*流血注意


23 story
世界を越えるか



「もうなんつーの。意味わっかんねってのはもう百回くらい思った。ありえねーだろ。なんでがソウルイーターを持ってんだよ。それでなんでも持ってんだよ。もう、夢見てるんじゃねえのって感じだよ。アホか。アホだな」

ありえねぇ、とテッドがもう一度呟いた。ひょいひょいと身軽に屋根の上をとび乗る彼から滑り落ちそうになり、慌てて彼の背中にくっついた。テッドが一瞬言葉を止めて、「あんまりくっつくなよ」と小さく声を漏らした。なのでおっと、と両手を緩めると、暫くした後で、「やっぱ危ないから、ちゃんとくっついとけ」 
うん、と頷いた。
ひょいっとテッドが器用なバランス感覚で、隣の屋根へと飛び移る。
不快な金属音は未だに響いていた。



■■■



      さて。結論から言うと、テッド、君一人の力じゃ、クイーンアントは倒すことができない。君が気づいているかどうかはしらないけれど、きみのソウルイーターの力は三分の一に落ちている」

思い当たる節があるのか、テッドはふと、顔をしかめた。彼一人で事態が収まるのなら、彼一人に頑張ってもらいたいところだった。彼が帝国兵に捕まってしまった後、こっそりと浸入するのも、こちらの展開の方が容易い。

「俺のソウルイーターを使えっていいたいところなんだけど、残念ながら今現在、俺のソウルイーターは街の住民たちを眠らせることに使用中だ」

だからそれはできない、と俺は首を振った。けれどもソウルイーターは、この場に二つだけではない。テッドの背中に背負われている彼女に、俺は視線を向ける。「だから、ちゃん。君のソウルイーターと、テッドのソウルイーターを合わせるんだ。そして本体であるクイーンアントを時空の穴に落っことしてやってくれ」

「俺は多分、そっちに行っても何の役にも立たないからさ。せめてもってことで、ここら辺にいるアリ達をなんとかするよ。屋根の上なら、さすがにアリたちもいないだろ。ささっ、俺にかまわず行ってくれよ」






多少格好をつけすぎたかな、と、今更ながらに少しだけ後悔してきた。さすがに俺にかまわず行ってくれってのは、ちょっと恥ずかしかったか。ちゃんに貸してもらった棍を片手でぶんと振るう。
     おい
ちゃんを背中に抱えたまま、俺を不安げに視線を向けたテッドを思い出した。さっさと行きなよ、と言う意味を込めて、おじいちゃんには重労働かな? と皮肉な台詞を向けてみた。彼はアホか、と眉をひそめた後、積み上がった木箱を段にして、するすると屋根の上に登って行く。『無茶すんなよ』

ふと、テッドは屋根の上から俺を見下ろした。その背中では、うわっテッド落ちる! とちゃんが慌てたように声を出す。悪い悪い、とちゃんを抱え直したテッドを見て、俺はにやりと笑って片手をあげた。
無茶なんて



するに決まってるだろ。



面白いくらいに辺りに集まった虫たちは、いくらこっちへ向かおうとも、体を粉々にされることを理解したのか、じりじりと俺達から距離を保っていた。けれども俺が一人になった途端、今が好機とばかりに彼らは飛びかかる。俺は瞳を瞑った。右手を額へと合わせる。(    踊る火炎)

額が燃えるように熱い。飛び散った炎にあぶられた虫たちは消し炭すらも残さず消え去る。
俺の周囲から炎上に消えた虫を確認して、ポリポリと首筋をひっかく。「あのさぁ」

「君たちに言葉を並べても、まったくもって意味が分からないんだろうなってことは分かってるんだけどさ。思わず言いたくなるじゃないか。俺はずっと、君たちの対策を考えていた」

踊る火炎      と、再びつっこんできた虫へと指を向ける。「話ぐらい、聞いてくれてもいいだろう」 今度は火力を調節したので、灰色の粉がはらはらと辺りに舞う。
彼らは、たとえ間接的と言えど、俺達の運命を変えた。あいつらさえどうにかすれば、いいんじゃないか。そう考えて、一人でクイーンアントを打ち倒す方法はないものかと、ずっと思考に明け暮れていた時期もあった。結局、無理だと悟った訳だが、それでも、次々とクイーンから生み出されるアントの兵隊をどうにかする方法くらいは、とっくの昔に気付いていた。彼らは火に弱い。そして数が多いだけで、一体一体の能力はとても低い。
      それでも、さすがに一人でそれに立ち向かうのは、骨が折れる作業だけど。

