※一部戦闘描写

多分好きだと思う。
結構好きだと思う。
やっぱり好きだと思う。
ディックはベッドの上でごろりと転がった。
何度か色々考えてみて、やっぱり最後に行きつくのは同じ場所だった。それはまずい。報われない。だいたい俺、一途とかガラじゃないし。そう思っているのに、頭の中からが消えなかった。ごろん、と本を開いたままもう一回。パンダジジイは訓練だかなんだかに行ってしまったので、行儀が悪いぞジュクジュクめがとディックを叱る人間はいない。
ディックはため息をついて本を閉じた。そして自分の右手を見てみる。先日のラッキースケベを思い出し、思い出し、思い出し……「うへ」 二へッとした顔に気付いて、自分自身の顔を左手で平手打ちをした。案外あった。着やせするのかもしれない……「うへ」 またニヘッとしてしまった。
(なんだかんだ言って、もまんざらじゃなさそうだし、頼めば一回くらい……)
させてくれる訳がない。ガードは固い。
というか、結局そっち系に思考が流されていることに気付いて、なんとなく情けなくなった。世界が違うとか、そんなのどうでもいい。わかっててなったことだし。刹那的に生きるだけだし、別れなんて何度も経験してきた。「……問題ないさー」 ディックは誰もいない部屋の中で、ぽそりと呟いた。
そういえば、もブックマンと同じく訓練へと赴いた。大丈夫だろうか。まあ、訓練だから、大丈夫に決まってるけど。(それにあいつ、ニンジャだし)
自分がフリックに渡した本の写しは、一体どうなっただろう。役に立っただろうか。というか、立ってくれないと困る。せっかくの自分の努力が水の泡だ。さすがに本一冊をまるまる別紙に写すとなると片手が痛い。
ディックはベッドから飛び起き、片手をぐるぐると回してみた。(……、どーしてるんだろーなー) やっぱり思考はそっちに戻って行った。
「これは訓練ではありません」
唐突の軍師の言葉に、大勢の人間は息をのみ込んだ。私も数時間前、彼らと同じ反応をしたことを思い出して苦笑する。
ちょっとした気まぐれだけどさ。
さんが、主要のメンバーを前にして、くるりと人差し指を振った。
今日は演習にするつもりだったんだけど。丁度いいからこのまま北の関所を攻めちゃおうか。
ぽかりと多くの人間は口を開けていた。フリック兄さんは「お、おい冗談だろう」と、マッシュさんに視線を向けたものの、軍主である彼は「冗談ではありません」と口元をやんわりと微笑ませたまま頷いた。冗談ではないのだ。まさか本当に、さんの気まぐれな訳がない。
一瞬眉をひそめたフリック兄さんは、ハッとしたように瞬いた。そしてくるりと体を反転させ、「今すぐ準備に取り掛かるぞ」とマントをはためかせる。私の隣を通り過ぎる瞬間、ぽんと頭をなでた。なるほど、彼らには通じている事情があるらしい。
周りの人達も、それを理解したのか何事もないように、各部隊に戻って行く。ふと、サンチェスさんが眉をひそめ、マッシュさんを見つめていた。(……何だろう) 胸が騒ぐ。
サンチェスさん、と彼の声をかけようとした時、いつの間にやら私の隣に佇んでいたブックマンが、「なるほど」と長い服の袖の中に両腕を入れながら頷く。頭の馬の尻尾のような髪の毛がふわふわ揺れた。
「……どうか、しましたか?」
「いいや。ただ私は仕事をしているだけだ。ブックマンのね」
「……はぁ」
ブックマンというのは、世界のあらゆる歴史を記録する一族だとか。お仕事中なのならば邪魔をしないようにしよう、と口を閉ざし、私の胸元程度までしかない背の彼をちらりと見下ろす。邪魔をする訳じゃないけれど。する訳じゃないけど、と私は何度か心の中で台詞を繰り返したあと、「あのう」と声をかける。ブックマンは、パンダメイクで真っ黒にした目をちらりとこちらに向けた。
私は少しだけ言い辛くなった台詞を、ごくりと唾を飲み込んで、勢いよく吐き出した。
「あのっ、一応私、ブックマンの護衛ですから! 任せてくださいね!」
ディックさんの護衛も含みであるけれど。
ブックマンは、きょとりと瞳を大きくさせ、カカと笑った。「何、ご心配には及ばぬよ」
その台詞の意味を、私は即座に知ることとなる。
