※一部戦闘描写
※多少やらしいと下品をふらつく

「あのー」
「なにさ」
「放してください」
「いやですぅー」
いやですぅー。ツン、とディックが唇を尖らして、ぎゅっとの手を握りしめた。は困り顔のまま、ディックが握りしめる手のひらをぶんぶんと振った。そしてパクっと開けようとした口を、もう片方の手での口をふさいだ。言いたいことはなんとなくわかるので、聞いたらしょげるからだ。でもそんな自分を認めたくなくて、ディックはわざと厭味ったらしく口にした。「これじゃあ護衛ができませんって言うんだろー」 うぐうぐ、とは口元を押さえられたまま頷いた。
ディックはため息をついての口から手を放し、それでも手のひらをつないだままぶらぶらと城内を歩く。はディックの半歩後ろを焦ったようについて回り、ときどき困ったようにぶらぶらとディックとつないだ手のひらを振っていた。
「何度も言うけどさー、俺、護衛とかホント必要ないんさ?」
「軍師と軍主からの頼みですんで」
「お堅いですなー」
「職務ですんで」
「つまんね」
「え?」
ディックはには聞こえないような、小さな声で呟く。つまらん。が不思議気な顔をしてこちらを見上げている。額には相変わらず包帯が巻かれていた。
見あげられるとなんだかドキリとしてくるのは男の性だ。ディックは思わずひょいと屈んでにキスをしようとしたところで平手打ちを食らった。これは自分が悪いなと納得した、しょうがない。
「近づきすぎだ」
(……お前がな)
ディックは自分に顔をにょっと近づけるブックマンを、半分薄目で考えた。いちいち口を出すと鉄拳制裁が待っていてめんどくさいので口を閉ざす。「確かにうまくやれとは言ったがな。近づきすぎるな。0か100かできんとはお前は馬鹿か。もしくはアホか」「馬鹿でもアホでもないさー」
あっはっはー、と特に反省の色も見せず、ディックはへらへらと笑った。「あ、フリちゃんのこと? まあいいじゃーん。男同士の友情を深めるのって超大事よ?」「フリちゃんではない。嬢のことだ」
ブックマンは憮然とした態度で正座をさせたディックを見下ろす。ディックはちらりと視線を落とした。そして叫んだ。「お近づきになれるもんならなりたいわ!」「このアホ弟子が!」 鉄拳ならず、鉄脚が飛んできた。
椅子から叩き落とされる形で、でろりと頭だけ床につけ、ディックは「この暴力パンダめ……」と唸った。噂の暴力パンダはと言うと、ぽんと軽く足を曲げ、部屋の扉にひとっ飛びした。ちらりと弟子を振りかえ、変わらない表情のまましわくちゃな口元を動かす。
「染まるな。お前はブックマンになるのだろう。余計な感情は捨て去れ」
「言っとくけどさジジイ。俺別に、今すぐと別れろって言われたら、ああはいそうですかーって簡単にわかれられっよ?」
「だったら今すぐ距離を置け」
「たとえっしょ、たとえ。記録が終了したらバイバイすんよ」
ふん、とブックマンは軽く鼻から息を吐き出した。「安心しろ。すでに勝利は分かっている。この戦い、終わりは見えておるわ」 ディックは瞳を眇めた。うすうす気づいていたことだ。「……ただ、嬢は……」 珍しく、ブックマンが言い淀んだ。何が、とディックが言葉を重ねる前に、いいやと彼は首を振った。「おそらく彼女は決断と変化を迫られる。それが自身の決断か、一方的なものかは知らんがな」
意味が分からない言葉を追求したところで、彼が口を割る訳がないと長年の生活から理解している。ディックはの名前に気が気じゃない表情でむっつりと体を起こした。そして彼女の額に巻かれた包帯を思い出す。
「なあジジイ。もし次、軍と戦いがあったらさ。俺行っちゃダメなん?」
ほんの少しの間をおいて、「馬鹿めが」とブックマンは一言呟き、扉を開けて出て行った。馬鹿らしい、自分は。
(
どうやって気付いた?)
