18 story
喰われたペンギン
昔、百万世界という意味を辞書で調べてみたことがある。当たり前だけど、やっぱり乗っていなかった。けれども百万という意味は乗っていた。とにかくたくさんの数ということらしい。つまり百万世界とは、とにかくたくさんの世界がいっぱいあるよ、ということなんだろう。そのまんまだ。
今にして思えば、私の世界は百万世界の一つで、今いる世界もその一つなんだろう。
イケメンなお兄ちゃんは触覚二本をふらふら動かしながら、片手でフォークをふらふらさせた。
「百万世界ね、百万世界。ちゃんの世界の言葉で言うと……ちょっとまって、探るから。パラレルワールド、並行世界……ちょっと違うな、そう、多元宇宙論、それだ」
結構難しい言葉知ってるね、と彼はにこにこ笑っていた。からになったお皿を水平に伸ばし、私が瞬きをした瞬間、モンブランがお皿の上に乗っている。さんはパチリと瞬きをして、「へー、これもケーキ? ちゃんの中から、これも探ったんだけどね」 もぐっとフォークですくい、モンブランを頂く。「うまい!」 と彼はキラッと目を輝かせた後、私を見て苦笑した。
「あ、今ちゃん、探るって何のことって思ったね。まあ、探るってことさ」
もぐもぐ、と彼はほっぺたを膨らませる。
「ここは、きみの夢の中じゃないからね」
じゃあどこさ。なんて言える暇もなく。
朝ごはんの席に、相変わらずテオ様はいなかった。忙しいんだなあ、将軍って、と(一応)実父へと思いをはせる。目の前の席ではパーンががつがつとご飯を頂いて、クレオが静かに食パンをはおっていた。今更気付いたことだけど、使用人と、雇い主が同じ食卓に座るってものすごく珍しいんじゃないだろうか。
「おかわり!」とパーンがさっとお皿を天井に掲げた。グレミオがはいはい、と苦笑しながらお皿をさらっていく。
「そうだ坊ちゃん、テオ様から先ほど伝書鳩が届きましてね」
「うん? っていうか鳩なの? この世界鳩使っちゃってるの?」
「いつもお口に薔薇を咥えたエレガントな鳩さんでして、お名前はスカーレティと言うのですがそれはともかく」
ごほん、とグレミオが咳をついた。
ところでスカーレティってなんでしょうか。スカーレティシアとかふと思い出したんだけれどもなんだっけ。その鳩の飼い主さんは頭に孔雀の羽根を乗せたエレガントな花将軍に決定である。
「テオ様は、北への任地を命じられたそうですよ。ですから今度、豪勢な宴を開かなければなりませんね!」
そろそろ坊ちゃんの軍への入団も近いですし、グレミオはちょっと心配になってきました。と彼はうふふ、と優しげに笑った。私は瞳を何度も瞬かせた。そしてぐっと顔を手のひらで掴んだ。手の中のスプーンが絨毯の上へと転げ落ちる。
■■■
気づいたら一人だった。
一枚のバンダナを大切に握りしめていて、表が緑で裏が紫、こりゃあ変わった色だねえ、と俺がこの世界で一番最初にしたことは、苦笑したことだった。崖の中で体を枝にひっかからせ、これは死ぬ、と思った。なんとか命からがらよじ登り、ぼろぼろの格好でたどり着いたのはサラディとかいう小さな村だった。
旅人が来るのは久しぶりだと村の住人は目を瞬かせた後、俺の格好を見て、ぎゃあと悲鳴を上げた。さすがに崖をよじ登るのは辛かった。途中にモンスターと遭遇して、ぼろぼろになった服はとっくの昔に用済みになった。血が足りなくて、頭がふらふらしてきた。どうしたんだ、と訊かれる前に、俺は頭から地面につっこんだ。ぎゃあ、とまた悲鳴が聞こえた。
街の人間に手厚く解放されると同時に、俺は全財産を失った。パチリとベッドで目を開けた瞬間、誰かが俺から手袋をはぎとろうとしていたのだ。彼は年老いた男だった。左の手袋は彼の手の中に握られていて、俺はたまらず腕を振りまわした。 右は駄目だ。わからない。右だけは駄目だった。俺は慣れた手つきで男の腕を引っ張り、老人を組み敷いた。彼が叩きつけられる派手な音が響いた。
