25 story
ペンギン達の終わり方
そこは私の部屋だった。
「目が見えない……」
とりあえず、一番に気付いたことはそれだった。とは言っても、別に深刻なレベルではなく、視界がうっすらとぼんやりしている。まるで唐突に目が悪くなったみたいだ。というか、それだ。「……め、めがねめがね……」 とか言いながら、ベッドの端に置いている眼鏡をしゃきんと装着する。おお懐かしいなあー、とにこにこした後、ハッとした。「ここ私の部屋ですよ!?」「知らんがな」
テッドが呆れたような顔をして、私の部屋のクッションをもふもふと手で押していた。ちょっとやめてくださいよ。
さて、話をまとめてみよう。
どうやらテッドは、何かを見てきてしまったらしい。自分が死んだということ。のこと。全部を『思い出した』
いや、正確に言えば、『知った』と言った方がいいのかもしれない。私が本当は・マクドールではなく、ただのだということ。別の世界から来た人間だと言うこと。そして、どうやら私たちは、世界を越えて別の世界に、いや、私にとっては元の世界に戻ってきてしまったということ。
お互い向かい合い、少しずつ整理をしていった。テッドは静かな顔をして、腕を組み、「そうか、わかった」と頷いた。彼の隣には、さすがに自室では、と脱いでもらった靴が二足、ころりと転がっている。疑わないのか、と恐る恐る訊いてみると、彼は少しだけ困った顔をした。
「一応……俺も長く生きてきた訳だから、百万世界くらい知ってるさ。というか、俺自身関わったことだってあるし……竜は異世界の生き物だってされてるだろ? それに異世界をつなぐ紋章だってあるさ。蒼き門の紋章なんてその典型だ。まさかソウルイーターがそうだなんて思わなかったけど」
まあ、おとぎ話から考えると、全部の紋章は同じようにして生まれたんだから、同じような力があっても、あんまり不思議はないかな、と深いため息をついていた。なるほど、長く生きれば順応力が増すらしい。これは結構尊敬した。
そして私の視力が悪くなってしまっているということは、私は元の私に戻ったということだと思う。前みたいにと同じように棍を使うなんてことは出来なくなっているに違いない。私のお腹の傷が治ったのも、・マクドールという立場から、に戻ったから。あっちの私とこっちの私の関係がちぎれたとき、一緒に傷も置いてきてしまったのだ。ありがたい話だ。
「っていうか、。俺よりお前だよ。お前の故郷に戻ってきちゃったんだろ? どうすんだよ」
「そうなんだよねえ」
数ヵ月ぶりの我が自室は、思ったほど埃がたまっている訳でもなく、流れた時間を彷彿とはさせなかった。いいや、と窓を開けて、外気を肌で感じてみると、自分があっちの世界に行ってしまったときとまったく同じ季節な気がした。念のためとリビングまで降りて確認してみたが、テーブルの上には、「お父さんと親戚の結婚式に出かけてきます。お留守番よろしくね」と懐かしい母の文字が冷蔵庫にマグネットつきで張られている。あの時と同じだ(つまり、まったく時間が流れてないってことだ)
きっと、今すぐ何事もないふりをしていれば、ほんのしばらくは元の生活に戻れる気がする。でもなあ、と私は手元のクッションをテッドへと投げつけた。「多分もう、無理だと思う。私、この世界じゃ暮らせない気がするなぁ……」もしそうだったのなら、があんなに申し訳なさそうな表情をする訳がない。それに、と私は右手をなでた。「これ、もらっちゃったしなぁ」