「正直、俺はお前らのことが好きじゃない。っていうか、嫌いだ。この世界の君たちが関係ないことは重々承知しているよ。けど、気に入らないものはしょうがない。正直八つ当たりってことは理解してる」

街に炎が燃えうつらないようにと、もう少し手加減をしなければいけないな、と意識を集中する。岩山の中とは違って、勝手が難しい。

「どんどん来てくれ。片っ端からぶっつぶす」



■■■



、クイーンアントは?」
「確か、私が見たときはこっちだったよ」

わかった、とテッドは頷き、スピードを上げた。さんに治してもらったおかげで、血が足りないので、少しだけふらふらすることを除いて、首元の傷はすっかりよくなった。けれどもさすがにテッドに背中からおろしてくれ、と言える自信はない。どんだけこっちに来て運動神経がよくなろうと、テッドみたいにひょんひょん屋根の上を飛び回るのはちょっと無理だ。滑ってころんでアリの餌になるのはかなり嫌だ。

路地を見下ろすと、先ほどまで家々に噛みついていたアリたちが、ぞわぞわと一部に集まりだしていることに気付いた。さっきまで私たちがいた場所だ。(     、大丈夫かな……) 思わず、ぎゅっとテッドにしがみつくと、テッドもアリたちの不可解な動きに気付いたのか、ふん、と軽く鼻を鳴らした。
なら、大丈夫だろ。あいつ、なんでも出来そうだし。それに出来ないことを出来るって言うやつじゃないだろ」

おお、となんだか嬉しくなった。
そうだね、と彼にひっつくと、「あ、あんまりくっつくなよ」とまた言われた。けれども放してしまえば、アリの中にまっさかさまだ。無理です、という意味を込めて、反対にぎゅっと力を入れてみた。「うおっ」とテッドが変な声を出して、足を踏み外した。「ぎゃー!」と二人一緒に叫びながら、ほうほうの体でバランスを取りなおす。危なかった。

はーっと、テッドがため息をついた後、「も、紋章、持ってたんだよな」 ふと呟いたテッドの言葉に、私は暫くの間の後、「うん」と頷いた。口元にテッドの肩周りに巻いている布がこすれた。「そうか」ともう一度彼は長いため息をついた後、「なんだかホントに、悪い夢みたいだなぁ」とぼんやりとした声を漏らした。

「お、怒ってる? なんでさっさと言わなかったんだとかさ」
正直、確認するのはこわいけれど、確認しない方がもっと怖い。テッドはほんの少しだけ戸惑ったようだった。けれども結局、呟いた。
「言えないだろ、言えねーって、絶対。お互い様だろ」
俺、お前に紋章のこと、言ったはいいけど、逃げようとしたしさ。

だからお互い様だ。

そうかな、と思う。私とテッドとでは事情が違う。けれども、そういう風に思えるところが、(テッドのいいところなんだろうな……)



ぎぎぎぎ、がしゃ、がちゃ、ぎぃ

まるで耳元で響いているような爆音だった。クイーンアントは背中の羽根をこすり合わせながら、空に向かい咆哮する。何を叫んでいるのかは、背中の羽根の音にかき消され、まったくもって分からない。が街中の人間を眠らせなければ、随分な騒ぎになっていただろう。
「テッド、降りるよ」「おう」

テッドの背中から私は降り、彼と二人でクイーンアントをじっと観察した。あんまり時間はかけられない。をいつまでも一人にしておく訳にはいかない。「、冥府を使うには、ある程度の距離に近づかなきゃいけない。あとお前、紋章使ったことあるのか?」「な、ない」「よし、だったら俺に合わせろ」
うん、と私は大きく頷いた。「飛び降りるぞ」 テッドの掛け声と同時に、私たちは屋根から飛び降りた。

クイーンアントの周りには、多少数が減ったものの、アリたちがぎしゃぎしゃと顎を動かしている。私はあらかじめテッドから借りていた予備のナイフを胸に抱えて、テッドの後ろを走った。彼も慣れた手つきで短剣を振りまわし、甲殻の継ぎ目を狙いながらくるくると皮をむくように、着実にクイーンアントへと近づく。

