ディックはぶすっと頬を膨らませた。このごろちょっと悔しかったりする。

こないだの押し倒し大作戦も不発に終わり、にはずっと負け続けた。ちくしょう、とディックは一言呟いた。自分のプライドがくすぐられる。こしょこしょ。あーあー、とため息をついている彼は、現在一人でぷらぷら階段を上っていた。一人だ。そう、一人だ。
でも別に、がいないと言う訳でもない。

「おーい、
「はい? なんでしょうか」

ディックがひょいと顔をあげた瞬間、彼女はしゅたりと上の階から飛び降りた。なんてこともなさげにこちらを見つめている彼女を見て、ディックは思う。お前は忍者か。「いや、意味わかんねぇんだけど」「はい?」「だから、なんでさっきから隠れてんの?」

姿は見えない。けれどもひっそりと背中に突き刺さる視線に気づかないほど、ディックは鈍感ではない。女の子をナンパしているとき。食事を食べるとき。そっとどこかから彼女はディックを見つめていた。ぶっちゃけ「怖いんだけど」「えっ!?」

はあわあわと手のひらを動かしながら、「すみません、ディックさんがあまりその……私が近くにいることが好きじゃないみたいですので、だったら隠れてお守りしようかと!」「びっくりな思考回路さ」

ありえねーだろ。とディックはを見下ろした。はほんの少しずつ視線を手元へと下ろしていく。「……うう、あまりいいアイデアではありませんでしたか?」「いや、そういう訳じゃ……」 凹まれるとなんだか困る。

ディックが口ごんだ台詞を、は何を勘違いしたのか、パッとほほ笑んだ。「そうですか、ナイスアイデアですか!」「そんなこと言ってねーけど」「あれ」
うーん、うまくいきませんねぇ……と腕を組んでいた彼女の後ろから、ぬっと見覚えのある青い影が飛び出したのだ。

「おい」「ぎゃう!?」

ビックリ声をあげたのはディックである。はきょとんとした表情で振り向き、「あ、兄さん」とへらへら青年を出迎えた。相変わらず、彼は青いバンダナをきゅっとしばっていて、中々男前の顔をむっとひそめていた。正直ディックはこの青年、フリックにいい思いをしていない。毎回逃げて逃げてのランアウェイなので、今もなんとなく逃げ出したくなった。逃げていいかなー。


フリックはディックを見つめた。そしてぺこりと頭を下げた。ディックも頭を下げる。よかった、今は特に怒っていないようだ。まあ、別に何もしてないんだから、怒ってないのは当たり前なんだけど。

フリックはを見つめた。「兄さん兄さん、おはようございます、おはようです!」 尻に尻尾が見えるくらいに、はにこにこ笑顔で兄へ顔を向ける。フリックも、「おう、おはよう」と朗らかな笑みを見せた。なんだか空気がほんわりしてる。ディックはなんだかむっとした。兄妹にしちゃあ、仲がいいじゃねぇの。いや、兄妹にしちゃあ、と言うのは変か。仲のいい兄妹なのだ。

ディックは僅かに仲間はずれのような気分になって、壁にもたれかかった。(……仲間はずれ?) おいおい、今変なこと考えたぞ、と彼はぎゅっと唇をかみしめる。アホですか。初めから仲間じゃねーし。

そんなディックの心情を知らず、フリックはふとディックを見つめた。ディックは慌ててもたれ掛かっていた状態から、しゃきんと直立する。「ディック、まあ今更だが、妹をよろしく頼む」「え、うん、おうよ」 護衛役を護衛対象へとよろしく頼む、というのはなんだか妙だか、母親が息子の職場で、いつも息子がお世話になっています、と言うようなもんだろう、とディックは納得した。「ちょっとフリック兄さんやめてください」とがびしびしフリックのマントをひっぱっている。相変わらず仲がいい。

フリックはを片手で押さえると、再びディックを見つめた。「まあ、ないとは思うが、妙なことをしたら俺がお前を三枚に下ろすからよろしく頼むぜ」「……ああ、うん!?」 三枚って今言った!?
ディックは多少口元をひくつかせた。そんなディックを見て、フリックは、「ああ、間違えたな」と頷く。間違えたらしい。「せめて五枚だ」 はっはっは。(いや、増えてるし……!?)

「嘘だよ冗談だ」
「あ、あは、あははー……! だ、だよな!」
「六枚以上でも問題ないぞ」
「また……増えてるぅ……!」

前科がある分だけ否定ができない。うおおおー! と頭を抱えるディックに、「今度こそ冗談だ」とフリックは眉をおろして笑って、ぽん、とディックの肩をたたいた。彼なりの冗談だったらしい。「よかったー。冗談だったんな! フリちゃん!」「誰がフリちゃんだ」 さすがにそれは駄目らしい。

「それじゃあな」とフリックは一番最後に、の頭をよしよしとなでた。も特に気にした様子もなく、「はい、さようなら」と頭を下げる。そんな光景を、ディックは片目を大きくして見つめた。頭ナデナデだと。



「…………随分、仲がいいのなー」
「はい?」
「あんたのにーさんと」
「そうですか? 嬉しいです」

うふふふ、と両手を体の横でぱたぱたさせるを見て、ディックは嬉しいんかい。となんとなく面白くもない気分で小さく呟く。まあ、あれくらい仲のいい兄妹なんて、そこら辺にいるだろう。それにしても。
(……随分、似てない兄妹さー)

男と女と言う差異を引き抜いても、やっぱり似てない。顔のパーツ一つ一つが違う気がする。ディックは深く考えた訳でもなく、「あんたとにーさん。あんま似てないな。お父さんとお母さん似なん?」「あ、別に兄さんとは血がつながっている訳じゃありませんから」 なのでニコニコ笑顔のまま、パタパタと手を振るを見て、ピシリと固まった。

「俗に言う、拾われっ子でして。だから兄妹って言っても血のつながりはないんですよ」

なんてこともなしには笑った。ディックは腕を組み、「ふーん」と相槌を打つ。ふーん。別に、そんなのどうでもいいしー。心の中で呟いてみた。(義理の兄妹かよ) その割にゃあ、仲がよろしいこと。と気づけばまた同じことを考えていたので、もう一回大き目に相槌を打ってみた。「あっそーお」「そうなんですねー」

まあそういうことでして、といいながら、はかさかさ階段の上へとのぼって行く。「……何やってんの?」「あ、はい。またこっそり隠れて護衛しようかと!」「……あ、そーお……」

まあ頑張ってー。と気がない応援をするディックに、「はい!」とは力いっぱい返事をした。



2011.06.01
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