「やあディック。たまには俺の部屋でご飯でも頂かないかい?」と、キラキラ笑顔で話しかけてきた軍主に、ディックは眉をひそめた。口の中にスプーンをくわえたまま、片目でちらりと軍主を見る。そして自分の隣に座るに目を向けた。

「遠慮するさ。つか俺今メシくってるし」
「遠慮なんてしなくていいから。さぁさぁさぁ」
「メシ食ってるって言ってるじゃんよー」
「何? 俺の部屋で超豪華な夕ご飯をご一緒したいって!? ディックったら我がままさんだなぁ! という訳で、こいつは連れて行くからよろしくね」
「あ、はい……?」
「おーい。ちょっとおーい」
「さあ行こう。今すぐ行こうレッツらゴー!!」
「おおーい」

口にスプーンをくわえたまま、ディックはずるずるとに引きずられる。なんだこの無理やりっぷりは、と考えて、ああ多分、俺に用事がなんかあるんだろうなぁ。と彼はすぐに気付いた。気づいていたけれど、あえて無視していた。椅子に座って、びっくりした表情でこっちを見ているが目に入る。「……一緒にメシだってのに」 こなくそ、と呟くと、は爽やかに笑いながら、「そんなのいつでもできるでしょ。ほらほらレッツらゴー!」



「ええ?」 スパイ?
最後の台詞は口に出さずに、頭の中で呟く。誰かに聞かれていることを配慮してだ。まあまあ部屋の前にはのかねてからの側近、クレオとパーンが門番のごとく立ちはばかっているので、誰かが盗み聞きをしている可能性など、万に一つな可能性な訳だが。「そう」とは微笑んだ。

「で? 俺に何しろっての?」
「別にきみにと言う訳じゃない。ブックマンの力を借りたいのさ。俺達じゃ想像もつかないような知恵を授けてくれるかな、と思ってさ。っていうかせっかくうちにいるんだから、なんか役立つことしてくれよ」
「ええー……んなこと言われてもぉー。だいたい俺らが……その、それって可能性もあるじゃん?」

スパイ、とはどうどうとは言えない。は「ナイナイ」と軽く笑いながら机に手のひらをつけた。「一応きみにはっていう監視役もついてるしね?」「あんなん……」 まったくなんの役にも立たないじゃないか。の言葉は冗談だと思いながらも、ディックは苦い顔をする。「うん? 惚れた?」「……ハァ?」 ディックは頬をひきつらせた。


「バッ……バッカ言ってんじゃねーよ。俺はねー、ストライクゾーンは激しく広いけんど、はまあ趣味なんかじゃ全然、そんな全然、ちょっとやめて欲しいさそういう冗談!」
「いや普通に冗談なんだけど。そこまで本気の反応しなくていいよ」
「……ハッハーン!」
「何混乱してるの?」

は顎に手のひらを置きながら、「まあ別に、そっちの方がありがたいけどね」と瞳を伏せる。何がと言うのか。「男を馬鹿にするのは、いつだって女だ。君がそうなって扱いやすくなってくれるんなら、なんともありがたいな」フフフ、とどこぞの黒幕的な笑みを浮かべる軍主を見ながら、ディックはため息をついた。

「あんたそんな悪者ぶる年じゃないさ? 俺みたいな健全な青少年らしく、さわやかぁーに生きる方がいいと思うぜ?」
「ハッハッハ。何、こういうのも中々楽しいよ。まあでもご忠告ありがとう。きみは俺の代わりに健全な青春を送ってくれよ。フリックの陥落くらいなら手伝ってやってもいいぜ」
「だーかーらぁー」

「まぁまぁ」、とは両の手を下に何度か落とした。「この話はこれでおしまいだ。という訳で、きみからブックマンの方に伝えといてくれ。城の住民に何か不自然な動きがあるってんなら、報告してくれるだけでも助かる」

ディックは片手に持ったままのスプーンをもう一度口にくわえて、「まかされた」と言う意味で、親指と人差し指で円を作った。「それとこの話は内密に。俺とフリック、マッシュでとどめてあるから」まあ、味方を疑うなんて、気分のいい話じゃないけどね。と彼は一つ苦笑した。



結局の部屋に豪華ディナーがある訳でもなく、すきっぱらを抱えてディックは食堂へと戻って行った。一人寂しく食堂でランチかー、としょんぼりしていると、「ディックさーん」と視界の端で見覚えのある影が、パタパタと手を振っていた。「お、ー」

はパタパタと走りながら、両手に何か抱えている。「ディックさん、お話は終わりましたか?」「まーね。軍主様の愚痴を延々と聞いてきただけさー」 口を閉ざせと言われたばかりなので、さすがに中身は言えない。「でしたら豪華ディナーは?」「の笑顔だった」 スマイルはゼロ円である。

「それならば!」とは両手に持つおにぎりを、ちゃちゃっとディックの前に差し出した。「ディックさんがお腹をすかせているかもと思って、アントニオさんに作って頂いたんです」 食べられますか? と訊くの両手を、ディックはおにぎりごとぎゅっと握った。「寧ろを」「今すぐアッパーと急所蹴りが狙えますが、どっちがいいですか?」「すみませんでした」
気の所為だか、この頃自分の立場は激しく低い気がする。



さて、件をブックマンに話してみたところ、パンダジジイは「知らん」の一言で終了した。
     それくらい、一人で何とかせんかこのジュクジュクめ
と、いうことらしい。まあ一応ブックマンへと課せられた課題である。ディックは出来る限りの調査を開始した。その内、一つの違和感が浮上したのである。


