11 story
我慢のペンギン、ちょっと辛い
テッドはさっさとこの街を出て行かなくちゃいけない。私と関わってはいけない。
そう気づいてから、私はテッドと会っていない。テッドの家に行かないし、遊びの誘いにも乗らない。グレミオは「テッドくんと喧嘩でもしたんですか?」と首を傾げていたので、違うよ。と私は笑った。
「そろそろね、私も遊んでばっかりじゃいけないと思ってだね」
「確かに坊ちゃんは遊びすぎですね。グレミオは納得です」
「え……ま、マジで……!」
なんか納得されちゃったよ!
そうやってグレミオにうそぶいた手前、お部屋にこもってお勉強でもするか……そうするか……としょんぼり肩を落としてトントンと階段を上がる。「坊ちゃん」「ん?」グレミオが、洗濯かごを持ったまま、こちらを見ていた。「いっぱいたくさん遊べるのは、きっと今だけの宝物だとグレミオは思いますよ」 それじゃあグレミオは洗濯物干しがありますので。
(…………わかってるよー)
テッドと遊びたい。何も考えずに、けらけら笑って過ごしたい。私はきゅっと口元を押さえた。無性に叫びたい気持ちになったからだ。けれども口を押さえたくらいじゃ、胸の中のぐるぐるした気持ちがおさまらない。私は壁に両手をついた。そして力の限り壁に頭突きを食らわした。がごん。「……ぐ、ぐぐ、う……いてぇ……」
たまたま通りかかったパーンが、筋肉質な両腕をあわあわさせながら、「ちょ、坊ちゃんなにしてんスか!?」「頭突き……いてぇ……」「見ればわかりますよ」 パーンに突っ込まれる日が来るとは思いませんでした。テッドよい。遊びたいよい。この間までの楽しい思い出がふっと記憶の中から溢れてくる。喉がしょっぱい。
「……パーンよ。この涙は頭が痛いので思わず出てしまったものなのですよ?」
「わかったから取りあえず氷で冷やしましょうよ坊ちゃん」
「…………お前、ひどい顔してるぞ……」
数日後の久しぶりのテッドを含めた晩御飯にて、テッドはぷるぷると私に指をさし、いつもの彼ならば大爆笑をしたのち心配してくれるのだろうが、私の真っ青になった顔がまぬけ過ぎて、ものすごく同情したような表情でこちらを見た。思いっきり壁に頭を打ち付けすぎた……と今では激しく後悔している。
テオ様もパーンもクレオもグレミオも何も言わない。ここ数日間で散々バカにされた。(何を考えてるんですか坊ちゃん! グレミオは坊ちゃんをそこまで考えなしに育てた訳じゃありませんよああああお顔がまっさおおおおお!)一例をあげるとこんな感じである。
「あー、ここ暫く付き合いわりーなー、と思ってたらそれか。見られるのが恥ずかしかったのか?」
「…………」
「おーい? 坊ちゃん? さーん」
「…………」
「グレミオさんどうしたんですかこの子」
「なんだかちょっとした反抗期みたいで」
あ、そうなんですか? 思春期ですもんねぇ。若いっていいなあゲラゲラ。とか笑っているテッドに今すぐ頭突きをかましてやりたい。ちげーよ! こっちはもっと色々深いとこ考えてというか、君の生死まで考えての行動なんだよ! 思春期とか情けない言葉でひっくるめないでくれませんか!