(
何故、我らの存在が)
(
反乱軍も、馬鹿ではないということか)
(
あいつが)
(
ブックマンが暗号を)
(
ブックマンだ)
「えー、休館?」
そんなんあんの? とディックは首をひねった。司書のユーゴにつっかかった。ユーゴは「そうだよ、あるんだよ。僕も休憩の一つはしたいからね」とひょいとうそぶいてコーヒーカップをすする。食堂にて、「えええ。えええ。ええええー」とディックがばたばた足を揺らしながら文句を言っていると、ユーゴは髭についたコーヒーをハンカチでぬぐった。
ちなみにの姿は見えないが、ディックに捕まると面倒と、今日もニンジャになっているに違いない。
あまりにもディックが不満を垂れるものだから、ユーゴはしょうがないなぁ、と言った感じでポケットからキーを取り出した。「まあ、ディックさんならいいよね。ほら貸してあげるから。あとでちゃんと返してね」「サンキューマジ愛してるぅ!」「愛はいらないから鍵を返してね」
ごねてみるもんだなぁ、とディックは鍵の紐を人差し指にひっかけて、ぶんぶんと振りまわした。ふと、「……ー?」と言いながら振り返ってみる。反応はないけど、どっかに潜んでいるにちがいない。扉に鍵を差し込み、カチリと音をたて、押した。
暗い室内の中で、僅かに何かが身じろぐ音がする。ディックが眉をひそめた瞬間、中から腕を引っ張られた。ディックは即座に片手で鍵をドアの外に投げ出す。それとドアが閉まり、鍵がかかるのは丁度のタイミングだった。少なくとも二人以上。暗闇に瞳が慣れていない。
ディックは見えぬものなら初めから見る必要はないと両目を瞑った。「こいつだ」 聞き覚えのない男性の怒声が響く。「暗号を解いたブックマン」 ディックは気付いた。スパイか、こいつら。
なるほど、自分は折り悪くスパイたちの集会に顔を出してしまったらしい。いいや、もしかしたら待ち伏せされていたのかもしれない。きっとそうだ。複数人のスパイが一か所に集まるなど、不自然すぎる。(だったらユーゴが)この頃気心が知れてきた老け顔の司書を思い出した。違う、とディックは判断する。彼がスパイで、その受け渡し場所が図書室とはあからさま過ぎると考えるのは、ねじ曲がった考えだろうか。
滅多にない休館に、ディックがユーゴに駄々をこねる程度のことは、ある程度予想がつくことかもしれない。閉館時間を、駄々をこねて伸ばすことはいつものことだからだ。
鍵はユーゴが所有する一本。その一本はディックが受け取った。だったら彼らはいつ図書室内に潜入したというのか。おそらくユーゴから勝手に拝借して合鍵でも作っておいたのだろう。
ディックは遅い来る拳を、肌で感じた。右へ、左へ。「……こいつ、ただのガキじゃなかったか!」(残念ながら、ジジイから生きる術は教えられてるんさ)なんて親切に教えてやる義理もないので口を閉ざし、男の腕を掴み、投げ飛ばす。本棚に激突した音が聞こえたがしょうがない。だいたい分かって来た。あと二人。刃物が抜ける音がした。ディックはたまらず瞳を開けた。シャッ、とディックに襲い来る銀色のきらめきが、暗闇の中でさえ光る。「
ディックさん!」
ディックが廊下に投げておいた鍵で、なんとか中に入って来たのだろう。飛び出したが、ときの声を上げながら、ナイフを剣で弾き飛ばした。ディックの前に躍り出たかと思うと、勇敢にも一人の懐に飛び込み、相手の反応を待つまでもなく、首筋に刃を突きつけた。男は液体を首から飛び散らせながら体を倒す。それを見届けることもなく、残りの一人の胴に剣を薙いだが、鉄と鉄が擦り切れる音がする。は剣を捨てた。懐から取り出した短刀を胸に下から突きつけたが、男は片手を犠牲にして刃を受け止める。「いてえ!」 たまらず彼は悲鳴を上げた。
そのとき、ぴたりとは動きを止めた。まずい、とディックは足を踏み出し、彼女の肩を掴み後ろに引こうとしたが、男がのわき腹めがけて足を振り抜いた。彼女は体ごと吹き飛ばされ、ディックはを抱える。すみません、と僅かに動く唇を黙らせ、ディックは男がこちらに向けた刃を、いつの間にか脱いだ服でからめとった。
「あっ」と男が口を開けたのも一瞬だ。ディックは男の側面に滑り込み、彼を一本の軸に見立て、頭と腰を左右交互に掴み、ぐるりとひと回転させた。
体重の重い男も、てこの原理を理解すれば容易く回る。男は頭部を床に強かに打ち付け、床に伸びた。ディックは念のためと男の鳩尾を強く踏み抜いたが、何の反応もないところを見ると完全に伸びたのだろう。
