24 story
ペンギン達は勝利した



時空の中をさまよっていた。


(テッド、この紋章を受け取りなさい。そして約束しておくれ。必ずこの紋章を守っていくんだよ)
過去の記憶が俺に語りかける。そうだ、そうやって、おじいちゃんは俺に紋章を託したんだ。おじいちゃんが俺の手をぎゅと握りしめている。それなのに俺は彼の顔を思い出すことができない。もうずっとずっと昔のことだからだ。何度も何度も思い返したことなのに、少しずつ忘れていく。それがとても悲しくて悔しかった。

(おにいちゃん……)
誰のことだろう。俺に兄はいない。けれども小さな頃、くじけそうになる度に、彼のことを思い出していた。強い子になりなさい。そう、おねえさんに言われた。あれは誰だったんだろう。何でぼくを一緒に連れて行ってくれなかったんだろう。初めて野宿をした日、ぼろぼろと泣きながら草木の中で眠った。一人で生きていく術は、おじいちゃんに教わっていた。けれども食べ物に困って、腹を抱えながら歩き続ける日々もあった。誰かにだまされることもあった。

俺が、“ぼく”から“おれ”に変わったとき、自分が周りの人間と違うことを知った。

体がまったく成長をしない。いくら大人と言える年齢になろうとも、俺はずっと子どものままだった。いいや、実際はほんの少しずつ成長していたらしい。他人にもわからない程度の微々たる差だ。そして俺の右手は、多くの人間の魂をかすめ取った。


     真の紋章という言葉がある。


ソウルイーターが、そう呼ばれるものだということは知っていた。けれども、知っていただけだ。それがどういう意味なのか、どういう力を持つのかさえ、自分は知らなかった。
親切にしてくれた人間が死んだ。
好きだった人間が死んだ。
嫌いな人間も殺してしまった。


もう疲れていた。
普通の人間の寿命の倍近くを生きた。いつの間にか俺は言葉を話せなくなっていた。他人と触れ合うことが怖い。喉から溢れる声は震え、か細い。紋章を他人へと任せてしまったことがある。そうすれば楽になれる。大切に大切に保管してやる。あの不思議な舟の持ち主の言葉に踊らされた。けれどもそれは間違いだった。
出会ったのは、赤ハチマキの双刀を持つ、俺と同じ境遇を持つはずの青年だ。
俺は紋章を取り返し、暫く彼の舟に居座ることにした。


『テッドはさあ、これからどうするの?』

彼はもぐりと饅頭を口にしながら、海を見つめた。まっすぐな地平線がずっと広がっている。彼の赤いハチマキが、はたはたと揺れた。シリアスな顔をしているが、こいつはきっと、今日の饅頭ウメーサイコーとか馬鹿なことを考えているんだろうな、と釣竿を振る。こいつの思考が分かるようになってしまった自分に泣けてくる。慣れ合いなんてするつもりはないんだ。

『なんだよ。あっちに行けよ。ここで饅頭喰うなよ』
『俺さあ、不思議に思ったんだけどさぁ』
『聞けよ。饅頭喰い続けんな。お前子どもの頃、人の話を聞きませんって注意されたクチだろ』

あっちに行けよ、と、もう一度強めに否定した。もぐもぐもぐ、と彼が饅頭を咀嚼する音が聞こえる。きつく言いすぎたか、と少しだけ後悔した。けど気にせず釣りを続けることにした。無視だ、無視。
もぐもぐもぐ。
いつまで経っても、後ろの男は饅頭を喰い続けている。
もぐもぐもぐ。

『お前いい加減にしろよ、いつまで饅頭喰ってんだよ!?』
『おっと、これはおやつ用のおまんじゅうだった』
『おやつじゃなきゃなんなんだよ! まさかお前昼が饅頭でおやつも饅頭で晩御飯も饅頭か!? どんだけ好きなんだよいい加減にしろよ突っ込みどころ満載すぎだろ!』
『あはは、久しぶりにテッドが長い文章しゃべったね』
『人の話を、き、け!!!』

あいつは人お話を聞かない奴だった。決めたらとことん突っ走るし、何かにぶつかっても、それ自体を笑って流せる人間だった。は口いっぱいに饅頭をつめこみながら、『だからさぁ、テッドってどうするの? 前に隠された村で、ひっそり紋章を守ってたって言ってたでしょ。っていうことは、君のおじいさんは紋章を抑える術を持ってたって訳だ。じゃなきゃあ君が生きてるはずがない。孫なんて可愛い存在はソウルイーターにまっさきに喰われるにきまってるもの』

余計なことを言ってしまったな、と俺は舌打ちした。あまりにもこいつが鬱陶しかったから、前にぽろりとこぼしてしまったのだ。

『だから別にさ、そんな人を避ける必要はないんじゃないかなぁ』
『お前、小さいころ、人に言われたくないことをズバッと言う子ですって注意されたろ』
『言われてないよー』
『ばーか』
『俺はテッドほど紋章と付き合ってないけどさ、考えてもしょうがないし。気楽に行こうよ』
饅頭食べる?

