13 story
ペンギン、増える



「…………さんですか?」
「うん。何でも屋をしてます。料理から護衛、お家のお掃除までおまかせくださいな」

はっはっは。と彼は両手を開いて朗らかに笑う。「あ、じゃあ機会があれば……」と頭をひっかきつつ、おいおいおいー? と頭の中では大混乱だ。という名前は、坊ちゃんの名前だ。私がゲーム内で登録した、本物の・マクドールだ。

「あ、あのう、さん」
私は恐る恐る彼を窺って見た。「テッドという名前、聞き覚えがありませんか?」
彼はきょとりと瞬きをした後、首を傾げた。「悪いけど知らないな」とすっぱりと言われた答えに、そうですか、と私は歯切れが悪く返事をした。

それじゃあ、俺は仕事を探さなきゃならないから。何かあればいつでも言って。と右手だけに手袋をつけた手をぱたぱた振りながら、彼は去って行った。

一体どういうことだろう、と考えても答えなんて出てこない。




「だから言ったじゃない、俺をよろしくって」

学ランを着たイケメンの兄ちゃんはケラケラ笑いながら、行儀悪く机にお尻を乗せて笑う。何度見ても、今朝会った何でも屋のさんと同じ顔をしている。私は唾を飲み込み、意を決して訊いてみた。

「お兄さん、お名前はさんでしょうか」
「うんそうだよ。・マクドール」

ビンゴォ! と拳を握る。そして彼の二本に付き立つ触覚を見て、おお、これが本物の坊ちゃんの触覚か……と何故だか感動した。「いやそれはともかく」 何で坊ちゃんが私の夢の中に出てくるんだろう。彼はテッドを助けてくれと言った。このさんは、テッドが死ぬことを知っているのだ。不思議はつきないが、ふと一つの可能性に気付いて、私はさっと背筋が寒くなった。

「あ、あのもしかして、私がさんの居場所を、奪っちゃった……!?」

うすうす気づいていることだった。私がいる場所は、本来はさんがいるべき場所なのだ。知らずとは言え、勝手にさんの居場所を取ってしまったのかもしれない。坊ちゃんと周りに好かれて、声をかけられるべきは私じゃない、この人なのだ。
そう考えるととても申し訳なくなって、私は顔を下に向けた。彼の反応が怖くてまっすぐ目を見ることができなくなったからだ。けれどもさんは「あっはっは」と変わらず軽やかに笑った。私はぎょっとして彼を見上げた。「大丈夫、俺は望んでこうなったんだから」「……ええっと」

寧ろ君に謝らないといけないんだよ。と囁くさんの声が遠い。あ、そろそろ目が覚める、と気づいた。ちょっと待って、と指を伸ばすのに何もひっかからない。ただ微かに、(何でも屋のと、仲良くなってやってくれよ)そう、彼の声が聞こえた気がした。



「…………なかよく……」

取りあえず私は寝ぼけ眼で瞳をこすった。今日はテッドと市場に出ようと約束をした。



、目が寝ぼけてるぞ。寝不足か」
「寝不足っていうか……不完全燃焼っていうか……」
もやもやするっていうか。

テッドが心配げな表情をして、「まあパーッと騒いだら目も覚めるって!」と私の背中を力いっぱい叩いた。「おー……」と力なく首を下げつつ、親指をぐいっと突き出した。何を思ったのか、テッドがゲラゲラ笑いながら同じく拳をぶつけてくる。ごーん! そしてその勢いでふらつき、店の壁にコメカミがぶつかった。
「お前どんだけ死にかけてるんだよ」
「…………ふらっふらですことよ」



「いらっしゃーい! いらっしゃーい! 今日は大根がやっすいよー?」


そして道の真ん中で大根を売っている、見覚えのある、というか今日の夢の中で見たばかりの顔に私はかくりと膝をついた。私の隣では、「お、見ない顔だなあ」とテッドが手で日よけを作りながらさんを見る。本当に……本当に……なんでもしてるよあの人……と私はとんでもないものを見たような気持ちでふらついた。