武器はない。けれども知っている。拳を硬く握りながら、取りあえず悲鳴を止めさせようと、体は至極簡単に動く。左手で、彼の口を力の限り絞めつけ、次に拳を作り、喉仏を親指で軽く押す。ぐえっと苦しげに老人はあえいだ。このまま親指を押しこめ喉をつぶし、後が面倒なので目もつぶして俺の顔を忘れてもらって、けれどもやっぱり面倒なので急所をついてしまえばこの男の生命活動は終わる。慣れた手つきで、何のよどみもなく体が動く。動くけれども。
俺はハンッと軽く息を吐き出し、ベッドへと戻った。
安いスプリングが腰を揺らす。老人は何度か咳こんだ後しばらくして、俺を不思議気に見つめた。俺はめんどくさくなったのでベッドの中にもぐりこんだ。おずおずとドアへと移動し、逃げだした音が聞こえる。バタバタとうるさい足音が遠ざかる。べつに、いつでも殺せたのだ。けれどもそうしなかった理由と言えば、血が足りなかった。体中から血が流れてしまったのだ。体に巻きついた包帯が、動いた所為かじんわりと血に染まる。(右手が怒ってる) 何故だかわからない。そう感じた。まるでこの部分だけが、別の生き物のように感じた。
怒り狂っている。腹が減っていた。お前は何を考えている。腹が減っていた。
そう叫んでいる。
けれども俺はなんとなく安心した。こいつが怒っていることが面白くって、ベッドの中で嬉しくなる。殺さなくてよかった。今度は大丈夫だった。……今度って? まあいいや。
そのまま眠った。
殺さなくてよかった。
次の日、俺の荷物はぼろぼろの服と、右手の手袋だけになっていた。
物盗りに遭ったということで、村の人間はひどく恐縮したように、しきりに俺に謝った。あそこの家に住んでた老人だ。あいつは昔から手くせがひどかったから。けが人から盗むだなんて、なんてひどい真似を。そう言って彼らは憤慨した。
老人を逃がしたのは俺だったし、彼人を逃がしたことになんの後悔もなかったし、まあなんとかやっていけるに違いない、と俺は知っていた。気にしないでくれということと、宿を貸してくれてありがとうと彼らに頭を下げて、いくらかの食糧をもらい山を降りることにした。そんな体でどうする気だと住人に止められた。
「せめて俺達の誰かが下へとついて行こうか」
「大丈夫です、ありがとうございました」
「じゃあせめて、元気になったらまたうちに寄ってくれよ。心配の種が減る。……今更なんだけど、きみの名前はなんて言うんだい?」
俺はふと目線を下に向けた。
「……?」
だったっけ。
頭の中がぼんやりしている。、そう、それだ。けれどもそれだけで本当によかったのか。もっと後ろに何かが続いた気がする。、マク……マク? まあいいや。
自分が何者なのかが分からない。分かったことと言えば、俺はひどく物騒な男だったんじゃないかということだけだ。なんだか落胆した。眠るときに、しっかりと熟睡することができない。小さな音で目を覚ます。時々右手が熱くなる。腹が減ったと主張する。よくわからない。
金儲けをすることにした。
一文無しで居続けるのは、中々につらい。儲かると楽しくなった。右手の声が小さくなったような気がした。ここは赤月帝国と言うらしい。お隣は都市同盟。自分で歩いて、国境を勝手に超えて、行商を繰り返して、モンスターを倒して。瞬く間に時間が過ぎた。俺は何をやっているんだろう、とも時々惨めな気持ちになった。人と接することは避けた。一番初めに約束したはずのお礼も、まだ言いに行っていない。
誰かと必要以上に関わってはいけない。そうするべきじゃない。
仲良くなろうと思うたびに、必死に頭の中の誰かがそう叫ぶ。
(お前はこんなことをしている場合じゃないだろう)
