11She cried out for help
「……どう、思う、どう思う?」
私は座り込みながら隣に座るルックくんに確認した。ルックくんは綺麗な栗色の髪をかきあげ、指にひっかかった一本にふーっと息を吹きかける。「どうでもいい」 どうでもいい、だと!?
私はおもいっきり石版を叩いた。その瞬間、ルックくんはただでさえ鋭い瞳を細くし睨む。うっと思わず後ずさってしまったが、私は彼がこの石版をお昼寝の背もたれ代わりに使っていることを知っているのだ。
「もう一回言うけどルックくん」
「……はいはい」
「シーナが変なんだよ……!」
「はいはい」
ルックくんは素知らぬ顔でぴらぴらと本のページをめくっている。返事をしてくれるだけマシなのだろうか。もしかしたら、今日はこれで機嫌がいいのかもしれない。シーナがここ数日、変なのだ。周りの人に変だ変だと主張しても、ぬるい笑みを浮かべるだけで相手にしてくれない。私の感覚の方が変なのだろうか。
彼なら。ルックくんなら正しい判断を下してくれる気がする。機嫌がいいのだというのなら丁度いい。私はこの間からのシーナの奇行を説明し始めた。
そう、文字通りの奇行、変な行動なのだ。
かわいい、と言われたことには驚いた。
けれどもそれ以上に嬉しかった。『、顔真っ赤でかわいいな』 なんどもこの台詞を思い出して、こんなんだったっけ、とシーナの声の調子まで頭の中でなぞる。その度に、にへっとだらしなく顔を緩ませて、即座に引き締めて、まあ多分特に何の意味もない台詞だったんだろう、と自分自身を納得させる。
いやだな、シーナって罪な男だなぁあのバカめ。と恥ずかしいのを誤魔化すために、誰に聞かせる訳でもない言葉をぶつぶつ呟いて廊下を歩いた。問題ない。シーナに会っても全然問題ないぞ。
そう思って、胸を張って歩いていたところに、狙ったようなタイミングで金髪の青年が前を通り過ぎた。「あっ」 問題ないって思ったはずなのに、胸の奥の方がきゅっと収縮する。頭の奥辺りが、カッと熱くなる。よっ、おはようシーナ。それだけ言えばいいはずなのに、なんとなく口辺りが上手く回らない。そんでシーナの目が見られない。
何故かシーナも静かだった。適当に騒いでくれればこっちも合わせやすいのに、私を合わせ鏡にしたみたいに、シーナもぎゅっと口ごもっている。何があったんだろう、眠いのだろうか、取りあえずこっちがあわあわしていることを気付かれないように、私はぎゅっと唇をかみしめて、
「シーナ、おはようっ」
お腹の中から声を張り出して、思いっきり顔を見上げて、多分眉もつりあがっていた。シーナはぎょっとしたような表情をしたあと、何故か微妙に笑った。笑った、というよりも、作る表情がなくて、唇が痙攣したらそんな顔になってしまった、とでもいうような顔だった。けれどもすぐに、「おー、おはよう」
シーナがへらっとした表情をしたので私も安心してほんの少し表情を和らげた。そうしたあとに、まるで逃げるみたいにたかたか進む。「あー」後ろの方で、シーナがどうでもよさげな声をあげた。なんだろう、と振り返ってみると、シーナは首をコクリと傾けて、なんでもない表情のまま呟いた。
「髪くくんないの、かわいかったのに」
ルックくんは本を片手にしたまま、黙々とページの文字を追っている。「る、ルックくん、ねぇ」 聞いてますか。ねぇねぇ、ねぇねぇ、と彼の肩を揺さぶる勇気はなかったので、ぐるぐると周りを回ってみる。
「ほんとにね、なんか変なんだよ。終始真顔だし。じっとこっちの目を見てくんの。ぶっちゃけ怖いんだよ」
「……そろそろ図書室の本も読み終えるな」
「き、聞いてくれてねぇ……!」
パタン、と彼が本を閉じたので、やっとこさ話を聞いてくれる気になったのだろうか、と思ったのに、ルックくんはお尻が痛くでもなったのか、よっこらしょ、と座りなおす。そしてまた本を開く。
私には読むことすらできない文字を見つめ続ける彼は、とうとう返事すらしてくれなくなった。私は体育座りをしてルックくんから少し間をあけてよっこらしょとその場に座る。あーあ、と膝の間に顔を入れた。
「」
頭の上から聞こえた声に、はっと顔を上げると、やっぱり真顔のシーナがこっちを見下ろしている。私は多分ぬるい笑みを浮かべて、ルックくんに視線を投げても、彼は黙々と無視をする。
「なにやってんの」「何って、……うん、ルックくんと、おはな……」し、はしてないな。基本的に無視されてたな。
「ふうん?」シーナはどこか面白くなさそうな声を出した。そして私の腕をぐいっと掴むと、「こんなとこでボケっとしてんなよー」と言いながらそのまま引っ張っていく。おいおい、ルックくん、ルックくん、と目で助けを送ってみても、彼はあくびを一つして、「痴話げんかはよそでやんな」と静かに呟いただけだった。
痴話げんかってなんだ、別に喧嘩してる訳じゃないし、そういうのでもないぞ、と思うのに、やっぱり嬉しい気分からは逃れられない。やっぱりお腹の中では、どこかドキドキしている気持ちがあるのだ。
私はきゅっと口を閉じたまま、シーナと歩いた。
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執筆日 2010/11/05