17 story
そろそろペンギン理解する
「俺は気付いてしまったんだ……この、恐ろしい真実に!」
さんは拳を握りながら、クッと苦しげに瞳を瞑った。「何故、この事実に今まで気づかなかったのか……」眉間に寄せた皺を両手で解きほぐし、私たちを見つめる。彼はふっと両手を横に置き、どこぞのアメリカ人のごとくふるふると力なく頭を振った。そしてバッと腕を開く。
「三人で稼げば収入も三倍! 人件費もゼロで、ガッポガッポォー!!!」
「あああああほかー!!!」
「さんちょっと何自分に酔ってんですかぁああー!!!」
あっごめんごめーん。なんてさんは悪びれもなく笑っているが、私とテッドはてんてこ舞いだ。布の上に並べられた札を、奥様方から大人までもぎ取るように売れていく。さんは「好調、好調」とむふむふ自慢げに腕を組み、お次に口の周りを手で覆って、腹の底から声を張り上げる。
「さーてさてさて、ここにありますは紋章札! 紋章の力を札に封じ込めたと言うすぐれもの! 攻撃回復、補助と何でもこざれ! 紋章なんて高いものと、才能を使うものはもういらない! こりゃあまだ赤月のみなさんは知らないかもしれないけれども、都市同盟の方で流行ってる一品だよ! さあさあ数に制限があります、みなさんどんどん買っていってくださいませー!」
ぱあー! と彼はくるりと腕を振り上げた。口元に当てた布が妙に怪しい。なるほど、確かに1の話では紋章札は売っていなかった。まだこっちの国に普及していなかったのかなあ、とふむふむしている間にも、札が飛ぶように売れていく。お金を払わず札をかすり取ろうという人の手を上から思いっきり叩いて、私はさんの手をひっぱった。何故だかこれをつけろとさんに口布を渡されたものだから、息苦しいことこの上ない。
もうこれ、取っちゃっていいかなあ、と布へと手を伸ばそうとしたとき、「コラァー!!! お前らァー!!! そこで何をしているゥー!!!」と複数人の兵士たちがガシャガシャと重い足音を鳴らしながら必死の形相でこちらに向かってくる。私がヒッと体をすくませている間に、お客たちは蜘蛛の子を散らすようにわーっと消えてしまった。これではまるで、こっそりと悪いことをしていたようではないか。堂々とすればいいのに、とさんを見ると、さんは私とテッドの腕をガシッと掴んだ。
「……お、おい、お前まさか、うすうす気づいてはいたけれどもッ!!」
「え、ちょ、テッド?」
テッドも私と同じくつけていた口布を片手でわななかせる。さんがくるりと振りかえり、パチリと一つウィンクをした。
「ごめーん、俺、行商の許可取ってないんだよね!」
つまりそれは。
「こら待てそこの奴らァアアア!!!」
「すすすすすすみませえええええん!!!」
憲兵に追いかけられるだなんて初めて体験に涙目になる私とは違い、こういうことに慣れているのか、即座に華麗にテッドは私の腕を掴み、さんはお金をお札を優雅に風呂敷に包みこみながら素早く目の前を駆け抜けていく。ちょ、逃げ足速ァ……!!両手を開き、しゅぱしゅぱ陸上部走りをする彼はただものではない。「畜生めふんじばる……!!」 喉をぐるぐると鳴らしながら、テッドと私は必死に足を動かした。
「はいお疲れ! バイト代ですどうぞどうぞー」
「おっ! こんなに貰っていいのか! うっひょラッキー……ってちげぇ!!」
テッドはさんから受け取ったお札をぱしーん! と地面に叩きつける。そして即座に自分で拾い、ズボンのポケットの中につっこんだ。
「何でも金で解決できると思ってんじゃねぇぞ!!」
「え? 今ちゃっかり受け取ったよね? はーい、ちゃんにもどうぞー」
「あ、ありがとうございまーす……」
「ご・ま・か・す・なァ!!」
取りあえず私もテッドに倣い、せっかくの自分の稼ぎなので、お給料しっかりと受け取りつつ、懐へと着服する。「そうですよさん! 犯罪行為に巻き込まないで下さいよ!」と拳を握りながら被害者面をさせていただいた。その瞬間、さんはえ? と首を傾げて私を指差す。「え? 今ちゃっかり受け取ったよね? ちゃんも!」
つまりさんは無許可でお店を出していたらしい。そりゃそうだ、紋章札なんて物騒なものを売りだす許可を、帝国が出してくれる訳がない。顔を隠せと口布を渡された時点で気付くべきだったのだ。テッドはともかく、私が帝国に捕まってしまったら、結構シャレにならない状況になっていたに違いない。マクドール家の子息……? 一人娘? が口車に乗せられてしょうもない罪を犯しちゃいました、なんてなるとグレミオなら卒倒した後心停止もありうる。逃げられてよかった。
