8 story
とりあえずペンギンっぽく魚を狙う



坊ちゃん釣りでもするかー」
「テッドさん、いったいぜんたいどういう風の拭き回しでしょうか」

いつも通りもそもそテッドがグレミオ特製ご飯をもぐもぐしているときに、彼は口元にパンくずをつけたまんま頷いた。前に一度誘ったことがあったけれど、何言ってんだお坊ちゃん。と言ってすさーっとかわされてしまったのに。

じーっとテッドを見つめていると、「なんだよいきなり釣りしたくなっただけだっつの」と彼はぷんとほっぺたを膨らませた。…………ますます、怪しい。
「いいけどテッド、釣竿は?」「それはもちろん坊ちゃんが用意してくれるものと」「なるほどわかった、私は釣竿準備の利用要員ですな」「うん、何でばれた?」
はっはっはー、と悪びれもなく笑うテッドを見て、いや、別にいいけどね。私の釣竿でもないしねー、とずるずるお茶をすすりながら遠くを見つめた。



テッドが川に釣り糸を垂らしているのを倒れた木の上に腰をおろしつつ見つめる。一緒に持ってきたバケツには悲しいことに一匹も獲物が増えることはない。

「おーい、ぼっちゃーん、きみはしないんでしょーかねー。俺一人でさみしーなー」
「テッドを見てるだけでおもしろいよ」
「俺がつまらんのだよ」

テッドって釣りへたくそなんだねぇ、本人が傷つくだろうから心の中でこっそり台詞を吐き出すと、「なんかお前今失礼なこと考えたろ?」「考えてないない」 テッドと言えばマグロ、マグロと言えばテッド、ならばきっととても素敵で無敵な釣りさばきをお目に書かれると思ったけれども違ったらしい。「頑張れテッドーひゅーひゅー」「まったくもって力のない応援ありがとう」

あーあー、久しぶりに魚が食いたいって思ったのによー、とテッドはぶつくさ寂しげに文句を言っている。

「お魚が食べたいんならグレミオに言っとこうか」
「遠慮しとく。自分で釣って食べてこそ意味があるんだよなー。まあお坊ちゃんにはわからんだろうけど」
「あのさあテッド。前から思ってたんだけど」
「何かな坊ちゃん」
「私の名前は坊ちゃんじゃないよ」
「知ってるよ、坊ちゃん」


取りあえず坊ちゃん呼びは、そろそろやめてほしいなあ、という意味だったのだけれど、テッドは知ってか知らずかニコニコ顔で返事をされてしまった。いや、多分知っている。だからこれは誤魔化されたのだ。(テッドなりの、けじめだろうなぁ)名前を呼んだら、別れづらくなるのだろう。

(さっさといなくなって欲しいって思うのに) 仲良くしたいと考える自分もいる。
ストーリーを知っているんだ。なんとかなる。なんとかなるよ。そんな風にあまあまな考えを持つ自分がいる。こんなんじゃ駄目だなあ、と思っているのに、日本という国でだるだるに育てられた私の脳味噌はどこか楽観的に物事を見ている。
(いつだろう)
テッドがソウルイーターを使って、捕えられて、坊ちゃんが街を追われる日はいつのことだろう。少なくとも、まだ先だ。そこまで詳しく覚えている訳じゃないけれど、確かテオ様がどこかに遠征に行くことになるはず。というか、坊ちゃんが軍人となってからの話なのだから、明日明後日とすぐに始まる話ではない。
(大丈夫)

自分は言いわけを探しているのだ。まだまだ時間があるから大丈夫。
テッドと、ちょっとくらい仲良くなったって、大丈夫。



***



初めはそろそろ一人で生きることが辛くなった。たまたま訪れていた宿が火にまみれ、自分がうっかりしていた所為で荷物も火にまみれ、何もかもがおじゃんになった。300年生きていたら、こんなことだってある。もっとひどい時だってあった。身ぐるみをはがされて、文字通りパンツ一丁で森の中をさまよったことだってある。

だから、たまたま遠征に来ていた自分でも名前を知っているような偉い将軍様が、自分を保護してくれると聞いて、おっ、ラッキー。と思ったのだ。いつもと同じく、1、2年してから適当にどこかへ旅立てばいい。外見が変わることのない自分は同じ場所にいつまでもいることができない。あいつはおかしいと、どこかで気づかれる。そして自分の紋章は争いを引き起こす。