「……?」
ふいにテッドが表情を引き締め、私を見た。まさか私の考えていることがばれた? とまさかそんなはずもないことに胸がドキリとする。「お前デコが真っ青なくせにほっぺが真っ赤とか……本当に面白い顔してるな……」「ちくしょー!!」「うおおお!?」
取りあえず食事中は静かにしなさいとテオ様とグレミオに怒られました。
ごめんなさい。
食事の後、友人のお見送りをすることは礼儀だというテオ様に押され、私は一人テッドを家まで送ることになった。未だにずきずきするおでこをしっぷのようなもので押さえて、日の沈んだ街を歩く。
「ー? 明日くらいにいい薬持ってきてやるよ。お前もみずくせーなぁ。恥ずかしかったのか? それ見られんの」
「……違う」
「あん? ま、いーや。明日こそあそぼーぜ。俺さ、明日はまるっと暇なの。な? な? 久しぶりに釣りでもすっか!」
なー? とこっちを見て笑うテッドを見て、またおでこがずきりとした。「……いや」「ん?」 ちゃんと断らないといけない。「遊ばない。明日も明後日も、ずっと遊ばない」「あん?」「も、もう、テッドとは、一生」 何言ってんだ? という風に、テッドが私を見た。
「遊ばない」
はっきりと、声に出した。遊ばない。テッドとは遊ばない。こうはっきりと言ったのだから、テッドも癇癪を起してくれればいい。
気付くと私は道の真ん中に立って、ぎゅっと服を握りしめ、地面を見つめていた。テッドは私をかがむように見ると、「……なんか虫の居所でも悪いのか?」と至極冷静な声を出した。「ち、ちがう……!」「へえ」
想像のテッドよりも、ずっとずっと冷静な顔付きでじっと見つめられて、何をどうすればいいのか分からなくなる。もっと怒ってくれたら、私も楽なのだ。あ、っそう。なら俺もお前とは一生あそばねー。あーあ。この街も居づらくなるし、出ていくか。そう思ってくれたら楽なのだ。
「……あ、飽きたんだよ。君と遊ぶの。ほら、やっぱさ? 私っていいところのお嬢さん、いやお坊ちゃん? だし。テッドと遊ぶとさ、色々ドロドロになるし、最初は物珍しいとか思ってたけど、もう飽きたんだよね。やっぱり駄目だよ君とは相性が合わない。だから遊ばない」
どう言おう。どう言おう。どう言ったら嫌ってくれるだろう、出て行ってくれるだろう、とベッドの中で考えた。これくらい言えばきっといいだろう。あっちも嫌ってくれるだろう。そう思って予行演習もばっちりだったはずなのに、口に出してみると案外重い。ひどすぎる。自分で言った言葉に、自分で傷ついた。やっぱなし、ごめんなさい。そんな風に謝ってしまいたい。
やっぱりごめん、テッド、ちがう。ちがうから。
私は思わずハッと顔をあげた。するとテッドは「ふーん」とただ一言だけ呟き、「そいじゃ俺、帰るから。も気をつけて帰んな」とそれだけ言ってくるりと背を向ける。どんどん彼の背中が小さくなる。「……あ」 待って。さっきのやっぱなし。
言えなかった。私はぐっと唇をかみしめて、足早に屋敷へと戻った。坊ちゃん、早かったですね。というグレミオに、うん。と一言頷いてベッドに入った。
それからテッドはマクドール家に来なくなった。
(おーい、、釣りに行こうぜー)
テッドの声が聞こえた気がした。けれども多分気の所為だ。机に向かって覚えなければならないことをもう一度復習する。いくら坊ちゃんの頭がよかろうと、使わなければさびていくに決まっている。少しでも生きていく可能性を上げなければいけない。何かあったとき、自分の知識不足や体が動かなくて死んでしまったら、宝の持ち腐れだ。リセットボタンはない。いつもみたいに、お気軽なセーブポイントもない。
額の怪我も、すっかりと治っていつも通りとなっても、テッドはやってこなかった。いつも何かとつけてテッドへの用事を頼むグレミオも何も言ってこない。誰もなにも言わない。気づいている訳じゃない。ただ深刻な喧嘩をしてしまったと、そう思っているだけに違いない。それでも誰も何も言わないのはありがたかった。私だって、何がどうしてこうなっているのかよくわからなくなってきたからだ。
(……テッド、元気かなー)
元気にきまってる。そうじゃないと困る。
(……テッドに、嫌われたかなー)
嫌われたに決まってる。
(おーい、ー? ぼっちゃーん。今日はあれだ。パーンあたりからかってやろーぜー!)
テッドの声が聞こえる。
筆を持つ手が震えた。ふとしたときに集中が切れてしまう。ふとしたときに、私は何をやっているんだろう、とぼうっとする。つかみようのない気持ちがふわふわする。さみしい。
(……テッドがいないと、さみしいなぁ)
「いやいやいや、決心が緩い緩い。ゆるゆるですよ」
パチパチ自分のほっぺたを叩いてもう一度本に向かった。そのとき、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。「はーい?」「坊ちゃん、グレミオですが」「どうぞどうぞ」
「はいはい。ちょっとお部屋のお掃除失礼しますね。箒で掃くだけですから」
「グレミオそれくらい自分でするよ」