今更ながらに心臓がばくばくしてきた。きょろきょろ辺りを見回して、帝国軍がいないことを確認する。塀を壁にして狭い路地に逃げ込んだ私たちの周りには、猫が一匹眠そうにあくびをしているくらいだ。
「まあまあいいじゃん。面白かったでしょ? 俺もほくほく、君たちもほくほく、そしてどきどき。いいことずくめじゃあないですか!」
さんはまったくもって悪びれのない調子で、いつものバンダナを鞄の中から取り出しきゅっきゅと結ぶ。テッドは半分呆れたようにため息をついて、足元の猫へとちちちと指を振っていた。
さんは風呂敷を開きながら、売上と在庫を簡単に整理する。そして一人にまにまとした後に、「やあもうかったー、もうかったー」と幸せそうな声を出していた。そう言えば、彼は「俺はお金もうけが好きなんだ!」と暫く前に拳を握って主張していた気がする。そんなにお金が要り用なのだろうか。
「さんって、何かお金が必要な理由でもあるんですか?」
そして感じた疑問を、ぺろっと自分の口から出してしまった。おっと、と口元を押さえてももう遅い。さんは私を向いて、いつものへらへら顔はどこぞに置きさり、無表情で私を見つめた。これはやばい、とパチパチ自分の口元を叩いて誤魔化してもしょうがない。気づけばテッドまで、多少の好奇心があるのかさんを窺っている。
さんが固まったのは一瞬だった。「え? ああごめん。別に意味なんてないんだけどさ、ホント……うんそう」 彼は妙に早口で言葉を乗せる。「意味はないんだけど……意味がなさすぎるっていうかー……」 うーん、と彼は頭を抱え込んだ。「これしかやることがないって言うか」
まあそんな感じ。
と彼は最後に言葉を付け足した。まあ、人には色々と事情があるものだから、と思いつつ、私は彼に踏み込みそうになる。仲良くしてやってくれ、と夢の中で『坊ちゃん』に言われたから。どう考えても、さんはマクドール家に関わりがあるだろう、ということでもある。テッドと仲良くしてほしい、それももちろんある。
私は胸の中でぐるぐる動く気持ちを誤魔化すように、テッドと一緒になって猫を遊んだ。テッドがちょいちょいと人差し指を伸ばし、それを猫が腕を振り上げ、私は猫の尻尾辺りにふらふら指を動かしてみる。猫の尻尾がぴしぴしと私の手のひらをはたく。
(普通に、個人的に仲良くなりたくって、気になってるだけだなんて、最低だよなあ……)
これじゃあ野次馬根性丸出しだ。
私はなんとなく恥ずかしくなって、どんどん体を小さくさせた。まあそんな私の気持ちがさんに伝わっている訳がないので、彼は相変わらずポッチの量を数えながら、「100ポッチ1000ポッチ、10000ポッチ、大量大量、ガッポガッポォ!」と、とても幸せそうな悲鳴を上げていた。っていうかここで金勘定しないでください。テッドも同じくそれを思ったのか、「お前そういうことは家に帰ってからしろよ」と呆れたような声を出す。
「嬉しくってたまらないから、ここでしているんじゃないの。それに一人でお金数えてもむなしいだけでしょ」
「知らんがな。俺はお前の金勘定聞いてて、自分の懐と比べて寂しくなるっつーの」
「それ目当てに自慢してるんでしょうが!」
「お前実は馬鹿だろ」
っていうかアホだろ。とテッドはため息と一緒にさんをちらりと見つめた。にゃんにゃんにゃん、と相変わらず片手でぶち猫と遊んでいる。さんはむん、と胸を張りながら、「金の亡者と言って欲しいな?」となぜか自慢げだ。お金馬鹿と言いたいらしい。
ああそお。とテッドがどうでもよさげに鼻からふいーっと息を吐き出した。100ポッチ、1000ポッチ、10000ポッチ……ガッポガッポォ! と感情を繰り返すさんの声だけが響いた。ところでガッポガッポって決まり文句なのだろうか。
私は相変わらずお口にチャックをしたまま、一人気まずい気持ちを誤魔化していた。テッドがちらりと私に目を向けたけれども、気づかないふりをして、にゃんにゃんにゃん、と猫の尻尾を掴んで引っ張ってみる。ふしゃあ、とちょっと怒られた。
「帰るか? 」
「うん? うん、うん」
ふいに声を掛けられて、びくりと顔をあげた。テッドがつまらなそうな顔をして私を見ている。そしてなぜかおでこを指ではじかれた。痛い。「え、ちょ、テッドなんで?」「なんとなく」