右手以外が叫んでいる。どこだろうと体を探ってみても分からない。(そうだ) 俺には確か、やるべきことがあったはずだ。それから逃げている俺は、だからふと空しくて惨めな気持ちになるに違いない。けれども嫌だった。何をすべきかすらも分からないのに嫌だった。思い出したくない。もうこのままでいい。名字もなにもない、のままでいたい。
もう……が……見たくない
ふと呟いた自分の言葉に、「そうだな」と頷いた。うん、そうだ。
ジャラジャラと金を入れた袋を抱きしめて、草の上にねっ転がって眠った。焚き火がパチパチと火花を散らして、夜の中でぽつりと一つ主張している。もう一度袋を抱きしめた。ジャラジャラ。金属の音だ。ひんやりしていて、重い。嬉しくなった。
本当は知っている。自分が人よりも死にづらい体なのだということを、うすうす気づいている。人間のような生活をしなくても、きっと俺は生きていける。金なんて必要ない。俺は一人で生きていけるし、そうするべきだ。けれども金を持つと落ちつく。繋がっていると気付くのだ。一人じゃない。俺は人間で、人間と繋がっている。他の人間から食事を買って、宿屋に泊って。そうするためには金が必要だ。金さえあれば人と繋がることができる。
じゃらりと袋の中の金がくずれる。涙がこぼれるかと思った。
「…………行かないとなぁ……」
俺はあそこへ行かないといけない。正直、自分の名前がなのだということすら自信がない。けれども俺は一つだけ知っていた。けれどもずっと逃げていた。今も逃げている。
「あそこへ、行かないと」
色んな街を歩いた。色んな道を歩いた。色んな国に行った。けれどもそれは、ただ逃げるためだった。赤月という言葉を聞いただけで胸が苦しくなる。俺は、あの国に戻らないといけない。
俺は知っている。
俺はただ、誰かを助けたくて、たまらなかったんだ。
■■■
一体どうすればいいのか。私はテッドと会う約束も反故にして、庭の隅で丸くなった。動きたくない。考えたくない。けれどもこんなところにいては、すぐグレミオに見つかる。坊ちゃん、一体こんなところで何をしているんですか? と不思議気に訊かれてしまったらと思うと、返事を考えるだけで億劫だった。のろのろ腰を上げて、移動する。テオ様が北へと行く。そして私が軍に入る。
ずっとずっと、先のことだと思っていた。だってそうじゃないか、軍に入るだなんて、そんな重要なこと、あらかじめ教えてくれるものだと思っていた。(いや、違うな) 私が彼に成り代わったときには、既に予定は決まっていて、坊ちゃんが知っていることは当たり前なはずだったんだ。
もっと早くに確認していたらよかった。リミットがあるって知っていたくせに、そのことをきちんと分かっていなかった。ガタガタ体の奥が震える。信じられない、自分の体だとは思えない。ふらふらと歩く足は機械的で、ずべっとこけた。けれどもあんまり痛くない。そろそろ歩くことも辛くなってきて、適当な路地へと足を踏み入れ、積まれている木の箱へと腰掛けた。長い長いため息をつく。時間が止まればいい。そう思っても、思っても止まるはずがない。今も刻々とリミットへと近付いている。
(……リーダーなんて、なりたくない……)
この後私はグレッグミンスターを追われ、反逆者になって、解放軍に入って、オデッサの後をついで、リーダーになる。たくさんの人間を殺さなくちゃいけなくなる。選択肢によっては、坊ちゃんがキャラの首を落とすことだってできるのだ。キルケというキャラを思い出した。彼は確か、処刑をする人間で、俺は首を切ることしか能がない、みたいなことを言っていなかったっけ。戦争のシーンでは、千人単位で人間が死んで殺していた。そうだ、解放軍は途方もなく大きな組織なんだ。無理だ、その中で、リーダーになれって? 無理だよ。無理だよ。
