*流血注意


22 story
そろそろ終わりに近づくペンギン




嫌な予感がした。


日が暮れたら、そうそうにマリーさんの宿屋に引っ込むことにしている。旅ばかり繰り返していたものだから、日が沈むとともに眠り、のぼると同時に目を覚ます習慣が身についているのだ。起きようと思えば起きることができるけど、別に起きていても何もすることがない。朝食の準備ができましたよと、マリーさんが毎朝声をかけに来てくれるのだけれど、「あんたは一体いつ寝ていつ起きてるの?」と不思議がられる。

とにかく俺は、いつもならさっさと眠っているのだ。布団の中にもぐりこんで、どうすればテッドを助けることができるか。今日はちゃんが随分どもっていたけど大丈夫か。いや、大丈夫だ、と瞳をつぶっていた。いつもなら、すっと眠れるはずなのに、今日に限って布団の中で寝がえりを繰り返した。やっとこさ、一瞬だけ意識が下へと落っこちた。頭は寝ているのに、体は起きているような不自然な眠り方だ。

真っ暗闇の中で、一人の男が立っていた。青い服を着て、茶色い髪。笑えば愛嬌がある。
彼はふと、寂しそうな顔をした。(、一生のお願いだ)(俺の最期の……)
「…………!」

俺はベッドから飛び起きた。背中が冷や汗でびっしょりしている。
時々よくない夢を見る。
けれども、そういうときは何かある。悪い予感が、俺自身に嫌な夢を見せるのだ。
俺は瞬き一つでベッドから飛び降り、寝巻を着替え、腰に袋を縛りつけた。
(嫌な予感がする)



マリーさんの宿屋を抜けだし、人気のない街を見回した。風が冷たい。勝手に動く手足は、まっすぐに街の出口へと向かっている。早歩きだった両足は、次第に全力で走っていた。ハッ、ハッ、ハッと息が荒い。何かがある。必ず何かが起きる。暗くてはっきりと遠くまでは見ることができないが、ある程度の夜目ならきく。

目の中心ではなく端でとらえるように、もう一度と辺りを見返した。そしてやはりと頷き、体を飛びださせ、腕を伸ばす。「おい!」俺が肩をつかんだそいつは、びくりと肩を震わせながら振り返った。茶色い瞳が驚愕に見開かれる。彼が背負っていた荷物が背中で暴れる。


「そんな大荷物で、どこに行くのかな、テッド」

俺が肩から手を放すと、彼は多少気まずげな顔をしてくるりと正面を向き直り、荷物を背負いなおした。「どこって……ああ、ちょっと近くの街の知り合いんとこだよ。グレミオさんとかには伝えてるからさ。ほらお前には、すぐ戻るし伝えなくてもいいかもってさ」「こんな夜中に?」「そ。急ぎの用事なんだよ」

だからお前にかまってる暇ねーの。わるいねー、とテッドはへらへらと笑った。俺はそんな彼をじっと見つめた。相変わらず、こいつは嘘が上手いんだな、と何の違和感もない親友の表情を見ながらぼんやりと感じる。
ああそうか。引きとめて悪かったな。じゃあ気をつけて行ってこい。さっさと帰ってこいよー。
そんな風に彼を見送ってしまえば、きっと一生彼を見失うことになるだそう。ふうん、と俺は笑いながら、ぐるぐると頭の中を回転させた。(……なんで今更、テッドが?)おかしい。テッドは俺と、いいやちゃんと一緒にあの山へと向かい、クイーンアントと立ち向かうはず。

ここで彼を見失う訳にはいかない。一番最悪のエンドだ。
「……テッド、ちゃんと何かあった?」
と? なんで?」

テッドがじっと俺を見つめたまま首を傾げた。なるほど、何かあったらしい。目線を逸らさないところが反対に怪しい。なんにせよ、このまま彼とここで別れる訳にはいかない。俺は彼の右腕を掴むようにして「急いでるって言ったって、こんな夜中は危ないよ」と言いながら引っ張る。「おい、やめろって!」と叫ぶ彼を無視して引きずる。

「いい加減にしろよ、!」
「それはこっちの台詞      


ふとした瞬間、頭の中身がえぐられそうな甲高い音が響いた。俺はテッドを掴んだ手を放し、両耳を覆った。テッドも同じく顔をしかめ、耳を押さえている。断続的に響く、金属と金属をすり合わしたような音に吐き気がした。「ンだよ、この音……」 テッドが声を絞り出し、俺は記憶の中に眠るこの音を、無理やりに引っ張り出した。

暗闇の中で、パーンとクレオ、グレミオ、テッド、そして俺。後ろで震えているカナン。足場が悪く、視界も開かれていない。必死に棍を振りまわしても、減ることのないモンスター。ギチギチと背中を羽をこすり合わせながら聞こえる不快な金属音。「    クイーンアント……!」