そいじゃあ帰るか。とテッドと私は立ち上がった。そして路地から顔を突き出し、念のためと憲兵達の有無を確認する。テッドは振り返った。さんを見た。「お前、さ、暫くこの街に居るんだよな?」「うん?」 さんが、ポッチから顔をあげて、テッドを見る。私もハッとした。
よくよく考えれば、さんは流れの旅人なのだ。いつまでもグレッグミンスターにとどまっている理由がない。
さんはうーん、と目を細めて、顎をぽりぽりとひっかく。「そうだなあー、結構ここでは儲けちゃったし、そろそろ帝国軍に目をつけられてそうだしなあ」 うーん、ともう一回唸った後、はらはらとさんを見る私と、目が合った。そしてにやりと口元を釣り上げて、意地悪気な声を出す。
「まあ、もうちょっといるよ? お二人さんが俺がいなくなったら寂しそうで可哀そうだしね」
さんは大仰なポーズで両手を顔の横に置き、ふりふりと首を振る。私はてっきりテッドが、「お前アホか何をいっとるんだー!!」とぷんぷんするに違いない、と一瞬肩をすくめた後、ちらりと横目で彼を確認してみた。するとテッドは意外なことにも落ちついた表情でどっしりと腕を組み、さんを見つめている。そして鷹揚に頷いた。「まあそうだな」「え」「え」
思わずさんと一緒に声を失った。テッドが素直だ。さんは口をパクパクさせた後、静かに呻く。「テッドが……!」「……なんだよ」「デレた!」「アホか!」 アホである。一応隠れていなければいけない立場だというのに、さんは、「デレた! テッドがデレた!」とうひょうひょ両手をあげて、ぱーっと儲けと紋章札を地面に放り出した。風呂敷袋から飛び出すそれらを、私は慌てて拾い上げた。けれどもさんはまったくそれを気にも留めず、「あっははは!」と言いながら、テッドの両手を自分の両手で掴み上げ、くるくるとまわしている。
……う、嬉しいのかなァー……、と多少遠巻きになりながらじりじり後ずさっていると、さんが呆然としたテッドを連れたまま、こちらに突撃してきた。さんの右手が私の左手をがっちりと掴みあげる。あれ、右手なのに、と不思議に思ったのは一瞬だ。もうなんとでもなれ、とばかりにテッドの左手が私の右手を掴む。ぼろっと風呂敷が地面に落ちて、驚いたように猫が路地を駆け抜けていく。
三人で輪っかになって、さんが横にひっぱるものだから、くるくる回る。テッドは諦めたような表情をしていて、最終的に私が足をひっかけて、彼らを下敷きにどすんとこけてしまった。何をやっているんだ、と思ったのは、多分私だけではない。「あはは、痛いなあー」「誰の所為だ、誰の」 テッドがぐいっとさんのほっぺをつかみ、「、どっか痛くないか」
私はうん、と頷いて、相変わらず握りしめたままのさんの右手を見た。そしてテッドの右手を握りしめたままなさんの左手も見た。
テッドが、ふいに不思議そうな声を出した。「、お前なんで嬉しそうな顔してんの?」「ええ? そう?」
それは多分、やっぱり嬉しいからじゃないかな。
「ショートケーキってさー、おいしいよね。俺好きだよ、マジ好き。グレミオってケーキ作るのも上手くってさー」 もぐもぐ
お久しぶりの夢の中で、本物の坊ちゃん(?)(というかよくわからない兄ちゃん?)は、ショートケーキを乗せた白いお皿を片手で持って、いいところの坊ちゃんらしからぬお行儀で、ふらふらとフォークを宙に浮かせていた。相変わらずの学ランで、ここが教室なことは変わらない。
私は声を出そうとした。けれどもなんだか上手くいかない。さんがこっちを見た。そして、もぐりと一口ケーキを口に含んだ。美味しいそうなので別けてほしいなあ、と思ったのに、その台詞も喉から出ない。息を吸い込んで、また出して、それと同じように声を出そうとしても、喉がからぶったように、ひー、ひー、という音しか出ないのだ。
「そろそろ始まる。俺には何もできないけど、何度もしたけど、駄目だったけど。このパターンは初めてなんだ。きっと上手くいく。だから大丈夫。君ならきっと大丈夫だ」
よくわからないが、彼はシリアスシーンを演じているらしい。だったらその手に持つフォークとお口についたクリームをぬぐった方がいいんじゃないだろうか。色々と台無しである。さんは、一つ、あんぐり大きく口を開けた。ぱくっとケーキを全部くわえこんで、ごくんと飲みこんだ。ごちそうさまでした、と最後だけお行儀よく頭を下げる。
そして彼は口元のクリームをごしごし片手で拭いながら私を見た。「ねえちゃん」
「君、百万世界って知ってる?」
2011.04.21
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