ディックは床に預けたままのを慌てて見返した。は半分眠ったような眼でわき腹を押さえ、「お見事……」と静かに呟く。がドアを開けっ放しにしている所為で、明かりが見える。彼女は真っ青な顔をしていた。服にはじっとりと血がにじんでいる。「おい、、それ」「あ、いえ、この間の……戦争の、情けないな……」
隠していたのか、とディックは舌打ちをして、扉の向こう側に向かい大声をあげ助けを呼んだ。
***
「おい、俺も知らないぞ。こんな傷」
「えっと……その、たいしたことはないかな……と思って、額の紋章で軽く治して」
「バカ」
「ひゃあ!」
の台詞が言い終わる前に、フリックは彼女の頭をぐーで垂直に殴り落とした。これにはさすがのも驚いたのだろう。額に手を当てて、文句を言おうと口を開いたが、フリックの顔を見てやっぱりやめた。フリックはディックに目線を向けると、「まったく馬鹿な妹だ」と肩をすくめて、さっさと医務室から消えていく。
少しだけ意外だった。
普段から溺愛しているものだから、心配するだか、慰めるだかすると思ったのだ。(……まあ、反省してるみたいだし) そんな相手に何を言ってもしょげられるだけだろうから、あれも彼なりの愛情なんだろうな、とディックは納得した。
ベッドの上では小さくなっていて、ディックまで凹んでしまいそうだ。なんて気付かなかったんだろう。彼女が無茶する前に、自分が決着をつけてしまえばよかったのに、とディックが気落ちしていることも知らず、はで、どこか気まずげにディックを見つめた。
「そのう、ディックさん」
「うん?」
「ディックさん、闘えるんですね。あんまり、私の護衛なんて、意味がなかったみたいで」
アハハハ、となんてこともなさそうに片手で頭をひっかいているが、どう考えたってしょげているらしい。そりゃあそうだ。ディックは「気にすんな」と言っての頭をなでた。「あんたは頑張ったよ」 よしよし。
いつもだったらここら辺で、やめてくださいと睨みの一つでも飛んでくるか、顔を赤くするのに、反応がない。これはちょっとつまらない。ディックは悪ふざけついでにの髪の毛にキスしてみた。無反応だった。これはこれでショックである。むきになって、の口にキスしてみた。ちゅっと一回。彼女はぽかんとした顔をしていたけれど、問題がないようだったので、何度かついばんでみた。それでも満足できなかったので、ベッドがカーテンのレールに覆われていることをいいことに、の上にのしかかり、顎をひっつかんで何度もキスした。
NOと言うべきシーンなのだ。
それなのに、は顔を赤くして小さくなるだけで、それが予想以上に可愛くて、唇をはなし、今度はの耳の穴をなめてみた。びくんと体を跳ね上げ、ディックの服を手で掴みぼんやり涙目になっている。(……やばいなあ)知らないふりをしておきたかったのだ。知っちゃだめだったのだ。
(は多分、俺のこと好きなんだよな)
自分は野暮じゃない。すぐにわかった。
職務ですから。護衛ですから。そう言って、自分が多少セクハラちっくなことをしても笑って許してくれた理由だ。そもそも性的に体を触られて許す女は、やらしい経験を重ねた女性か、自分に好意を持っているかのどっちかだ。はどう考えたって前者じゃない。自分は子どもだけど、それくらい知ってる。(知りたくなかったな)
"ディック"に愛着を持つべきじゃない。
名前を呼ばれて嬉しいなど考えるべきじゃない。
そう分かっているのに、思考とは逆に体は動く。しょうがない。男とはそういう風に出来ているのだ。「ディ、ディックさん……」 の涙声に、ハッとした。
頭の中のもやが、どっかに行ってしまったみたいだ。慌てて彼女から手を放し、ゆっくりとベッドに戻す。彼女の顔を見るのも恥ずかしくなって、「それじゃあ俺はこれで」 ディックは軽く手を振った。
パンパンになった下半身が悲しくなって、前かがみに歩いた。ごそごそズボンの中に入れた上着を出して、前を隠す。これで多少はばれないだろうか。
(マジ、恨む)
にディックの護衛をと依頼したのは軍師らしいが、提案したのはに決まっている。あの性悪は、一体何を考えて自分にをよこしたんだ。もしこれが軍主のたくらみ通りだとしたら、はらわたが煮えくりかえりそうだ。何が監視役だ。ただのふぬけにする気か。
の唇を思い出して、いつまでたってもおさまらない下半身に嫌気がさした。適当に処理しようとしたけれど、どうしてもの顔がちらついて、妙な罪悪感で出来なかった。一晩中ベッドの中で格闘しながら、長い間膨張していると、痛くなるもんなんだな、と15年間生きてて初めて知った。
2011.06.23