「……本のページ?」
「おう」

フリックは眉をひそめた。ディックはフリックと、ある程度の距離を置き、ほとんど声は使わず、口の形でのみ会話する。

「そうさ。なんか変だなーって前々から思ってたんさ。一冊二冊ならともかく、五冊も六冊もページがなくなってるのはどうにも不自然さ。そんな悪戯小僧がいるってのもおかしな話だと思うぜ」
「まあ、確かにな」
「多分本のページを破ることで、連絡手段に使ってるんだ。スパイは複数人いて、うち一人は内部の、結構重要な役割のやつなんだろ? そんな奴があからさまに外の人間と接触を持ってたら怪しいさー。だから軍内部で、下位の人間に伝えられるような暗号があるんじゃねーの」

なるほど、とフリックが頷く。「破られてた本なら覚えてるから、持ってくるか?」 ディックの提案に、フリックはいいやと首を振った。「それはさすがにあからさまだろう。おそらく、図書室以外にも暗号のルートはあるはずだ。これが危ないとなれば、すぐさま方法を変えるだけだろう」「フリちゃん中々かしこいね」「だからフリちゃんはやめろ」

それならどーすんの? とディックはフリックをちらりと見上げる。フリックは、暫く考えるそぶりをした後、「そうだな、ディック、その本の切り取られたページ数と前後の内容……までは無理か。とりあえず覚えている分を教えてくれないか」 無理だろうか、というフリックに、ディックは人差し指を親指をくっつけて、ぐいっと丸めた。

「前後のページどころか、内容まるまる一冊暗記してるさー」
もんだいないよん。

フリックは、ぎょっとしたようにディックを見下ろした。ディックはむん、と自慢げに胸を張る。「ディック、お前……」「何さ? 褒めちゃうー?」「ああ。もちろんだ。お前意外と、できるやつだったんだな……」 信じられん、驚きだ。
さすがにそこまで驚かれると、ちょっぴり複雑な気分になるディックだった。


さて、ディックが報告した破られたページの本達は、フリックからマッシュへと伝わった。マッシュは細い目をさらに細くさせながら、「なるほど、わかりました」 ディックが内容を写した紙束を、パサリと机の上に置く。

「やはり間違いなく、情報が漏えいしています。とてもシンプルに、切り取られたページの番号が、私たちがことを起こした日付に一致します。破られたページに何かを書きこんだか、それとも破られたページ自体に何らかの意味を持っているのかは、まだ分かりかねますが、私たちが次にことを起こそうとした日付が、すでに破られているようですね」
「すでに伝書鳩は飛び立った後だったってことかな」

さて、どうする。はくるりと体を回転させた。窓枠に肘を置きながら、城を見下ろす。小さな子供たちが駆けずり回って遊んでいた。「     私にお任せください。明日の訓練の指揮権を、私に全て任せてくだされば」「うん、まかせた」

頼りにしてるぜ、マッシュ。とポンとがマッシュの腹を叩いた。マッシュは険しい顔を、ほんの少し和らげる。



なんて、黒幕っぽい人達が会話していたとき、ディックとは、まったりお花を鑑賞していた。「薔薇園さー」「薔薇園ですねー」

彼らの背後では、「オホホホ」「ウフフフ」と優雅な方々がお紅茶を片手にくるくる踊りまわっているのだが見ないフリをする。あそこだけ見事な別空間。
「あらあらヴァンサン様、今日もおマントがお素敵ですわよ」「そういうエスメラルダ様も、可憐な指先にはまったエメラルドがとても美しい」「エスメラルダのエメラルドですもの」「中々に似たお名前でらっしゃる」「オホホホホ」「ウフフフフ」
取りあえず聞こえないフリである。

ディックはぼんやりベンチに座りながら、隣のをちらりと見た。「明日、訓練なんだって?」「はい。全員参加の訓練ですんで、明日はディックさんの護衛はお休みですね」「そーかい。俺はこっちで待機だけどな。なんでかパンダジジイもそっちに行くらしいけど」

なんでかねぇ、と唸るディックに、「ジジイなんて言っちゃだめですよー」とが苦笑する。まあ何にしても。「頑張ってこいさー」「はい。しゃきしゃき訓練してきます!」 がぐいっと拳を握った瞬間、ぴかりと彼女の額が輝く。「……ひゃっ!」 またまた紋章が暴走してしまったのだ。ふわりとの足元が浮き、ラビは慌てての腰を掴んだ。で、自分の額を両手でパシリと力強く押さえる。「わぎゃっ」「むぎゅっ」

光がおさまった瞬間、は重力に従って下に落っこちた。のしかかられたディックはたまったものじゃない      と、思ったのだけれど、手のひらにむにゅりと柔らかいものを掴んだ瞬間、おお、ラッキースケベ! と心の中で叫んだ。

さすがのも、顔を真っ赤にさせて、「ひぎゃっ」とディックの服を掴む。こらあいい。とディックはにやつき、の背中に手をまわして、ぎゅっと体ごと抱きしめた。
     惚れた?

意地悪な顔をした、若い軍主を思い出した。
ディックはいいやと首を振る。自分は首を振らないといけないのだ。彼はぎゅっと唇をかみしめた。
なんたって、彼は扉を蹴る人間だから。

異世界の人間だから。


2011.06.07
 back