腰にエプロンを巻いているが、妙に似合うあんちゃんである。私はこそこそテッドに耳打ちをして、「テッド、あのイケメンさん見たことある?」と耳打ちをしてみると、テッドは「近い!」と顔を真っ赤にしたあと後ろ飛びで逃げ、「しらね」と一言だけ呟いた。

「そっかー。やっぱりテッドも知らないかー」
「なんだよ、あいつに興味でもあんのか?」
「うん、そうだよ」
「な、なななな……お、男が男に興味を持つとは、いやらしいぞ!」

むっとした表情でほっぺたを膨らませるテッドを見て、何を言っているんだろう……と私は彼を見つめてみた。「テッド、男が男に興味を持つなら別にいいんじゃない?」「え……あ、……そう、だよな」「でも私は女だけどね」「そうだ! ほらいやらしい!」

ほらねー! とこっちに指をさされても困る。「ちょっとテッドさんどうしたんですか、熱でもあるんですか」「いや……うん、この頃俺、なんか変なんだよ……」と、こっちもこっちで元気がない。

まあとにかく、もう一度さんに話しかけてみよう、と私はテッドの背中を押しながらのたのた歩く。仲良くなってくれ、と彼も言っていたではないか。そうだ、仲良くなろうじゃないか。
らっしゃいらっしゃい、と決まり台詞でも、さすがのイケメンは奥様方に人気だった。彼が微笑むだけで飛ぶように野菜が売れていく。野菜の王子様。ふとそんなフレーズが頭に残った。いえい!

忙しそうなので、話しかけるのはやっぱりまずいよなあ、と今更ながらに気付いてしまった。私はテッドの背中を押したまま、「うーん」と腕を組む。そしてやっぱやめとこう、と背中を向けようとした瞬間、「あ、さんだったっけ」と反対に声を掛けられてしまった。「あ、こんにちはー」

「どうしたの? お野菜いる?」
「あ、いえいえ。そっちはまたの機会ということで」
「なんだ、こいつと知り合いか?」

訝しげな目でこちらを見るテッドに、「知り合いって言うか……」と言葉を濁す。一度話したきりで夢の中に出てくるお兄ちゃんとそっくりなお兄ちゃんだ。ややこしい。
私は説明することを諦めて、テッドをそっと前に突き出した。「さん、この人テッドです」 何か反応でもしてくれないものか、と思っても、お兄さんはきょとんとした表情で、「ああ、テッド、この人がそう」とそれだけトマト片手に微笑んだ。気の所為かトマトがきらきら光っている。トマトの王子様。

やっぱり無理かー、としょぼくれた後、やっぱりもう一回アタックしてみることにした。そうだ仲良くなろう。絶対に彼はテッドと他人ではない。こんな偶然、ありえないではないか。

「あのっ、さん!」
「何? ナスいる?」
「い、いやいらないです……っていうか商売熱心ですね……さん!」
「はいはい」

「今度一緒に遊びませんか!」

隣でテッドが、うへー、という顔をしているのに気付き、彼のほっぺをぺしりとひっぱたいた。意外とこの男、人見知りをするらしい。
さんはトマトを片手にパチパチと瞬きを繰り返した。そしてにっこりとほほ笑む。「いいよ」「おおっ」 とても色よい返事である。じゃあお店が終わった後に、と付け足そうとした瞬間、さんは微笑みの貴公子のまま言葉をつづけた。

「お代はいくら?」
「……う、うえ……?」
「俺は何でも屋だからね。お代を貰えれば友達にだってなるよ」

ある意味遠まわしとも言える断り文句に、私とテッドはぽかんと彼を見つめてた。そして主婦達の生け垣に飲み込まれていく。「……おい、、あいつ……めちゃくちゃ感じ悪いぞ……」「え、ああ、うん、そうだ、ね……?」





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2011.03.08