初めは適当に相手をするだけにしておくつもりだったのだ。距離を取って、相手もこちらも必要以上に踏み込まないようにして、いなくなったとしても、「ああ、そういえばあんなやつっていたなぁ」と記憶の中から消えてしまうくらい微かな存在になって、もし何十年もたった後、どこかの街中で出会っても、変わらない自分を見て、「ああどこかで見たような気がするなぁ」とそれだけの感想を持つような。

(けど、グレミオさんのご飯が、予想以上に上手かったんだ)

おいしかった。暖かかった。
(ちっくしょ)

もっと食べたい。そう思う。誰かと一緒に食べたい。そう思う。
近寄らなきゃよかった。死んでしまいたいと思う。けれどもこの紋章は祖父から受け継いだものだ。もし自分が死んだあと、この紋章はどこに行くのだろう。また誰か宿主を探して不幸をもたらすのだろうか。
幸せになれてはいけない。紋章の中に吸い込まれた友人を思い出した。彼は鉄の弓を使っていた。自分の所為だというのに、彼は笑っていた。(慣れるな)紋章を抑え込むまで、300年かかった。やっと誰も殺さないようになった。けれどもこいつは紋章だ。いつか必ず自分を裏切る。(絶対に慣れるな)

ここを出ていこう。
やっとの思いで釣れた魚三匹を袋につつんで、荷物を背負う。時間を使うほどの荷物も持っていない。手早くまとめて、靴を直し、扉を開けた。その際、昼間借りた釣竿をどうするべきかと考え、肩にかついだ。別にこの家に置いていても問題はないだろうけれども、せめてこれくらいの義理は返そうと、マクドール邸に向かう。
(最後にもう一回、グレミオさんのメシ、食べたかったな)

一瞬思考をかすった未練に首を振る。本当は知っているのだ。不老となった自分は多少のメシを食べなくても生きていけることを。人並みの生活をしなくても、生きていけること。





何故だか夜中に目が覚めた。自分にしては珍しいなあ、と目をこすり、窓を見てみる。まだまだ暗い。よーし、寝てしまえ、とベッドに潜り込もうとしたとき、ほんの少しの違和感を感じた。もう一度お窓の外を見てみる。「…………あれ」 パチリと一つ、瞬きをした。


「テッド、なにしてるの」
「う、わ、坊ちゃん!」
「ん、だから何してるの?」

私がドアを開けたとき、何故だかテッドは玄関前に釣竿を置こうと腰をかがめていた。ぴょんっとカエルのように後ずさるものだから、こっちまで少し驚いてしまったではないか。テッドは目をきょろきょろとさせた後、「いや、釣竿、返し忘れたからさ」と誤魔化したように笑った。

「こんな夜中に?」
「ほら、思い立ったが吉日って言うだろ?」
「ふーん?」

それにしては唐突な。
テッドは「じゃっ! 返したからな!」と手のひらを立てて、そのまま背中を向けようとした。けれども私が「待って」と彼の背中に手を伸ばして服を引っ張る。この間一緒に買った、真っ青な服で、ほんの少し嬉しくなった。「貸しとくからさ、また明日行こうよ、釣り」

やっとのことで釣れた魚は三匹だけで、テッドは帰り際無表情になりながら、「これは俺の本気ではない……」と忌々しげに釣竿を見つめていたのを思い出した。その光景があんまりにも面白かったので、ぶはっと噴出してしまうと、「今何で笑ったちくしょー!」と心底悔しそうに魚の入ったバケツをガチャガチャ振って地団太を踏んでいたのだ。

「いや、俺、明日、忙しいから」
「別に明日じゃなくてもさー。じゃ、あさって」
「あさっても無理だから」
「じゃ、しあさって」

テッドは何故だか唇をかみしめていた。私はなんだかよく分からなくて、取りあえずテッドから手を放し、釣竿を拾い、テッドに向ける。「ほら、しあさってね」
テッドはどこかにころりと表情を落としてしまったみたいだった。ゆるゆると手のひらを動かし、ぎゅっと私の、マクドール家の釣竿を握りしめる。あれっとどこか違和感があったのは、彼が右手で釣竿を握ったからかもしれない。

「ん……しあさって、な」

彼はほんの少し微笑んだ。けれどもそれは泣き笑いのように見えた。
私が「そんなにお魚釣れなかったことが悔しかったの?」と訊くと、「まーな」と唇をくいっとつり上げた。





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2011.03.03