襲い来る敵兵の中を、ブックマンは小さな体をくるくるとまわしながら袖の中に仕込んだ針を、器用に味方を外し、敵の顔面を狙い弾き飛ばす。ささればよし、ギャッと敵が顔をかばえばなおよし。どちらにせよ、一瞬できた間を逃すことなく、両足をバネにし、ひょっと敵の前に体を飛びだした瞬間、敵の胸元を蹴りあげ、ぐるりと回転する。勢いのまま敵の顎を狙い、一人を昏倒。その隣の帝国軍が降りおろした槍を、空中に浮いたまま軽く足先でいなし、槍の上を駆け抜け相手の顔面を膝で叩き潰す。
小さな体をくるくると効率よく動くさまをはたで見ながら、私はぽつりとつぶやいた。「お、お見事……」 どう考えてもこちらの実力不足、守るなんておこがましい。
お恥ずかしい、と私は微かに口元で呟き、じゃっと金属をこすれる音を立てながら腰から剣を引き抜き、帝国軍の刃を弾き飛ばす。(これでも、戦士の村の出身です!) 下手なことをすれば兄の恥となる。
正直言えば、実践は数えるほどしか経験していない。息を吸い込み、「ヤッ!」という掛け声とともに相手の指先を狙った。ころりと転がる指を確認することなく取り落とした相手の武器を足先で蹴飛ばし、勢いよく剣を振りおろした。
飛び散った赤い液体の匂いをはじき飛ばそうと息を強めに吐き出す。胸が大きく鳴り響いている。
強く歯をかみしめ、次の敵をと剣を振りまわした。
そのとき、額の紋章がうずいた。いけない、とばされる。慌てて不安定な紋章を抑えようと、手の甲を額に合わせた瞬間だ。背後から飛び出した剣が、私の視界できらめいた。
「…………訓練じゃなかった…………?」
ディックはぽかんとした顔のまま、疲れ切った顔付きの、けれども揚々と勝利に酔った兵士達を迎えた。
城の住人達も戸惑いを隠せない様子で救護の手配に走る。まさか、訓練中に襲われでもしたか、と考えてみたものの、そんなことをして帝国軍のメリットになるものなど何一つないことに気付く。そうするよりも、警備が手薄になっていたはずのこの城を狙った方が、遙かに公立がいい。(……ペテンにかけたか!) 自身の脳の中できらめいた可能性に、何故今まで気づかなかったとディックは口元を押さえた。
そうだ、こちらの情報はあちらの陣営に筒抜けた。だったらそれを逆手にかけばいい。解放軍が武器をそろえ城を出た。しかしこれはただの演習、訓練だ。大丈夫問題ない……そう相手に思わせておき、一気に叩く。敵をだますには味方から、とは言うが、よくやってくれたもんだよ、とディックはため息をついた。恐ろしい策を思いつくもんだ。ただの訓練に、ブックマンがついて言った理由もこれで分かる。
そしておろしていた顔を、彼はさっと青くして持ち上げた。(……は?)彼女も訓練だと言って、兵と共に草原に向かった。
舟でちまちまと湖を渡って城に戻ってくる兵士たちを、ディックはもどかしい気持ちのまま見つめ、探し続けた。(は)
あいつは運動神経は悪くないくせに、どこかぬけているのだ。どくどくと彼の心臓が嫌な音を立てる。(……は) どこにいる。いつも自分にくっついている癖に、何で彼女は急にいなくなってばかりなんだ。
『おーい、』
はい、と笑って、いつの間にやら近くにいる彼女。
「!」
「はい?」
「うぎゃわー!!!??」
いつの間にか背後にいたに、ディックはずるりと顔面から滑り、そのままへたへたと腰を抜かした。「ディックさん、どうかしましたか?」と首を傾げている彼女は、頭に軽い包帯を巻いている以外、特にいつもと差がある訳ではない。けれどもディックは顔をしかめ、床にへたりこんだままの頭を指差した。「ちょっとあんた、それ」「……あ、これですか?」
「お恥ずかしい。ほんのちょっと手落ちしてしまいまして。大したことないんですけれども、一応って兄さんが」と彼女は恥ずかしそうに舌を出した。ああもう。
ディックは自分の赤い髪の毛をくしゃくしゃにした。そして周りの人間が、自分たちを見ていないことを確認して、ちょいちょい、とを手招きする。「はい?」「立てんから、ほら」「あ、はい」
どうぞ、と手を出したの腕を、ディックは力の限りひっぱった。
勢いよくの体はディックにくっつき、そのままぎゅっとディックはを抱きしめた。ぎゃあ、とが色気のない悲鳴を上げて顔を真っ赤にする。ばたばた暴れるを無視して、自分の頭をの髪にこすりつけ、「この馬鹿ちんがー」とぎゅっと瞳を瞑った。
2011.06.22