異世界だから、不老の呪いだなんて関係ない。そう考えるのはただの楽観視だと思う。私はなんとも言えない気分で、のソウルイーターよりも若干薄い、自分の死神を見つめた。テッドはハッとしたように私の右手を取って、「俺がもらう。元は俺の紋章だ」「ええ、嫌だよー」
なんでだよ、とテッドが噛みついた。
「これさえなきゃ、今まで通り暮らしてける」
「だって、が言ってたじゃない。ソウルイーターを三分の一にしたから、力も三分の一で、その分、呪いも三分の一なんだよって」
テッドに渡したら、その分テッドとの呪いが重くなってしまう。テッドは私の顔を見て、表情をゆがめた。そして私の右手を握りしめたまま、がっくりと頭を落とし、肩を震わせた。「俺、自分自身が、情けない……」 声が震えている。
まあいいじゃないの、と私は彼の背中をなでた。おそらく、この世界に来たとは言え、それは一時的なことのような気がする。今日ぐっすり寝て、お母さんとお父さんが帰ってくるころには、私は別の世界に還っているんだと思う。しょうがないじゃないか。自分が選択したことではないと言え、大丈夫。満足している。納得もしている。テッドは死んでいない。
私は縮こまった彼を撫でて、あっと気付いた。そうか、と彼の肩へと、両手を移動させ、「テッド!」と声をかける。テッドはぎょっとしたように私を見た。「テッドは、助かったんだよ!」「はあ?」
意味が分からない、というようにテッドは瞬きを繰り返す。けれども私は勝手に笑ってしまう口元を押さえることができなかった。嬉しい。どうしよう。
「が、テッドは何度繰り返しても同じ場所で、同じように死ぬって言ってた。けど、テッドは今、こっちの世界にいるんだよ。同じようになんて絶対死ねない。そっか、が、最終手段ならあるって言ってたけど、このことだったんだよ!」
いや、喜ぶのはまだ早いかもしれない。あっちの世界に戻ったとき、テッドが死んだ時間よりも後で、解放戦争が終わるくらいに戻れることができれば完璧だ。それはもう、運の問題になってしまうかもしれない。でもきっと大丈夫だ。なんてったって、呪いは三分の一なんだから。
やったねぇ、と私は彼の頭をなでた。テッドは呆然とした表情で、両の拳を膝の上に置き、握りしめる。そして長い息をついた。「お前ら、勘違いしてるよ。俺、満足だったんだよ。死ねて、満足で、が泣いてるのは、少しだけ気がかりだったけど、あいつなら大丈夫だって。寂しい訳じゃなかった。苦しくもなかった。俺は、大丈夫だったのに、それなのに」
「さっさと諦めてくれてよかったんだ」
テッドは、ぽつりと言葉を漏らした。私は両手を絨毯の上に這わせながら、のそのそとテッドに近づいた。そして、最初にこっちの世界に戻って来たとき、テッドが私にしたように、よっこいしょとテッドの頭を肩につけて、抱きしめた。やめろよ、なにすんだよ。テッドならそう言うのかな、と思っていたけれど、案外彼は無抵抗で、想像以上に弱っていた。
テッドの短い髪の毛が、ほっぺたに触る。案外ふわふわと柔らかくて、男の人の匂いがする。暖かくて、テッドの息で肩がこそばしい。よしよし、と彼の頭をなでる。
「私は、テッドが生きててくれて、よかったよ。テッドだって、本当は嬉しいんだよ。でも、親友ににばっかり辛い想いをさせちゃったって、それで苦しいんだよね」 返事はない。でも、きっとそうだ。なんとなくわかる。
自分ばっかり、こんなに幸せになっていいのかと、彼は幸せに慣れていなくって、他人のことを考えて、友達思いの優しい人なのだ。
「テッド、ちょっとくらい、甘えたっていいんだよ。テッドは真面目すぎて、優しすぎるんだよ。あとで二人でにお礼を言いに行こうね。ありがとうって、言いに行こう」
