15 story
そのペンギン、何でも屋
「やー、うっれしいなあ、幸せだなあ」
私の隣でテッドがてとてとスキップをしながら道を歩いている。「グレミオさんのぉー、シチュぅー!」と歌まで歌っていた。幸せそうである。ちょっと前までは、グレミオのご飯に尻尾を振ってつられつつも、やっぱり俺は一人で生きていくのだ、とつーんとしていた少年……おじいちゃん? とは思えない。
「幸せそうですなあー」
ふと私が言葉を漏らすと、テッドはうっと詰まったような顔をした。大きく目を見開いて、歌っていたときのまま、口をぽかんと開けている。そして私へと視線を向けた。ぱちぱちと、彼は何度も瞬きを繰り返していた。私はてっきり、言ってはいけないことを言ってしまったのかと、テッドとは反対に口を閉じた。そしてごくっと唾を飲み込んだ。
テッドは息をふーっと飲みこんで、自分の顎に、つっと人差し指を当てた。そして不思議そうな顔をして、私に訊いた。「俺、幸せそうなの?」「……ええ?」
何をしっているんだこの人は、と彼を見つめてみても、テッドは固まったまま私を見ている。私は暫くした後、ゆっくりと首を縦に振った。
「うん、幸せそうだよ」
楽しそうだよ。
テッドは、返事の代わりに、何度も瞼をパチパチさせた。そしてうんと頷いた。何度もうんうん頷いた。「そうか、そうか、……そうかぁ」 誰に言う訳でもなく、彼は口元を和らげ、眉毛をはの字にさせ、ほんにゃり笑った。
なんだかそれがとても可愛らしくて、きゅんとした胸を私は右手で掴んだ。テッドがひょいと顔を下ろす。そして眉を下げたまま、「ごめんなぁ」と誰ともなしに小さく呟いていたことが、少しだけ悲しくなった。
(幸せになることは、悪いことじゃないんだよ)
彼にそう言って伝えたかった。けれども、そんな正論はずるいと思った。そんなこと誰だって分かってる。けれども気持ちと罪悪感がついていかないのだ。私の言葉はただの知ったかぶりで、とても一方的でずるい。
私はごくっと唾を飲み込んで、顔をふせた。そしてテッドの背中に両手を押して、ぐいぐいと道を進む。「ほらあー、冷めちゃったらグレミオ泣くよ、マジ泣きだよ」「おーう」
テッドはぐいっと両手を背中にまわし、私の両腕を掴んだ。そして「グレミオさんに泣かれちゃ困るぞ、さー行くかぁー!」と電車のように連結して引っ張られた。
「ぎゃー! 何をするー!」
「俺は腹が減ったんだーあ!」
開けた扉の先では、見覚えのあるイケメンが座っていた。
「あ、こんにちはー」
さんがにこにこ笑いながら片手をあげて、首を傾げた。テッドは頭をくらりとさせ、壁に片手をつく。そしてもう一度さんへと目を向けた。「なんかいるううう!!!」 なぜかいるー! とテッドが顔を両手で覆って泣き叫んでいるときに、グレミオがお玉を片手にエプロンを取って私のところへ駆けてくる。
「おトイレがつまっちゃってどうしようかと思っていたんですが、こっちの何でも屋さんに直してもらいまして。せっかくですのでお夕飯もご一緒にどうですかとグレミオが誘ったんです。坊ちゃんに勝手ですみません、お知り合いでしたか」
「いや全然構わないけど……さん本当に何でも屋だね!?」
トイレのおつまりにも対応されますか! 本当に万能な男である。
さんは立ち上がって、頭のバンダナをはずした。そしてやんわり微笑む。
「こんにちはさん。ここの子だったんだね。グレミオさんが坊ちゃんって言ってるからわかんなかったよ。お呼ばれされました、こんにちは。そっちの茶髪の子もね」
「テッド!」
「そうそう、そんな名前」
絶対さんはわざとだろうに、それを知ってか知らずか、「人の名前くらい一回で覚えろ!」と、テッドはさんに人差し指をしながら、ぷりぷり怒っている。
「いいかテッドテッドテッドテッドテッドテッドテッド、テッドだ!」
びしびし指を突き刺しながら、前かがみに睨む。
さんは「覚えた覚えた。ドテッドね」とへらへら片手を動かし、それを見てまたテッドがムキになっている。テッドの頭からはヤカンの煙がピーピーと燃え上がっていた。
まあまあテッドさんテッドさん、落ちついておくれ、というように私はテッドの肩に手を置いて、いつもの定位置となっているテッドの席へ腰を下ろさせた。そして頭をぐいっと力いっぱい押して、テーブルに向ける。「いってぇ!」と彼は叫び声をあげたものの、テーブルの上にほかほか湯気を立たせるシチューに瞳をキラキラときらめかせた。口を半分あけてそわそわ視線を動かし、さっさとお前も座れとばかりに、自分の隣の椅子をばしばし叩く。
テオ様は今日も夕食に間に合わないらしい。将軍とは大変なのだなあ、と多忙な(一応)父へと思いをはせつつ、私はよっこらしょと席についた。
みんなで頂きます、とご飯を食べて、さすがに食事中の間は静かになるかと思いきや、上品に食べるさんへとテッドはズビシとスプーンを向け、「お前が食べると俺の食べる分が減るだろうがちくしょー!」と喧嘩を売っている。そんなテッドを気にすることなく、さんは「すみませんグレミオさーん、おかわりくださーい」「てんめええええ!」
そりが合わないのだろうかと思っていたけれど、ここまでくればなんだかとっても仲がよさそうだ。やっぱり相性はいいのだろうなあ、と、「ドテッドくんうるさーい」と耳をふさぐさんと、「テッドォ!」と大声で自分の名前を主張するさんを見て、ちょっとだけ嬉しくなった。
グレミオもパーンもクレオも、そんなテッドとさんを見て、くすくすと笑っている。テッドはハッとしたような顔をして、へこりと頭を下げた。
「すんません、うるさくしすぎました!」
「まったくドテッドくんはうるさいなあ」
「お前のせいだー!!」
相変わらず口げんかをしつつ、またテッドは「うわまた俺、すみませーん!」と謝る。けれどもグレミオはほほえましげに瞳を細め、「いえいえ」と首を振った。
「さんとテッドくんが楽しげで、見ていてとっても幸せになります。もちろん、坊ちゃんもそうですよね?」
「うん、にぎやかで楽しいよ」
さんとテッドが仲良くしてくれていて、とっても嬉しい。そう言ってやんわり笑うと、テッドと、意外なことにもさんまでが瞳を大きくさせて、その後照れたように視線を見当違いの方向へと移動させた。そしてぽりぽりと頭をひっかく。まったく同じ二人の動作に、ぶっと噴出してしまった。静かに見つめていたクレオが、くっくっく、と肩を震わせて、ごほん、と一つ咳をついた。
パーンがスプーンをくわえながら、さんをじっと見つめる。「なんでだか、初対面だとは思えないなあ」ふと呟いた彼の言葉に、グレミオが「ですよねえ」と大きく同意した。
「また来てくださいね。坊ちゃんのお友達が増えて、グレミオはとっても嬉しいです」
さすがのさんも、「お金がもらえるならね」という台詞をグレミオさんには言えないらしく、一瞬口ごんだ後、ほんの少し照れ笑いをして、「グレミオさんのシチューがおいしいから」 誤魔化したように、彼は言った。
2011.04.04
|