「まあまあ。この頃坊ちゃんは頑張ってお勉強してらっしゃるんだから。グレミオだって気持ちよくお勉強ができるお手伝いしたいんですよ」
そう言われたら断れもしなくなる。私は少しだけ苦笑して、また本に向かった。「そういえば坊ちゃん、テッドくんですが」「あ、うわわわ」手に入る力が強すぎて、インクがびゅっと四方に飛んだ。慌てて立ち上がりグレミオを振り返ると、今度は彼が苦笑している。「テッドくんが大荷物を持って、えっちら街の外に向かっているのを見ましたよ。一体どこに行くんでしょうねぇ」「…………えっ」
「あ、そう」
私は大きく息を吸って、そう言った。グレミオは何も言わない。私も何も言わない。指がカタカタ震える気がする。大きな荷物を持って。街の外へ。どこへ。
そんなの、一つしかないじゃないか。
(私の思い通りじゃないか)
それなのに。
「ぐ、グレミオ。ちょっと外に出かけてくるよ」
「はいはい。お帰りはいつくらいで?」
「わ、わかんない、けど!」
勝手に体は駆け出していた。テッドがいなくなる。いなくなってしまう。胸がバクバク叫んでいる。いいやこれでいいんだよ、と分かっている。けれども足が止まらなくて、顔がゆがむ。苦しい。(街の、い、入口……) どこだっけ、と考えている時間も惜しい。あわあわと何度も足踏みして、こっちだと駆け抜けた。滑り込むように街の門へと入り込み、憲兵達を捕まえる。「あ、あの、人が、誰か、その、人が」言葉にならない。
憲兵のお兄さん達は不審な人間を見る目でこっちを見た後、「まだ子どもじゃないか」と囁き合った。「僕、なんのことかわからないけれど、街の外に出る馬車なら、ほら、あれだ」
すいっと、一人が指をさした。からからから……遠くの馬車の滑車の音が耳に響いた気がした。けれどもそれは気の所為だと分かるくらいに遠く、豆粒のようになっていた。
「どうした、誰か乗ってたのか」
そんな憲兵の声に、うんと軽く返事をするくらいしかできなかった。「可哀そうに、別れも言えなかったんだ」そんな声が聞こえる。そうだ、けれどもそうしたのは私だ。
ありがとうございましたと彼らに頭を下げたのは覚えている。けれどもそこからあまり記憶にない。ただ体が自動的に動いていた。そして気付くと、いつもテッドが使っていた、マクドール家の別宅にいた。
馬鹿だなあ、と自分自身そう思う。ノックをしようとして、やぱりしなかった。そして扉を開けた。
「あれ、?」
聞き覚えのある声は、ベッドに転がっている主だった。相変わらず彼はちゃめっけのある笑顔を作って、「あー、、俺さあ、ひっさしぶりに大荷物持ったもんだからもう全身が痛くってさ。もう年だね。年だ。でもさあ、ああいうガテン系っていうの? そういう仕事って結構割がよくってさ。俺、もうちょっと頑張ってみようかな。そうそれで、ちょっとこっちにおいで」
そう言って、テッドはいそいそテーブルの上へと移動して、小さな布袋を突き出した。玄関でぼんやり見ていただけの私を見て、彼は眉をひそめた。「ほら、来いってば。言ったろ、いい薬やるってさ。これが結構いいお値段するのよ。だから無理してみたけど、あー、腰がいってぇー」
やっぱ年に逆らうもんじゃねー。とテッドは呟いた。
私はおでこを触って、唇をかみしめた。「も、もう、治った」 言えた台詞はそれだけだった。テッドはん? と首を傾げた後、「マジでェ!?」と叫んだ後、てこてこ私に寄ってきて、私の腕を取り、下から書かんで見上げた。「あー、マジだ」
なんだ俺、くたびれ損じゃん。とテッドはケラケラ笑った。私はなんだかよくわからなくなって、唇をあげた。笑った。そうしたつもりなのになんだか上手くいかない。口元がひくひくして、目からぼろりと涙がこぼれた。テッドがぎょっとした顔をして、手早く家のドアを閉め、「お、おい、お前どうしたんだ、どっか痛いのか」と私の背中をなでる。
私は声も出なくなって、テッドの胸に頭を寄せた。そしてその勢いで頭突きを食らわせた。「く、くおおおおお、顎は……さん、ちょっと顎は……い、いてええええ」
そしてまたぽろぽろ涙があふれた。いくら両手で瞳を覆ったところで止まらない。ひくひく喉が震えて、何もできなくなる。テッドは息を飲んだように思えた。自分のことで精いっぱいで、テッドの様子はよくわからなかった。「ちょ、ちょっと、おい、……」テッドが、左手で私の顔をなでる。私は腕を突き出した。テッドの右手を握りしめた。逃げようとするテッドの手のひらを手袋の上から握りしめる。皮の感触がして冷たかった。
逃げるばかりのテッドの手のひらも、次第に動かなくなって、私はテッドの肩口に頭を預けた。
「なんだよ、意味わかんねーよ。泣くなよ、一生のお願いだから、泣くなよ。俺、どうしたらいいかわかんねーよ、なんなんだよ……」 ぎゅっと頭を抱きしめられる。「い、行かないで……」 やっとこさ言えた言葉は一言だけだった。テッドはごくんと唾を飲み込んだ。
「行かねーよ。どこも行かねーよ。だから、な? 泣くなよ。、泣くなって……」
2011.03.06
|