きっと、本当の坊ちゃんならできる。けれども今の坊ちゃんは、私で、しかも女なんだ。みんな私を男として見ている。坊ちゃんとして見ている。スペックが足りない人間なのに、そう主張することも許されない。何回否定しても、忘れられる。怖い。怖いよ、無理だよ、怖いよ。怖いよ、私が間違えたら、グレミオが死んじゃう。テオ様も死んじゃう。ちょっと待ってよ、テオ様を殺すのは誰だっけ、私だよ、一騎討ちをしなきゃいけない。でもちょっと待ってよ、私がテオ様に勝てる訳がない。そりゃあ、この世界に来て、なぜか能力は向上している。けれどもそんな問題じゃない。テオ様と、一騎討ちで負けたらどうなるっけ。どうもならない、そうだ、ゲームオーバーになって、セーブポイントからやり直した。
ちょっと待って、いや、ちょっと待って、「せ、セーブポイントなんて、ないし……」 いや、当たり前なんだけど。
怖くて怖くて、逃げだしたくてたまらない。震える膝を打ち付けた。けれども打ちつけた拳も震えていた。「……お、おかしいな……」 怖いはずなのに、死にたくないと泣きたくってたまらないはずなのに。はずなのに。
明日はと一緒にさ、食い歩きでもしようぜ、食い歩き。
うへへ、と昨日のテッドは、嬉しそうに笑ってピースサインを作っていた。
(……テッドが、死ぬのが一番怖い……)
彼がいなくなるのが怖い。
彼と話すことができなくなるのが辛い。
彼がこの世界から消えてしまうことが、一番苦しい。
いなくなってしまったら、どうしよう。どうすることもできないのだ。思い出だけの存在になってしまうなんて嫌だ。きっと、私がもっと大人だったら、そういうお話なんだ、しょうがないねと納得して、一人でここから逃げてしまっていたかもしれない。けれどもそんなことできない。苦しくて苦しくて、涙がこぼれた。ぼろっとこぼれた滴がぽたぽた服に丸い円を作っている。
どうしよう。どうしたらいんだろう。
ずるっと鼻水をすする音がする。汚い。これじゃあ女として見られないのは当たり前だ。どうしよう。どうにかしなきゃ。どうやって?
「もう、どうしたら、どうしよう……!」
「……何が?」
ふいに聞こえた声に、ぎょっと顔を見上げた。見慣れたバンダナの青年が、ぽかんとした顔でポッチをつまみあげながらこっちを見ている。というか何でポッチ。
きょとりとした私に気付いたのか、さんは「ん?」と慌てたように笑って懐から取り出した布袋にポッチを入れる。「ほら、前にここでさ、俺ポッチの袋を投げちゃったでしょ? いくらかたりないなーって、探しに来てて」「……ああ」 気付かなかった。この間、紋章札を無断で売った後に帝国軍から逃げ込んだ場所だったのか。
「さんって、ホントにお金が大好きですねぇ」
「うん、大好きだよ」
気の所為か、彼はその台詞に力を込めていたような気がした。
そうですか、と私はなんてことのないように辺りを見るそぶりをした。我ながら中々芝居ができる女だなあ、と思った瞬間、「うん? で、どうしたの?」と見透かしたようにさんがこっちを見た。「うん? 何がですかー?」 わざとなんてことのないように、さんの言葉を真似をして、ちらちらと辺りを窺うフリをする。
「ちゃん、目と鼻がまっかっかなんだけど」
「……!!!」
慌てて鼻を両手で覆った。なんてこったと思いっきり恥ずかしい気持ちになって、そのままうつむいた。
さんは大人だから、きっと知らないふりをしてくれる。このままどこかに行ってくれる。そう信じていたのに、彼はごそごそとポッチの袋を腰にひっかけた鞄へと詰め直して、私の隣へよっこらしょと腰を下ろした。そして今日はいい天気だね、とでもいうような気軽な口調で、「今からテッドのとこに行こうとしてたんだけど、やめとこっかなー」と上を見上げながら呟いた。
私はぐしぐしと顔をぬぐった。さんはにこにこしてこっちを見ていた。「で、どうしたの?」 二回目だ。