テッドはとても静かに、俺はそんな人間じゃないよ、と呟いた。私は彼の頭を何度も撫でた。「俺は、お前が思っているように、いい人間なんかじゃないし、悪いこともいっぱいしたし、駄目な奴なんだ」 テッドが、一言一言を区切って語気を強めた。「そうなの?」と私が訊くと、彼はぎゅっと私の腰に手をまわして、うんと頷いた。「一度甘えたら、ずっと制限なく甘える。駄目なんだよ、俺は。もう勘弁してくれよ」
何を勘弁しろと言うのか。私はおもわず噴出した。そして、「思いっきり甘えてくれたらいいのに」 そしたらきっと、嬉しくなる。
テッドが、ふと私の肩から顔をあげた。眉にぎゅっと力を入れて、眉間に皺が出来ている。
「じゃあお前、俺が一緒に生きてくれって言ったら、頷いてくれんのかよ」
彼はじっと私の目を見つめた。そしてその後、「ごめんやっぱなんでもない。なしなし」と慌てたように顔を背けて、パタパタと手を振った。そしてそっと後ろに逃げて行こうとした。「いいよ」 私は彼の手を引っ張る。「 いいよ!」
心臓がどきどきした。顔が真っ赤になっていて、耳が熱い気がする。テッドはゆっくりと、瞳だけ私を見た。そして一度、口元を震わせながら笑った。そして表情をくしゃっとさせた。テッドがおもむろに右手で私のほっぺたをなでた。手袋の感触がごわごわするな、と思ったら、彼は左手で手袋を外した。彼の右手を、初めて見たかもしれない。そして落ちた私の髪の毛を、右手でかきあげた。こそばしいなぁ、と思わず笑って目を瞑ると、ちゅっと唇に何かが触れた。
叫ぶこともできずに、思いっきりテッドを弾き飛ばすと、ほんの少し照れた顔のテッドが、口元を手のひらで覆っている。喉から声が出ずに、パクパクと口元を動かしていると、目線を逸らしていたテッドが、こちらを向いて、またのっそりと近づいてきた。
「近い!!」 あとほんの数センチのところで、テッドの顎をを思いっきり掌底で弾き飛ばす。「ぐへっ」とテッドは情けない声を出して、ごろごろと絨毯の上を転がった。暫くした後、「お前ねーよマジねーよ、思いっきり舌噛んだろうが!!」「どう考えたって流れの意味が分からない!」
はあー? とテッドは不満げに首を傾げ、口元をひんまげた。なんだ、この可愛くない表情は。
「今のはどう考えたってそういう意味だろ、オッケーって言ったじゃん! 目ぇ瞑ったじゃん!」
「言ってないよ、目が瞑ったらってどんだけ早とちりなんですか、このうっかりくんめ!」
「すみませんねぇうっかりで! こちとらこういう経験ゼロですんで、てっきりゴーサインかと思っちゃいましたよ!」
「300歳なのにね!」
「300歳だけどな!」
何が面白いのか、はっはっはっはー! とテッドが笑った。どちらかと言うと泣き笑いだった。よしよし、と頭をなでると、テッドはぐううっと口の端をあげて苦笑いした後、私の腰を引き寄せた。ひえっと変な声を出してしまった後、ふらふらと視線を迷わせた。そしてえいと彼のほっぺたにキスをした。そしたらテッドがぎょっとして自分の頬に手を置いた。嬉しいけれど泣きだしそうな、そんな顔をして、私に顔を近づけた。あと数センチのところでピタリと固まり、何度か息をした後、ゆっくりとキスをした。
それと同じくらいゆっくりと唇をはなした後、お互いぼんやりと、なんとも話しずらい空気で目線を逸らす。「あれ」 ふと、テッドがほんの少し赤くなった顔のまま、私を見た。「、お前、女だったっけ」「お、女だよ!?」 っていうか今更!?
