎて、気付いたら別の場所にいるのだ。凄いバイタリティだなぁ、と感動する。
ナナミさんは「うん!」と嬉しそうに頷いた。「シーナくんは? どう?」
あんまりにも当たり前に訊かれたものだから、私は「はい、もう怪我も治ったみたいで」と黙々とお箸を動かす。「……あれ」なんかおかしいぞ。と気付き、ナナミさんを見た。
「ナナミさん、なんで私にシーナのこと訊くんですか?」
「え、だって付き合ってるんでしょ?」
こともなく答えるナナミさんに、私は暫くの間の後、顔が爆発するほどに真っ赤になるのを感じた。なんだそれは!
誰がそんな噂を? と問い詰めると、わかんないなぁ、とナナミさんは首を振る。みんなが噂してたから。と続いた言葉は聞き逃すには難しすぎる言葉だ。みんな? みんなってどういうことですか? いーやーあーあー! 自分でもどうかと思う叫び声で廊下を駆け抜け自室へと戻る。戻らないと死ぬ。それなのに広場をぬけた辺りで大勢の男達にガシッと捕まってしまった。
何事だ! とどんどん背中を押されて移動する。「いやーあ、若いっていいよなぁ」そんな言葉まで聞こえてくる。みなさん輪になって、歩いて度押されるとぽんっと誰もいない空間に投げ出された。い、いじめか! 一瞬中年の皆さんからの若者いびりを想像してしまったが、事実はちょっと違うらしい。何故か真ん中ではシーナが所在なさ気に立っていた。
しかも珍しいことに、シーナの顔は真っ赤に染まっていて、誰かが耳打ちする度に、「いや、やめろって! 違うから!」なんていいながら、まるで年頃の少年のような感じだ。
……なぜシーナ? 何故赤面? ああでもちょっと可愛いかもなぁ、と思いながら、多分今の自分も物凄く顔が真っ赤に違いない。あり得ないくらい頬が熱いのだ。シーナと私がつきあってる? なんだこれはこのことで集まってるのか? みんな暇なのかそうかのか!
もう、もう逃げさせてください、と思うのに、ガタイのよろしいおじさん達の間を強行突破できる自信はなかった。
唐突に、おじさんの一人がシーナの背中を叩いた。「あんまり浮気なことすんじゃねーぞ!」「と、ととと!」と言いながらシーナはバランスを崩し、こっちへと向かってくる。体がすくんだ。両手をきゅっと握りしめ、及び腰な感じでシーナを見る。こっちを見たシーナも、同じくぺっひり腰でこっちを見る。
いーけ、いーけ、いーけ、いーけ。
分からない。なんだかそんな声が聞こえた気がした。高校の教室で行われた公開処刑的な告白タイムを思い出したからなのかもしれない。私とシーナがじっと見つめ合う。誰かがごくりと唾を飲み込み、声も出さずに私達を見つめる。一瞬即発。おかしい。そんな単語が思い浮かんだ。最初に話した方が自爆する。気がする。
じりじりとお互い距離をとるシーナと私にじれったくなったのか、おじさんの一人が野次を入れるように叫んだ。「いやー、医務室でいちゃついてたんだって? おじさん達にはまねできん。よろしくしろよぉ」
それをかわぎりに、皆が口ぐちに叫んでいく。
「つきあうってなぁ。なんかどきどきだなぁ。俺だってかーちゃんとの初めはそんなんだったよ」
「いいよなぁ、ここいら殺伐としてる感じだったから、いい知らせだったよなぁ」
「お幸せにー」
なんだこれ? と思うのに、みんながみんなピンクな顔をしている。シーナと付き合う? そんなこと想像をしたことがなかったから、嬉しいのかそうじゃないのか分からない。いや、やっぱり嬉しい。恥ずかしいという感情を通り越して、じわじわと嬉しい気持ちが広がってくる。なんだそれ、嬉しいぞ。嬉しいぞ!
そのとき私はシーナを見た。彼は困ったように頭をぽりぽりとひっかいていた。
さっと、頭から水をぶっかけられたように心の中が覚めていく。
(なんだこれ、恥ずかしい)
シーナが嬉しい訳ないのに。
「違います!」
そうきっちりと理解したとき、私は力の限り叫んでいた。自分にこんなに大きな声が出るとは思わなかった。両手をぎゅっと握ったまま、下を向いてぶるぶる震える唇をきゅっとかみしめる。「……違います」 それでもう一度、呟いた。一瞬調子に乗ってしまった自分が恥ずかしかった。
さっきまでの騒ぎが嘘のようにしんとなって、数秒ののちに、「なんだ、勘違いかー」なぁんだ。とみんながみんな、納得したように冷静になる。そうした後で、一人が「ああ、そろそろ畑に行かないと」と輪からちょいと抜けたものだから、それをきっかけにどんどん人がいなくなった。最後の人が「シーナがんばれよー」と声をかける。広場には、私とシーナと、あとは子どもが数人だ。
私はシーナを見たくなかった。だからそのまま部屋に戻ろうとしたけれども、このまま帰るのはどうも気まずい。下を見たまま、「はは」と誤魔化したように乾いた笑いを呟く。「へへ」シーナも続いて笑った。「あ、あはははは……」 シーナと二人、面白くもなんともないのに笑った。そうした後で、もういいだろう。と思って背中を向けた。
「なんかビックリだよね。みんなすごいはしゃいでた。つき合うとかそんなんある訳ないのにねー」
「ああ、うん、まぁ。そうだよなぁ」
自分で言った台詞に傷ついて、ついでにシーナの言葉にもぐっさりやられてしまうだなんて世話がない。これ以上いても仕方がない、とそのままばいばいと呟いて部屋に戻ろうとした。「あ、、あーあーあー……」
それなのに、シーナが変な声を出すから立ち止まってしまった。
「何?」と振り向く。やっとこさ見たシーナの顔はなんだか情けない。そんなに迷惑だったんだろうか。医務室でいちゃつく。唐突に、さっきの人達の言葉を思い出した。
いちゃついてなんかないよ、と思うのに、この間のことを思い出す。
怪我をしたシーナに怒って、泣いて、抱きしめられて、ついでに頭もなでられた気がする。
いちゃついてなんかない、と思うのに、またどんどん顔が熱くなってきた。すると今まで情けない顔をしていたシーナが、「ぷっ」と噴き出したように笑う。なんだ、この顔がへんなのか、と恥ずかしくなって腕で顔を隠した。
「、顔真っ赤でかわいいな」
シーナが呟くように言った言葉に、「えっ」と顔を上げた。おなじく、シーナも「えっ」と自分の口を手で触った。
言っちまった。言っちまった。そんな言葉が聞こえてきそうな表情だ。かわいいな。頭の中でシーナの声がぐるりと回る。かわいいな。
「、その」
シーナがこっちに足を踏み出す。私はシーナに手のひらを突き出した。「待った」 ずるずるとそのポーズのまま後退する。また動こうとしたシーナにもう一度、「待った」
じっと相手の目を見た後、ぐるりと背中を向けた。「う、あ、おい!」 シーナの声が背後に聞こえる。逃げる。逃げる。逃げる。部屋に飛び込みベッドにのぼって頭から布団をすっぽりかぶる。
『、顔真っ赤でかわいいな』
シーナの声が、まだ耳元で響いている気がした。
ううう、と布団の中で唸って、「冗談でも言うなぁ、そんなこと」と呟いた自分の声は妙にへたっていた。
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執筆日 2010/09/14