クイーンアントは私たちに気付いたのか、奏でる金属音の勢いを増す。音の壁に打たれているようだ。鼓膜がぎんぎんと響いているように錯覚する。ただその音に勢いをそがれたのは私たちだけではなかった。アリたちもぶるりと体を震わせ、苦しそうに身悶えさせる。「にんげん……ごはん……いただくぅ……」 何故だか、彼女の声だけが、耳の中にはっきりと聞こえた。食糧扱いなんだ、と思うと、なぜかムッとした。
ふざけないでくださいよ、と体を進ませる。アリにかまう必要なんてない。テッドが、クイーンアントへと短剣を投げつけた。カキンッと彼女が節足で軽くはじく。一体どれだけ近寄ればいいのか。彼女はただ待っているだけではなかった。そのわじゃわじゃとした複数本の足をなめらかな動きで動かしながら、私たちへと突っ込んでくる。

あっと言う間だった。太い足をこちらに振りおろす彼女が見える。私は思わず、テッドを後ろから引っ張った。その瞬間、私のお腹に、一本の足がつきささっていた。後ろにも通り抜けている。こりゃあすごい、と場違いにも感動した。じわじわと血が服にしみていく。「ッ!」 気づけば、金属音が鳴りやんでいた。テッドが私の体に覆いかぶさった。彼は真っ青な顔をしていた。
テッドの間から覗いた彼女が、にんまりと幸せそうに笑っている。まるで口紅をつけたような唇を、ああんと大きく開けた。ぬめぬめとした口腔の中で真っ赤な下がぬるりと踊る。そして彼女は、多分こう言った。


イ タ ダ キ マ ス

(あっ、食べられる)
テッドが、食べられる。


いつの間にか、空が白んでいた。うっすらとした白い月を最後に、僅かに右手が瞬いた。









ふと彼は、空を見上げた。どうやら気づけば夜が明けてしまっていたらしい。
煤けた頬をさすり、やりすぎたかな、と多少の後悔をする。そして増え続けていたアリがぴたりと消えてしまったことに、安堵した。彼らがなんとかしてくれたに違いない。さて、これからどうするか。最初の計画は全て崩れた。全部考え直しだ。「あっははは」
正直、笑えるような状況なはずがない。けれども何故か彼は、腹をかかえて笑っていた。
(これだけ思いっきりやったのも、久しぶりだな)

煤だらけの道をざくざくと足跡をつけながら、彼はふらふらと歩いた。「ぼっちゃーん!」 ふいに聞こえた、聞きなれた声に彼は振り返った。「グレミ     」おっと、と彼は口を閉じる。
この坊ちゃんは、自分のことではない。彼女のことだ。きちんとした女性であるのに、その名称とは毎回申し訳ない思いにかられる。さすがに、ここから先ずっと男性と扱われるなんて、元凶が自分であるとは言えひどすぎる。なんとかしないとな、と考えた後に、(まあテッドがいるし、問題ないか)と彼は噴出した。

グレミオは金髪の頭を振り乱しながら、こちらに駆ける。「ひゃあ! なんですかこの煤は! 誰かが焚き火でもしたんですか!?」「うーん、焚き火は無理だと思うよ? グレミオさん」 どうかんがえたって量がおかしい。犯人はくすりと笑いながら、辺りを見回した。
するとグレミオは、少しだけ不思議そうな顔をした。

「グレミオさん? 坊ちゃん、何を言っているんですか?」
「何をって……ん?」
「それにしても坊ちゃん! 今まで一体どこに行っていたんですか! もう坊ちゃん達がいつまで経っても帰ってこないから、グレミオは心配で心配で夜通し探して……探して……あれ、夜通しでしたっけ?」
あれれ? とグレミオが首を傾げる。きっと夜の間は彼の紋章に眠らされていたんだろう。まあいいか、と頷きながら、「駄目じゃないですか! もう!」

彼は、はグレミオを見つめたまま何度も瞳を瞬かせた。そして、「ああ、そうか。なるほど」と瞳をまんまるく開けたまま、呟いた。「最終手段、使われちゃったのか」

彼は全てを理解した。
そしてへたり込んだ。
彼は、これで目的を達成した。長い時間の苦労が報われた。「坊ちゃん、こんなところで座りこんで! 服が灰だらけになってしまいますよ」とグレミオがぎょっとする。

いいんだ。と彼は呟いた。そしてただ、嬉しくて自分自身を抱きしめた。どれだけ感謝の言葉を並べても足りない。報われた。両手で顔を覆う。坊ちゃん? とグレミオが不思議気に呟いた。いいんだ。

俺は今、とっても幸せだから、いいんだ。


「それにしても坊ちゃん、様の姿が見えませんど、一体どこに? 坊ちゃんと一緒じゃ……なかったんですか?」







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クイーンアントの弱点は土と水で、あかへいたいありの弱点はありません。
大嘘ぶっこいてます、すみません。

2011.05.02