12I can no longer endure
シーナきもい
いつか俺はばっさり切り捨てられる。きもいという恐ろしい言葉によってグッサリやられる。女というのはそんなものだ。特に他意があってもなくても、ためらいもなく言う生き物なのだ。まぁそんなところもいいよね、とか尻の軽い男だと自覚している俺は思うのだけれど、に言われたらたまらない。
想像するだけで軽くトラウマになりそう。
きゅうーっと胸の奥が締め付けられる感じで、数日はメシが食べられなくなるかもしれない。いや一応いい年こいた大人なのでそんなことにはならないかもしれないが、少なくても数日テンションは低いに決まってる。
(可愛い)
そんな本音を言えば、冷たい目で睨まれて、ウザがられてきもがられるに決まっている。分かっていることだ。なのに言ってしまった。可愛いって言ってしまった。
その瞬間、ざっ、と背筋が凍ったような気持ちで、顔まで真っ青になってしまったのではないかと脱兎のごとく自室へ向かった。鏡を見てみると、真っ青にこそならないものの、真っ白な顔色で寧ろやばかった。
いつ俺は処刑されてしまうんだろう。残酷で理不尽で、女の武器みたいな言葉で、切り捨てられるんだろう。キリキリしたような胃を抱えて、しかし男らしく俺は腹をくくって待っていた。いつでもこい。覚悟は出来ている。いつでも言え、いっちまえ、シーナきもい!!!
でも多分、言われたらちょっと泣く。
「、朝飯くいにいくか」
だから定例となっていた台詞を、いつもの顔で、いつものようにと何重にも意識したはずなのに、台詞の途中で声がひっくりかえってしまった。それでもなんてことのないように腹から声を出し続ける。
大丈夫、一度可愛いって言ったぐらいでなんなのだ。そんなことで意識しているのは俺一人に決まってる。自意識過剰は片想いの売りなのだ。
気の所為か、目をひょいと左に寄せてこっちを見ないふりをしているような(いやいや、そんなことはないだろう。そうだったら本気で凹む)の肩を、ぽこん、と叩いてみた。「おーい、さっさと行くぞ」
当たり前の、いつもの当たり前の動作なはずなのに、の肩は必要以上にびくりと震えた。そんなもんだから、俺の体までその振動が伝わった(ような気がして)、二人して廊下でピタリと止まる。
その横をいつもの金色輪っかの軍主がその姉と追いかけっこを始めている。姉の右手の皿の上には異臭を放つ物体が乗せられていた。
一瞬飛んだ意識と一緒に、変な空気も流されていて、はいたって自然に、「じゃあ食堂だね」と俺の前を歩く。隣に並ぼうと歩を速めても、それ以上のスピードですたすたと歩いて行く。
、変だぞ。
そんな台詞を投げかける前に、俺は胸の中がどこどこと大きく太鼓を打っているのに気付いた。俺だって、いい年こいた大人なのだ。なんとなく分かる。いや、気の所為かも。思いすごしかも。だいたい、こういうのって、期待した方が辛いしさ。後が痛いしさ。いやいや、ないない。学習しました。学習しましたよ、さん、でも変じゃないですか。思うんですけど、今、(俺のこと、意識したよな)
思わず自分の耳を握りしめた。熱い。耳たぶは冷たいくせに、その奥が信じられないくらいに熱い。その差にびっくりして、一人でにやついて、うへへと変な声が出てしまいそうになって、いつの間にかびっくりするほど前に進んでいたの背中を慌てて追いかける。
「なぁ、」
ものすごく、ゆっくりとした動作では振り返った。眉がつりあがっている。けれどもこれは怒っている表情ではない。それくらいずっと傍にいて、ずっと観察していた自分は分かるはずなのに、色恋って恐ろしい。頭の中が狂って、こんな簡単なこともわからなくなるのだ。
「前から思ってたんだけど」
「なに?」
また眉がつりかがった。でもこれ多分、
「やっぱ可愛いよ、お前」
物凄く、照れた表情だ。
基本的には人見知りをしない性格なのだ。一番初め、俺と出会ったときは例外なんだろう。そんな例外を知っているってこともなんとなく嬉しいけれど、俺はの腕を掴んだまま、ずかずか歩いた。気付いたら誰とでも話をしているのだ。「ルックと何話してたの」
いやあ、違うよ。嫉妬とかじゃないですよ。違いますよぉ。俺大人ですよ、いい年こいてますよ。彼女でもない女の子に何考えてんですか。違いますよぉ。心が狭いですよぉ。