なんでこんなところに、と混乱したのも一瞬だった。俺は耳をふさぐことさえ忘れて、テッドを振りかえった。まさか、と口元が勝手に動く。

「テッド、きみ、ちゃんに紋章のことを告げたのか……!」 

不快な金属音に、俺の台詞の大半はかき消されてしまった。けれどもテッドは、大きく目を見開きながら、ぱくりと口元を動かす。「お、おまえ、なんで……」


とうとう我慢ができなくなったのか、道に隣接していた道具屋の二階の窓が大きく開いた。音が中から顔を出し、「なんだこの音! どこの馬鹿が出してやがるいい加減にしろ!」と大声で喚き散らす。「もう夜よ! あんたも静かにしなさい!」 その向かいの家から太った女が飛び出した。

俺は右手の手袋をはぎ取り、地面に叩きつけた。「ソウルイーターよ……!」 手のひらを空へと掲げ、お決まりの呪文を口にする。「彼の者たちにひと時の闇を与えよ!」
右手に住まう死神の紋章が、白く輝きながらぬっと飛び出し、影絵のようにのっぺりとした体で、両手に持つカマを振りまわした。男と女の首元をひとかきでかききり、死神は体を四散させ、辺りの家々へと飛び散る。男と女はパタリと崩れ落ち、静かな寝息を立て始めた。
俺は振り返り、「あ、いや、眠ってもらっただけだから」と片手を振った。テッドはきょとんと瞬きを繰り返した後、唐突にはははと口元を笑わせた。顔に右手をくっつけて下を向き、ははは、ともう一回笑った後、地面にへたり込んだ。「お、おかしいだろ」「うん、おかしいな」

俺はへたりこんだテッドの左手を、右手でひっぱった。
「後で全部、説明するから」



■■■



なんでこんなところにクイーンアントが、とぐるぐると頭の中が混乱する。「ひ、ひぎゃー!」 こちらに向かって来た、バスケットボール程度の大きさのありんこを、思いっきり棍でたたきつぶした。「ふっ……!」 棍は見事のアリの胴体へとヒットし、くるくると体を回転させながら地面に沈みこむ。けれどもすぐに元気に立ち上がり、ギシャギシャと気味の悪い音を立てながら口を動かし、再びこちらに向かってくる。

気持ちの悪いくらい地面に埋め尽くされたアリ達は、のそのそとゆっくり歩きながら、家々の扉を体に比べて小さな口で一生懸命かじっている。中の人間を狙うつもりに違いない。複数のアリたちが束になって、扉だけではなく、窓や支柱や壁をガリガリとかじっていた。未だに家の中に侵入することはできていないらしいが、それも時間の問題だろう。
(っていうか、街の人達……なんで、誰も騒がないの……?)

こんなに気味の悪い音が溢れている上に、これだけのアリたちが群れて自宅に噛みついているのだ。中に響いていないはずがない。不気味なくらいに、住人達の音がなく不自然だ。けれども考えている暇なんてない。飛びかかる虫数匹を棍をぐるりと回してはじき飛ばす。
どう考えたって、相性が悪い。


      いいかい、ちゃん。棍を使う上で、これを覚えておいた方がいい。棍というのはとても使いやすい武器だ。けれども剣や槍に比べたら、殺傷力は圧倒的に劣る。けれども人間なんて簡単に殺すことができるよ。急所をつけば、人間なんてもろいものなんだ。人間の急所は体の中心をまっすぐな線で引いた場所に集中している。何も俺は、君に殺せと言っている訳じゃない。反対だよ。そこだけは、決して狙ってはいけない。あっけなく、人は死ぬんだからね。

(……昆虫の場合、どうしたらいいんですかねさん……!)
そのときはなるほど、と思っての講義を聞いていたけれど、せめて応用としてモンスターの対処法くらい聞いておけばよかった。クイーンアントから逃げ出すように必死で足を動かしても、どこを見ても虫だからけだ。屋内に避難しようにも、どこの家もぴっちりと扉を閉めてしまっている。

力の限り、棍を虫の頭へと叩き落とした。ぐしゃりと嫌な手ごたえと共に、虫の頭がアルミカンのように簡単に潰れる。思わず唇を噛んで、瞳をしかめた。ぐるりと棍を上に回転させ、下からの勢いで別の虫を弾き飛ばす。「きりがないなぁ……!」
どうすればいいと瞳を眇めたまま、後ずさった。その瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。ぶちりと嫌な音が響き、持って行かれた肉をアリが地面でむしゃくしゃと咀嚼する。「い……っ」 痛い、なんて思うこともできない。ぐちゃぐちゃと嫌な音と口元で食べるアリを、ふらつきながら両方で棍をもちながら、垂直に叩き落とした。

