7 story
ペンギン初めてのお仕事




「いらっしゃいませー」
口もとがひくひくしているけれども気にしない。遠くできゅっきゅとテーブルを吹くテッドがぶくくと口元を押さえてぷるぷるしているけれども気にしない。「ご注文は以上でよろしいでしょうかー……」



「あらテッドくん、可愛い女の子つれてきたわね。どうしたの?」
「ぶふっ! 可愛いでしょー。いやこいつもちょっと店を手伝いたいってんで連れてきたんですよ。真面目なやつだって俺が保証します。手伝わせてやってくれませんか?」

マリーさんはすぐさまにっこりまんべんの笑みを浮かべて、「もちろん! うちはいつでも人手不足だからね!」と男らしい(女らしい?)お返事を頂いた。ありがとうございますと頭を下げつつ、その隣でテッドが「ぶふっ」ともう一回噴出したことに耐えられない乙女心である。死にたい。

「ご注文は以上でよろしいでしょうかー?」
「はいありがとうよ」

マリーさんの宿屋と言っても、もちろん食堂だってある。そんな訳で伝票を片手にころころ駆けずり回ると、テッドが意外そうに瞳をパチクリと瞬きさせて「お前お坊ちゃんのくせに、意外と手慣れてんなー。あ、ごめん今はお嬢ちゃんか」「テッドあとでしめる」

言っておくが私は生まれてこのかた平凡庶民の一般ピーポーだったのだ。寧ろ今のように使用人の人がなんでもお世話をしてくれる方が不思議で、学校から帰ってきたらお母さんのお手伝いという方が当たり前で日常だ。「坊ちゃん怒んないでよー」とにやにやしていたテッドは「おーい、酒のおかわりー!」というお客さんの声に、「はいはいただいまー!」と腰のエプロンを締めなおしながら駆け抜ける。

久しぶりにしっかり労働をさせていただいて、私はハフー、とへこたれながら頭の布をぽさりと落とした。

「おー、坊ちゃんおつかれさま。さすがに坊ちゃんに労働は堪えたか?」
「こたえました、こたえました」

そうかそうか、と彼は笑って家へと帰る途中に「ほらよ」と薄い封筒を私に渡した。なんじゃこりゃ、と首を傾げていると、テッドは「ほら開けろよ、マリーさんから預かっといたから」と私の背中をせっつく。なんだか中身はじゃらじゃらしている。「あ、あけるよ、あけるよ……あ」

封筒から転がり落ちたのは丸いコイン達だった。ポッチだ、と気付いた。お金だ。おお、まさか、つまりこれはまさか。「バイト代でしょうか!」「そうなりますね」 がんばりました、がんばりました、とテッドがぽすんと私の頭に手を乗せた。それはもちろん左手だったけれど。(あー、おお、そうか、この世界でも)「私、生きていけるんだ……」

お金をちゃんと稼いで、生きていけるんだ。

テッドが不思議そうに眉をひそめたので、なんでもないない、と手を振った。
(案外私、やっていけるかもしれないなぁ)







そしてまたこの夢である。

「女装(?)したから癖になったのかなー……」

見覚えのある制服スカートをちょいっと持ちあげてひらひらしてみた。誰もいない教室の中、一人ポツンと椅子の上に座っていた。窓を見ると日はとっぷり暮れていて、白いチョークの消しカスが残る黒板を見つめる。私はぷらぷら足を動かして、早く目が覚めないかなぁ、と頬づえをついた。こんな夢を見たところで寂しくなるだけである。

そろそろ目が覚めるころあいに違いない。もういっそのことこのまま寝てしまおう、と夢の中で眠ろうとするなど、自分でもまったくもって理解不能な状況を作ろうとして、机に顔を伏せた。よし寝るぞー寝るぞー、と気合を入れて、ああ寝そうだ、と頭の中がぼんやりしてきたとき、カラカラと扉が開く音が聞こえた。

誰だろう、テッドかな? と馬鹿みたいな考えを持ったまま、確認するのもめんどくさくて机に突っ伏したままだった。コツコツコツ、という足音が響き、その音が次第に近くなる。足音の主はじっと私を見下ろした。

ふーっ、と。見ず知らずの誰かの呼吸が首元に当たったような気がして、勘違いだとは思いつつも少しだけ気持ち悪くなり私は机から跳ね上がった。すると予想よりも人影は私よりも遠く、隣の机をなでていて、私を見るとくすりと口元に笑みを浮かべた。イケメンな少年だった。

「ごめんね。起しちゃった」
「い、いいええ……」

とりあえずどっかのおばちゃんのような返答でぱたぱた手を振ると、黒髪の少年はくすくすと笑った。私と同い年くらいな割には落ち着いた雰囲気で学ランをきっちり着こなしている。
あれ、こんなカッコイイ子、クラスにいたかな? という疑問がちらりと頭をかすったけれど、そこはまああれだ、他のクラスの人だったり、違う学年だったりするかもしれない。

なんとなく私はこの男の子と同じ空間にいることが恥ずかしくなって、がたがた音を鳴らしながら椅子から立ち上がった。そしてどこへと分からないまま、帰ろう。と考えた。「それじゃあ!」としゅぴっと手を縦にして転がるようにドアへと逃げる。あっ、カバン忘れた、と気づいたときにはもう遅い。というかそもそも、私は鞄を持っていたのだろうか。

扉を開けて教室を出ようとしたとき、その男の子は私を見ていた。やんわりとほほ笑んでいるようで、反対にごめんなさいと何かに謝っているような顔だった。
彼はすっと右手をあげた。そして左手の人差し指で、ツンツンと手の甲を叩いた。
(…………?)

「よろしく頼むよ」




ベッドから飛び起きたとき、妙にはっきりと男の子の声が耳に残っているような気がした。よろしく頼むよ。何がだろう。ふと気になって、男の子が指差していた右手を見てみる。「あ」 黒いあざのようなものができていた。一瞬嫌な予感がして、誤魔化すように左手で甲を力いっぱいさする。消えろ、消えろ、と心臓が嫌にどくどくしている。ぎゅっと片手を握ったまま、私は息を飲み込んだ。

そしてゆっくりと手をはずしてみた。「…………あれ」

何にもない。別にいつもと変わらない私の右手を見て、やだなあ寝ぼけてたみたいだなぁ、となんとなく恥ずかしくなってごそごそベッドを抜け出した。(一瞬、紋章がくっついたのかと思っちゃったよ)
気の所為でよかった。



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2011.03.01