自分の中で自分に語りかける台詞がむかつく。こなくそ。は「べっつに」とツンと口を尖らしていた。やっぱり怒っている風に見える。でも多分違う。基本的には俺に怒らないのだ。これは多分、何か誤魔化したいことがあるんだろう。しょうがないです。俺は大人なので誤魔化されて上げます……なんて無意識にカッコつける自分がいる。
視線を下ろすと、俺と目が合って、慌てたようには視線をそらした。「あ、なんか今の可愛い」 思った通りの台詞を言うと、はぎゅっと唇を噛んで顔を真っ赤にしながら顔を俯かせる。
やっぱりだ。
は俺が可愛いって言っても、本音を言ってもきもいなんて言わない。なんだ、言わないんだ。分かれば嬉しい。すごく嬉しかった。なんだ、我慢することないじゃないか。押しとどめていた台詞を吐き出してしまえば、胸の中がすっきりする。自然と顔はにこにこ笑顔になってしまって、気分良くをひっぱる。
「、腕ほそくね。意味わかんね。もっと食べようぜ。いや、今のも好きだけどさ、ぽっちゃりしたも可愛いんでない。多分俺好きだし。しょうがねぇなぁ、今度俺がおごってやるよ」
ヤバいくらいに胸がすっきりしている。するする言葉が飛び出てくる。はあり得ないくらいに顔が真っ赤になって、そろそろぷしゅうと沸騰しそうだ。ああ、やっぱりかわいい。
が、ぴたりと足をとめた。半端ないくらいに顔が真っ赤だった。がこんなに頬をピンク色に染めるだなんて知らなかった。もっと早くに知りたかった。いいなぁ、この表情。
なんて、いたって不真面目にを見た。それなのに、俺を見上げたの表情はあり得ないくらいに真剣だった。さっき、は基本的に俺に怒らない、と思ったばっかりなのに、これは本気で怒っていた。いいや怒っていた、というよりも逆ギレしたみたいな表情で、ぐっと唇を噛んで思いっきり俺を睨んでいた。
「なんで」
ぽつりとが言葉を呟く。「なんで、そんなこと……」言うの。
の声が、最初と比べてどんどん小さくなっていく。これはまずい、と俺は唐突に悟った。なので適当にまだ使われていない、誰かが使うかもしれない個室の中にと一緒にひっこむ。照明もついていないそこは薄暗いけれども、窓から微かに明りが入ってきて、泣きそうになっているの顔がよく分かった。
なんでなんだろう、なんではこんなに泣きそうなんだろう。俺は何か悪いことをしたのだろうか、傷つけたのだろうか。わからない。基本的に、女の子は可愛いと言われて悪い気持ちにはならないと思っていたのは間違いだったのだろうか。それとも好きという台詞に虫酸がはしったのだろうか。
やっぱり、俺が一人テンションが上がってしまっているだけで、それに振り回されたは腹が立って仕方なかったのかもしれない。俺は途端に腹の中が不安と後悔でいっぱいになって、「その、あー、ご、ごめん」と半分かすれた声で謝った。なのには、「なんで謝るの」といらだったような声を出した。俺だって何が悪いのかよく分かってない。
「な、なんでだろうなぁ」
「バカっ」
「……いやさあ、なんで俺おこられてんの?」
「そういうこと、言うからでしょう」
「そういうことって?」
「だ、だから」
「あ、また赤くなった。かわいい」
「そういうのっ!」
やっぱり可愛いは禁句だったのか。俺はああ、と顔をゆがませて頬をかいた。あり得ないぐらい落ち込んでいる自分の顔をに見せないようにと格好をつけたのだ。
は、「そういうのを軽々しく言うのは、本当に駄目なんだから」と言葉をとぎれとぎれに伝えてきて、俺はちょっと待ってくれ、とストップをかけたい。
「軽々しく言ってない」
いたって本気である。
なのにはそんな俺の気持ちが伝わらないのか、「よくその口でものが言えるね」と半分呆れたような声になっていた。確かにそうかも、と普段の自分の行動を試みて、同じく頷く。いやいや。
「には、軽々しく言ってない」
「だから」
「マジで」
「だからぁ」
「嫌だった?」
だったらごめん。
じっとを見つめて、ついでにの肩に両手を置いて謝る。は気圧されたようにピクリと肩を震わせて、顔を斜めに傾けた。そして唇を尖らして、赤い顔のまんまで困ったような顔をして、
「いやじゃ、ない」
それがあんまりにも可愛かったもんだから。
思わずキスをした。
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執筆日 2010/11/15
次のお話は少々スケベかもしんないから注意してね!
もちろん当サイトレベルなのでいやんエッチ! にはならんです。