いらねーよ。と俺は竿をひっぱり、魚に喰われてしまった餌を見てため息をついた。は俺に気にすることなく、座りこんで空を見上げていた。今日もいい天気だなぁ、とぼんやりと柱にもたれ掛かっているらしい。

     なんでこいつはそんなことが言えるのか。考えてもしょうがないだなんて、そんなの分かってる。けど、そんな風に割り切ることはできない。気楽に生きていく。そんなこと、俺に出来るだろうか。
(まあ、できないな)
きっと無理だ。
もう一度投げた釣竿の浮きが、ぷかりと海の上で漂っていた。




     俺は過去を見ているのだろうか。

舟から降りて、旅に出た。僕も連れて行ってくれよ、とあいつは言った。けれどもやはり殺してしまった。同じく真の紋章を持つ人間に出会うこともあった。いつの間にか、紋章を持っている奴らの中で、俺は長生きの方に分類されていた。いつまで生きていけるだろうか。

ぶらりと立ち寄った街が戦火に焼かれてしまった。燃えた宿屋と、自分の荷物を見てぼんやりとしていたとき、彼に出会った。うちに来ないか。そう誘われた。



記憶の中で、緑と紫のバンダナをした少年が、ゲラゲラと笑っている。グレミオさんが、彼を呼んだ。「坊ちゃん」
あれ、坊ちゃんって、お前だったっけ。おかしいな、別のやつじゃなかったっけ。どんどんと風景が映り替わり、進んでいく。俺はその場にいないのに、まるでいるような気分になる。俺は座りこみ、彼を見つめた。

彼は街を追われ、雨の中走り去った。赤い棍を振りまわしながらモンスターと戦った。鎧を着込んだ兵士を向かい合い、一つ一つ勝ち星をあげていく。からくり仕掛けの人形を相手にして、エルフやドワーフ達と出会い、廃墟の村を歩く。
不思議なことに、彼の右手には、ソウルイーターがくっついていた。なんでだかわからない。彼は古城に、まっすぐと足を踏みしめ立ちあがった。多くの人間を前にして、その右腕を振り上げた。聴衆の割れんばかりの歓声や掛け声が、俺の耳朶を叩く。

      お前は一体誰なんだ?

まったくもって分からない。俺はこんな光景を見たことはない。分からない。
彼は竜の背にとび乗り、空を駆けた。キラキラと水晶のような花がしきつまる山の頂上で、何か大声を叫んでいた。ただ苦しげに表情をゆがめていた。
(お前、一体何が苦しいんだ?)

彼と、その風景以外がぼんやりとかすんで、彼が何を見ているのかよく分からない。けれどもおかしい。(見覚えがある) そうだ、この水晶のような山だけ、俺は知っている。
      テッド……!」

彼が、唐突に叫んだ。何かを、彼は抱きかかえていた。それはどこかで見た覚えのある人間だ。茶色い髪をしていて、どこか幼い。全身をすっぽり覆う青い服に、茶色い手袋。
「死ぬな……! 俺は、お前にまだ、紋章を返していないじゃないか……!」

ぽたりと、暖かいものが俺のほっぺたにこぼれ落ちた。俺が泣いている訳じゃない。彼が泣いている。彼が、俺に向かって、ぼろぼろと涙をこぼしている。
(そうか……)

ああそうか、と俺は全部を理解した。そうか、そうか、と胸の中のつっかえが、ふっとどこかに消えていく。お前、泣くなよ。やめてくれよ。俺はちっとも苦しくなかったし、悲しくなんかもなかった。どちらかと言えば、幸せだったんだ。一番最期に親友を守ることができて、本当に、心の底から嬉しかったんだ。俺の三百年間は、無駄じゃなかったんだよと、やっと理解できたんだ。俺はやっと気楽に、気楽に      死ねると思ったんだ。


ふと、体が浮き上がった。そうだ、あっちに行けばいい。あっちに行けば、もう全部終わるんだ。泣くなよ、泣くなよ坊ちゃん。おい親友、泣くなよ、ほら。お前はもう立ち上がったじゃないか。そうだ、彼はまっすぐに進み続けている。
もう、俺はいくよ。
あとは簡単だった。ただ重力にまかせて、ふわりと浮きあがってしまえばよかったんだ。でも何かが、暖かい何かが俺を邪魔した。ぐっと何かが俺の腹を掴んでいた。なんだろう、と俺は自分の腹へと手を伸ばした。
小さな、女の子の手のひらだった。


俺は、彼女とぎゅっと手のひらを合わせた。
、俺、死んだんだな」



気づいたら、そこは知らない場所だった。机に絨毯、ベッドに窓。誰かの部屋の中だろうか。
がぎゅっと俺の腹にしがみついて、俺はやんわりと彼女の手のひらを親指でなでた。そしてその瞬間、慌ててをひっぺがした後、彼女の腹にピタリと手のひらを当てる。暖かい。
ほっとしたのもつかの間、が「ギャー!!! どこ触ってるんじゃー!」と力強く叫びながら、俺の顎へと蹴りを入れる。「ゲフッ」 見事にヒットした。ふらふらと視界が揺れた後、「どこって、お前、怪我してただろ……ゲフッ」 ただそれを確認しようとしただけなのに。

は俺に蹴りを出した体勢のまま、はたと目を丸くした。そして恐る恐る、自分の腹へと手を当てた。真っ青な顔が、次第に元に戻ってきて、「あれ、治ってる。ら、らっきー……!」「そういう問題か」

さっきまでクイーンアントと死闘を繰り広げていたというのに、このまったり感はなんだろう。俺はハー、と安心のあまり、がばりとを抱きしめた。のでこを、無理やり俺の肩にくっつけた。ひいー! とが思いっきり叫んでいたけれども、あんまり気にしない。死ぬかと思ったんだ。本当にいなくなってしまうかと思ったんだ。心配した。ものすごく、心配したんだ。

ばたばた暴れるを無理やり押さえ込んだまま、俺はもう一回部屋の中を見回した。さてここは、一体どこなんだろう。


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2011.05.02