やめてほしい。ぼろりと口から出てしまいそうになる。けれどもこの人に何を言ってもしょうがないじゃないか。私は未来を知っているんです、助けてください。テッドとみんなを助けてください。さんは坊ちゃんに似ている。けれども、そうというだけで無条件に助けてくださいとすがるほど自分は馬鹿じゃないと思いたい。だから訊かないで欲しい。
「なんでもないです」
「なんでもないような顔はしてないけど」
「なんでもあるけど、ないんです」
「秘密なんだ」
「はい」
「だったらしょうがないね」
言えないことならしょうがないね。と彼は言いなおして、けれどもやっぱり私の隣に座ったままだった。ぼんやり空を見上げている。私も一緒に見上げてみた。建物と建物に挟まって、細長く青い空が浮かんでいた。「俺さあ」 ふと、彼が呟いた。「俺さ、友達いないんだよね」「え」
「できそうになったときはあったよ。でもなんとなく、作っちゃダメな気がして。俺にもよくわかんないけど。目が覚めて、名前だけしか覚えてなくて、取りあえず金だけ稼いで生きてきたんだ」
「え、あの、名前だけって」
それって記憶喪失……と言葉を出そうとした瞬間、さんは苦笑する。「どうなんだろうね。それでさ、初めにグレッグミンスターに来て、ちゃん見たとき、すごく懐かしい気持ちになったんだ。ああこれだって、ピンときた」
彼は一体何が言いたいんだろう、と私は木箱の上で体を小さくさせて、さんを見つめた。
「ちゃんが着てる赤い服、よくわかんないけど、すごく懐かしくなる。マクドール家にいると落ちつく。テッドといると楽しい。ここなんだなあって思う。俺、ずっとここにいたい」
「い、いたらいいじゃないですか……」
「いさせてくれるの?」
さんが、やんわりと瞳を細めた。私は驚いて一呼吸置いた後、うん、と頷いた。そんなの私が決めることじゃない。さんは左手を伸ばして、私の顎を親指と人差し指の間で掴んだ。そしてぽそりとかすれた小さな声で呟く。「じゃあ、一緒に暮らそうか」
「え、ちょ、あ、ちょ、ちょ、ちょ、えうっ」
ひー! と変な声を出して後ずさり、木箱の上から落っこちて尻もちをついた。ぎゃー! と叫んだ私を見て、さんがげらげらお腹を抱えて笑っている。「ひっ、ひっ、ひっ、ちょっ、ぎゃーって……女の子が、ぎゃーって……!」 うははは! と彼はひーひー、悶え苦しみながら、目じりの涙をぬぐって笑い転げている。ちょっと待っておくれ。
「さん! ちょっと! もう!」
「ごめんごめん。ほらほら、涙はどっかに行っちゃいましたね? 元気元気」
さんがごめんよ、ともう一回言って、お尻を地面にくっつけたままの私へと向かった。そして彼は、私に左手を出そうとした。けれどもその手をぐっと拳に直して、手袋をつけた右手を出した。私はさんを見た。さんはにーっと笑って、「大丈夫」と元気よく声を出す。「俺がいるから、大丈夫!」
私は左手を伸ばした。ぐっと彼の手のひらを掴む。ほんの少し震えているような気がした。さんは力強く手を握り返した。だから私も、握り返した。
どくり、と大きな鼓動が聞こえる。私の体の中ではない。どくり、とまた震えた。彼の右手から、大きな鼓動が伝わってくる。さんを見てみた。彼も私を見た。彼は顔を真っ青にしていて、私から手を放そうとした。けれども私はよくわからなくて、彼の手を握りしめた。そして自分の右手を上から乗せた。
「やめ 」
さんが、首を振った。やめてくれ。「もう誰も、死ぬところなんて見たくない!!」 やめてくれ。「やめてくれ、ソウルイーター……!!!」 かすれた声で彼が叫ぶ。
目の前が暗くなる。ぐわりと黒い何かが私を覆った。まるで大きな黒い布で視界を遮られるようだ。瞬き一つをした、僅かな瞬間だ。
( 喰われる)
ぶつりと、思考が途切れた。
お帰り、俺
ぼ、坊ちゃんフィーバー(`・ω・´)ゴクリ……
2011.04.24
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