「おおお女じゃなかったら、なんでその、き……キスしちゃったんですかねぇ!?」
「いやそれは……もうなら、なんでもいいかなー、みたいな……」
俺もう、なんかこの頃よくわかんなくなってきたんだよ……と泣き出しそうな声を出したテッドが、なんだか可哀そうに見えてきたので、よしよし、ともう一回頭をなでると、彼は両手でおもいっきり私を閉じ止めた。胸板にガツリと鼻がぶつかる。痛い。
テッドは何度か私の背中をぎゅっぎゅと抱きしめた後、私の頭の上に顎を乗せた。そして「あー、でも、が女でほんとよかった」と深い深いため息をついた。ほんの少し、笑ってしまった。
その日、彼と一緒に私の家で晩御飯を食べた。いつもと同じように過ごして、少しだけ部屋の掃除をして、ベッドに入って眠った。テッドの布団は、残念ながら私の部屋にはなかったので、お父さんの部屋からひっぱってきて、私のベッドの横に敷いた。
帰って来たとき、お父さんとお母さんはびっくりしてしまうかもしれない。
ゆっくりと眠くなる。私はベッドの端から手をおろして、テッドと一緒に手をつないで眠った。多分今日が、この世界の最後の日なのだ。あんまり怖くはない。手のひらが暖かい。
おやすみなさい
さて、ここにほんの少しの、エピローグを書こうと思う。
俺はふと、後ろを振り返った。隣のグレミオが、「坊ちゃん、やはり戻りますか?」と荷物を抱え直して俺に問いかける。いいや、と俺は首を振った。俺がすべきことは、全て終わった。争いは幕を閉じ、後世にまで語り継がれることになることは、自分の経験から知っている。もう俺が世界繰り返すことはない。オデッサは死に、父も死んだ。けれども。俺は息を吸い込んだ。
前に進もう。
今頃レパント達は、自分がいなくなっていると気付く頃だろうか。
幼い頃にした悪戯を思い出した。こっそりとどこかに隠れて、グレミオを困らせてやろうとしたのだ。見つかったとき、叱られる代わりに思いっきりグレミオに泣かれた。心配した、と泣きつかれた。そして俺のたわいない悪戯を知った父に力の限り怒られて、頭にタンコブが出来た。結局それにこりて、そんなたちの悪い悪戯はやめることにしたのだ。頭に出来たタンコブは痛かったけれど、それ以上に色々と堪えた。
「それにしても、様はどこに行ったんでしょうねぇ……」
グレミオが、心配気な声で、ざくりと地面を踏みしめる。俺はほんの少し苦笑した。「元気でいるさ」「でもグレミオは心配で心配で」「大丈夫だよ。なんてったって、俺の妹だから」
・マクドール。
・マクドールの妹。そう、彼女があちらの世界に戻ってしまったとき、俺の代わりの存在となっていた彼女がいなくなってしまった。だからこそ俺は元のマクドール家の坊ちゃんへと戻ってしまったのだが、ソウルイーターを持つ彼女と、この世界の繋がりが完全に途切れてしまった訳ではない。けれども、マクドール家の嫡男の役目は俺がしっかりとはたしてしまった。だったら、どうするか?
世界とは、自分の中で折り合いをつけることがとても上手いらしい。
ちゃんの兄妹なの?
あの日、ソウルイーターの中にいた彼に問いかけた言葉だ。学ランというものを着た彼は、いいや俺は「いいねそれ、採用!」と面白げに笑っていたのを思い出した。
まさか本当にそうなってしまうとはな、と自分自身に驚く。
「まあ、ちゃんはあれじゃないかな。今頃テッドと仲良くしてるさ」
「テッドくんと? な、なんでですか? 確かにテッドくんもどこかに行ってしまいましたけれど!」
「なんでですかってアレだよ。男と女が一緒に消えるだなんて、一つしかないじゃない」
まあ本当は別にそう言う訳ではないけれど、グレミオをからかってみた。グレミオは面白いくらいに顔を真っ青にして、「ひえー!! ああでもテッドくんなら……! でも駄目ですまだまだお嬢さんには早すぎますー!!」と頭を抱えている。
予想以上のグレミオの反応には笑ってしまったが、そこまで間違いという訳ではないだろうから、否定しないでおくことにした。今度会ったときのために、あらかじめ心の準備をしてもらっていた方がいいだろう。
さて、どこに向かおうか。
俺はふと、右手を見つめた。そしてにんまりとほほ笑む。どうやら彼らは還ってきたらしい。「グレミオ、いいことを教えてあげよう」 なんですかぁ……と、未だにショックが抜けていないらしい彼が、しょんぼりとした顔で俺を見る。
「実は俺、あいつらがどこにいるか、なんとなくわかるんだ」
「えっ……」
「これは……バナーの村くらいかな。目指すは北だぞグレミオ。しゃきしゃき歩くぞー!」
「えええっ、わかるならなんでもっと早くに言ってくれなかったんですかー!?」
グレミオの文句を聞こえないふりをして、俺は歩いた。
はやく彼らに会いたい。
みんなで、笑いあいたい。
2011.05.03
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