そのまま棍にもたれかかり、私は長い息を吐き出した。苦しくて涙が出てきた。泣いていては死んでしまう、ということくらいは理解していた。動かないといけない。けどもう動きたくない。じくじくと血ばかりが溢れてくる。視界がかすむ。動かないといけない、と頭ばかりが叫んで、体が動いてくれない。それでも必死で棍にすがるように体を動かした。虫たちが足をバネにして、飛びかかる。これはまずい、とわかっているのに、のろのろと体がうごかない。

まずい、と目を瞑ろうとした瞬間、どこから飛んできたのか矢に、三匹の虫が家の壁に縫い閉じられた。

「おい、!」
「テッ……」

テッドが再び弓矢を向ける。虫たちが腹の真ん中を狙われ、わしゃわしゃと手足を動かした後に、ぱたりと倒れた。それを見届けた後、ふらりと倒れた私をが受け取る。そして左手で私の傷口を覆った。「待って、水の紋章を持ってるから」 やんわりと光が流れ込む。一気に呼吸が楽になった。を見上げると、彼はよく頑張った、というように私の背中をポンと叩いた。

「おい! 軽く触れる程度でも説明をしていただきたいもんなんだけどね!」
テッドが背中の矢筒から矢を取り出し、矢筈を弦につがえながら叫ぶ。が、「ハハハ、そうだね」と軽く笑った。彼らは一体なんの話をしているんだろう、と瞬きをすると、が私を背におぶった。「しっかり捕まっててね」と私の両腕を自分の首にまわさせる。「お、おい!?」とテッドが驚いたような声を出した。

は片手で私を押さえながら、もう片方の手で私の棍を拾い上げた。「テッド、余所見はいけないな」 さんが軽く腕を振りまわす。首と胴体の付け根を狙われた虫が、ピクリと痙攣一つで地面に沈んだ。

ちゃん。テッドに知られず、なんとかしようってのは、やっぱり無理だったみたいだ。このクイーンアントは世界の食い違いを修正するためにやって来たんだ。テッド、今きみはこの街から去って行こうとした。けれども本当なら、きみはまだ暫くこの街にいなくちゃいけないんだ」

テッドが去って行こうとした。そのの台詞に、私はぎょっとテッドを見つめた。テッドは不可解な表情をしたまま、私と目が合うと、気まずげに目線を逸らし、弓をひいた。しゅんっと矢が飛び、また一匹の虫が倒れる。

「クイーンアントは真の紋章の力を持たなければ、倒すことができない。だから世界がきみに紋章を使わすようにしたいんだ。ここで紋章を使ってしまえば、きみは帝国軍に捕まる。そうすれば元の流れに沿うだろう」
「おい、お前、前々から変な奴だと思ってたけどさ、まさか本当に変なやつだったのか?」
「かもね」

テッドの冗談を、は軽く受け流した。「俺とちゃんは、別の世界から来たんだよ」 ぎょっとしたように、テッドが弓矢を外した。はケラケラ笑いながら、「……なんて言ったら信じる?」「冗談かよ」「さあね」

、テッドをあんまりからかわないでよ」 少しだけむっとした雰囲気をテッドが醸し出している。は肩をすくめた。

     なんにせよ、別に俺はここで君に紋章を使ってもらっても、全然構わないんだ。けど、街の人間に被害が出るのはちょっと困る。仮にもここは、俺が育った街な訳だし」
「なんだ、お前、この街出身だったのか」
「まあね」

意外気なテッドの言葉に、は含みを持たせて笑った。「だから、手伝って欲しい」 ちゃんも、あれだけ打ち合わせしたってのに、破っちゃってごめん。と彼は殊勝な態度でうなだれた。別に、それは全然問題ない。まさかこんなことになるだなんて、誰にもわからなかったはずだ。

「あのなあ」とテッドが呆れたような口調でため息をついた。その間にも、ひゅんひゅん弓矢を飛ばす。そろそろ矢筒に入っている矢の量が減ってきている。

「お前に言われなくても、俺はこの街が結構気にいってるんだ。全部終わったら、さっきみたいな冗談はなしだからな。洗いざらい白状させてやるよ」
「うん、わかった」
もな」
「う、うん」
「でも条件が一つある」
「何でもどうぞ。お金以外なら、何でもいいよ」
「こんなときまで冗談言ってる場合か」

テッドはなくなった矢の代わりに、腰元から短剣を取り出した、弓矢は器用に腰へとくくりつける。じろっとを睨んだ。
「お前の背中にいるお坊ちゃん、こっちによこせ。俺が背負う」




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2011.05.01