16 story
ペンギンだって、飛べるのにね
「俺、またここに来ていいかな?」
テッドと私と二人でさんをマクドール家の屋敷の外へと送ると、彼はふとしたように眉尻を下げて、そう言った。テッドは頭の後ろに手を組んで、ぽかんとしたような顔をしている。私はあれ? と首を傾げた。
「グレミオが、また来てくれって言ってたじゃないですか」
「うん……、まあ、そうだけど、確認だよ確認」
街灯もない夜道はとても暗い。テッドとさんが持つランプだけが頼りだった。その中で、さんが照れたように顔を隠したのが分かる。いつもは飄々としているくせに、遠慮する気持ちなのか、それともただ照れ臭いのか、私には掴みかねる人だった。「……好きなときに来たらいーんじゃねーの? まあ俺の分のメシとらないってんならなー」
ふん、とテッドは唇ととがらせて仏頂面をする。何をこの子は照れているんだ。とぶはっと噴出してしまった。「……おい、何笑ってんだよ」「いやあ、全然? 何にも? くしゃみくしゃみ」「お前は随分不思議なくしゃみをするんだなァー!!」
テッドがランプを持っていて、手を自由に使えないからか、私の頭におでこをぶつけた。石頭の彼の所為で、私の頭の中にぐあんと大きく火花が散る。「い、いちちちちぃ……」 痛い。思わず涙目でおでこをさすった。
自分の手の向こう側で、さんがぼんやりとしたランプの灯りの中で、やんわり微笑んでいるのが見えた。きょとりと瞬きをすると、彼は「随分仲がいいんだねぇ」とにやりと意味ありげに微笑む。
「うん、まあいいけどね。ハー、今日は熱いなあ。あっついあっつい」と何を言いたいのか繰り返して、彼は片手ではたはたと団扇を作ると、暫くしてからもう一度私とテッドへ目を向けた。「うん、行くよ。また行く。暫くこの街にいるつもりだから」
そう言ってほほ笑んだ。さんと、ちょっと仲良くなれたかもしれない。嬉しくなってにこにこ笑ってしまうと、テッドがまたふてくされた表情で、頭突きをしてきた。がつん、と再び目の前に火花が舞って涙目になってうずくまってしまう。そしてテッドがぼそりと小さな声で、「まー、いいけどな」と呟いた。
「まあ、暫くよろしくね、テッドくん」
「テッドでいい。だろ」
「わかった、テッド」
なんとも不思議な光景だ。私はテッドと坊ちゃんの仲良くなる、その瞬間を目にしているのだ。ごしごしと思わず瞼をこすると、何やってんだとばかりに、テッドに不思議な顔をされてしまった。私とさんとテッドと、お互い向かい合っていると、急にさんはハッとしたような表情で、こっちに片手をズビシと出した。「勘違いしないで欲しいな!」「は」「あん?」
「誤解のないように言っておくけど、俺が好きなものは1に金儲け、2に金儲け、3にお金だから!」
「え、ああ……そうですか……」
「金の亡者だな、こいつ……」
緩みそうな眉に力を入れて、ハの字にして、口元をきゅっと一文字にしているさんの表情を見ると、おそらく彼なりの照れ隠しなんだろうなあ、と私はぼんやり頷いた。テッドもなんとなくそれを察したのか、「こいつ……友達少ねーのかなー」と私にしか聞こえないくらいのちっちゃい声で呟いていた。
それじゃあね、とマリーさんの宿に入って行くさんからランプを受け取り、私とテッドは帰路についた。私はやっぱり、テッドがさんをどう思っているのかということが気になってしまって、人のいないところで、他の人の話をするのはよくはないと思いつつ、こっそりテッドに訊いてしまった。「テッド、さんのこと、どーおもう?」
ちょっと前の彼だったのなら、思いっきり顔をゆがませて「嫌いだ!」とはっきりくっきり答えていただろうけれども、テッドはむんと唇を寄せた後に、「……べっつにー普通!」とその一言だけで終わってしまった。
なるほど、やっぱりテッドはさんのことを気に入っているらしい。好きなら好きと、はっきり言えないところが意地っ張りだ。
「なるほど、さんのこと好きなんだねえ」
「はっ!? 意味わっかんないですよさん! 俺そんなこと言ってねー!」
「テッドの普通は、好きだって意味だよねえ」
「そ、……んなこと……」
あるかも。と言葉を閉めたテッドは、変なところは素直だ。「でしょー?」と私がカラカラ笑うと、テッドは眉を引き締めて、「あのなあ」と低い声を出した。さすがにからかいすぎたのかもしれない。彼がぬっと私を見下ろし、唐突に言葉をなくしたものだから、訪れた沈黙が怖くなってしまった。しんとしている。私は恐る恐るテッドを見上げた。彼は怒っていなかった。ただ、少しだけ目を細めていた。「……俺、のこと、普通に」「うん?」「す……」
それまで言った後、「まあいいや」とテッドはくるりと体を反転させた。手に持ったランプの光がふんわりと動く。私はぽりぽりとほっぺたをひっかいた。のこと、普通に。テッドの普通は、好きってことだよね。嫌いなじゃいよ、と彼は言いたかったのかもしれない。友達として、私のことをよく思ってくれているということは、なんとなく気づいていたけれど、やっぱり改めて嬉しくなった。うへへ、と勝手に頬が緩んでしまう。
テッドはさっきの言葉を誤魔化すように、「はなあ……うん、は」と同じ言葉を繰り返している。「あいつは、なんかよくわかんないけど、変なんだよなあ……」
そりゃあ、あの人は変だ。なんてったって坊ちゃんだし。「うん、変な人だね」
テッドは少しだけ困ったような顔をして、「そう言う意味じゃなくてな」と首を振る。
「……まあいいや。ほら、マクドール家に行くぞ。送ってやるよ」
「いいよ、それだとテッドが遠回りになっちゃうよ。一人で帰れるから大丈夫」
ね、とさんから預かったランプを顔の前へと掲げた。テッドは少しだけ起こった怒ったような顔をして、「あのなあ」と低い声をだす。
「俺が心配すんの。終わり! 行くぞ!」
彼は左手で私の腕を掴んで、ずるずると引っ張って行った。後ろから見えるテッドの耳は、ほんの少しだけ赤くなっているように見えた。
2011.04.09
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