閉め出された。


第31話  ご主人様再び。




「おいお前散歩に行ってくるかいや行ってこいじゃあな戻ってくんなよ」 へ、いいや行きませんったらお仕事中ですよう! とへらりと笑って手をパタパタとさせていたのに、ご主人様ったら自分の首根っこをひょいっと軽々しく掴んで、「ほら財布」と何故だか妙な気遣いと一緒に、バタリ、とオートロックなドアの外に自分を放りだした。
「え、ちょっといやいやいや」

半分慣れてしまったようなこの行為に(ご主人様ったらいつもいきなり自分の事ほっぽり出すんですもん!)今度こそ自分は負けません、とニヤリニヤリ。通算えーと、何回目? な繰り返しに渡されたお財布の中身をパカリと開いてゴソゴソ。
「今度こそはとここに鍵を入れといたんですよね………って、あれ、あれれ?」

探せど探せど、確かに小銭入れの中にこっそりこっそり銀色にキラリと光る合い鍵を入れておいたはずなのに、出てくるのは十円玉とか、百円玉とかばっかりで。念のためにとお財布を上下にシャッフルさせてみても、ちゃりーんちゃりーんな小銭な音ばっかりで。「………ご主人様、用意周到にも、程が」
思わずドアの前で、頭を抱えてごろごろ暴れ回りたい衝動に駆られてしまいました!(ぬ、ぬがー!)





なんでご主人様は毎回毎回自分を追い出そうとするんでしょうか。渡された財布をポケットの中につっこんで、もうとっくに歩き慣れた道を、トントントン、とアスファルトの上で跳ね上がりながら考えてみた。腕に巻いた時計をちらりと見ると、お昼をちょっと過ぎたぐらいの時間帯で、今からお出かけしますから、というような人たちをちらほらちらほら(……今から、食器を洗おうと思ってたんですが)(汚れが落ちなくなったらどうしてくれるんですか!)


「………何か怪しい事でもしてるんじゃないですよね」

不安になってきた。とても不安になってきました!それをこっそり調査してやろうと突っ込んだ合い鍵も、もう完璧にお見通しだった訳で(のおおおう) 例えば、ええっと、何してるんだろう、例えば、ええっと。………思いつかないですね!


取りあえず、今度こそ、と拳を握って、どうしましょうか、もういっその事、こないだ行ったマシン屋さんでも勇気を出してみましょうか!
 
どちらかというと細い路地っこに、道の端っこの、ほんのちょっとでっぱった所の上に足を乗せた。よいしょ、と手を水平にしてほんの少し体がふらついたけれど、暇ですねぇ、とぽつりと呟いて、そのまま真っ直ぐ。どうしましょうか、と本日何回目かの台詞を頭の中で考えてみた。目を瞑ってみると、そよそよとした風の音が聞こえてきて、気のせいか、いつもよりも遠くの音まで聞こえる気がする。(どうしましょうか)

         ……クゥーン



小さな小さな、声が聞こえた。思わず、えっと小さな声を上げてしまって、ぱちっと開いた瞳の先に、それらしき物は何も見えなくて。敢えていうなら、変わらずトコトコと歩く女の子一人と男の人がひとり。(あれれ?)一度音を聞いてみると、確かに、確かにそんな声が聞こえてくるような気がしますねぇ、ともう一度、目を閉じて、小さく、クゥーン。

まるで大きなわんこさんが、鼻をかけたような鳴き声で泣いているような、いいえもうまさにそのもののような。(どこかで、聞いたような声)

シュタイン! 思わず頭の中で、あの似非爽やかな少年さんの声が、頭の中にぐるるーん! 「ふおっ、まさか!」 いるんですか、あの赤髪さんが、いるんですか!
思わず首筋辺りのぞわぞわーっとした感覚に、ぴくんっ、と体が飛び跳ねる。右足を、蹴った。左足を、蹴った。    思わず自分、走り出してました!

(え、あれ、あれれぇ!)

わんこのきゅんきゅん声が聞こえる方向とは反対方向にびゅいん! と走り出した自分の足を、おもわずかっ、と見詰めて、がががー! と走ってみます。走ってみます。走ってみます! (別に私は嫌いな訳ではないんです、寧ろ反対なんです、けれどもどうにもダメなのです!)

人間の行動など、ほとんど本能に近いんじゃないかとある日楓さんがぽつりと漏らしていました。それを聞いて、自分はそんなぁ、ちゃんと理性を働かせていますよみなさんうふふ、と軽く笑って否定したのもああ、いつのこと。


がががー! と走り続ける足に、なんで自分はこんなにも華原さんが苦手なんだろう、と考えてみました。別にあの人は悪い人だなんてちっとも思っていません(多分)変な人でもないと思います(ただちょっと馴れ馴れしいですよね) 普通に爽やかな人じゃないですか(似非っぽいですけど)

ただ時々、気のせいか、ほんの少し、すねた目で、ちろりとこちらを見てくるだけで(たったそれだけ)



     こんな、こんな風にさけるのは、失礼なんじゃ、ないでしょうか



とんとんとん。ぶんぶんと振り回してた手が、ほんの少し弧を小さくして、地面へとつけていた足のリズムが、ほんの少し、遅くなっていって。とんとんとん。
最後にピタリと止まってしまった足と、灰色に黒ずんだコンクリートの足下を、じっと、見詰める。(失礼な事では、ないでしょうか)

例えば自分が、あんな風に、楓さんや、ご主人様や、深水くんや、鷹士さんに否応なくさけられてしまえば、どんな相手の人だって、きっと(イヤな気分になってしまうに、決まっています)

万人と仲良くなんて出来ないこと、知っている。けれども、(悪い人じゃ、ないんです)


ぐ、と唇を噛んで、踏ん切りの付かない自分の足を、とんとん、と動かして、唇を噛んだ。頭の中で、「やっ」と爽やかな笑顔を見せて、手をぴしっ、と立てる彼を思い出した。「逃げないでよ」ほんの少ししゅんとした声で、こっちを見る、彼を、思い出して、



「…………やっぱ無理ですごめんなさーい!!」



にげた!




  


2008.04.13