こんにちは、走ってます!
第32話 逃げろ!
華原さんに会う訳にはいきません! と力の限り全力疾走にも限界がやってきました。聞こえるシュタインの声と反対に逃げて逃げて逃げまくれー! なのに、喉はひゅうひゅうと音がして、心臓がバクバクでとっても苦しい。
ぶんぶんおお振りしていたはずの手のひらは少しずつ小振りになり、それでも根性ですよ華原さんから遠ざかるまで! と力の限り!(な、はずだったのに)
誰か男の人の隣を全力で抜けたと思えば、ぐんっ、と後ろから腕をひっぱられ、何故だかバランスを崩してしまった。おおう、なんですか! と痛む腕に口をへの字にしながら振り返ると、何故だか赤い髪が、ぶわりと視界を覆って、
「か、か、か、か」
「え、なに」
「なんでいるんですか華原さーん!」
しっかり反対方向へと逃げたはずだったのに、目の前にはきょとんとした華原さんが。掴まれた腕をそのままに、ぶんぶんと力強くふって、ははは放してください! と精一杯のアピールをする。「ちょ、落ち着いてよ、それよりも」「自分は、あっちに、用事がっ」「落ち着けよ!」
ぐ、と力強く手首を掴まれて、ピシリとはしった痛みに、思わず眉をしかめた。それを見て華原さんが、「あ、ごめん」と慌てたように手を放して、それよりも、ともう一度強く言葉を叩きつける。
「シュタイン、見てないか」
本当に、こっちなのか、と華原さんは呟いて、信用してないんならはじめから訊かないでください、と言いかけた口を、頑張って閉じる。むむ。
駆け抜けた方向と逆方向に、何でか華原さんと一緒に自分はいる。逃げたはずなのに、むむ、何故ですかー! と訊いても、シュタインが行方不明になったと聞いて、急いで戻ってきたものの、実はちょっと、自信がなかったり。
だって自分、半分無我夢中でしたし、そもそも、(シュタインの、声だったんですかねー…)
せめてもう一回、きゅうんとないてくれればいいんだけど、思って耳を澄ませても、ざわざわと風に揺れる木々の声一つだけ。
「シュタイーン!」
隣で大きく叫んだ華原さんの声に、ほんの少しビクリと体を動かして、自分も根性をくくり「シュタイーン、出てきてくださいー!」
二人で、どちらかというと閑散しているとはいえ、大声を上げるだなんてとっても恥ずかしい。けれどもそんな事をいっている場合じゃないですねとイヤミなくらいに晴れ渡った空に向かって、「シュタイーン!」
どっちが叫んだか分からなかったけれど、微かに、きゅーん、と鼻でないたような声が聞こえた。
華原さんと急いで一緒に目を合わせて、もう一回、「シュタイーン!」 きゅーん
こっちですか! と力一杯道を踏むと、じゃり、と靴の底がずれる音が聞こえた。流石サッカー部といえばいいのか、速い速い彼のスピードに合わせて、自分も力の限り頑張った。
不意に目の前へと立ちそびえる、長いフェンスを、白い布で覆い、工事中! としっかり黒で書かれた文字に、自分はピタリと止まったというのに、華原さんは気にせずガシャガシャとフェンスをよじ登る。「かかかか華原さーん!?」
がしゃがしゃがしゃ。
ええいままよ、と自分も登り切って、地面へと両足をつき、軽い砂埃にげほりと咳き込んだ。
「シュタイン!」
わふっ、と元気な声は、穴が空き、軽く凹んだ土の中から聞こえた。足をこするとぱらぱらと土が穴の中へと落ちて、シュタインの綺麗な毛皮にほんの少し砂がつく。
お休み中なのか、誰もいない事にほんの少し安心して、華原さんはスニーカーの裏で、まるでスノーボードを蹴っているような体勢で、穴へと落ちた。
もう一度、元気に吠えたシュタインの声と、「バカだなお前」と、口調では怒りながらも、嬉しそうに、シュタインをぎゅ、と抱きしめる。
とてもとても自然な笑い顔に、いつも、そんな風に笑っていれば、恐くなんてないんですけれども、となんともいえないような気分になった。
抱き上げるようにシュタインを外へと放り投げ、シュタインは華麗に着地した。その際バサバサと体を振ったので、自分の頬にぴしぴしと当たる細かい砂の粒が、微妙に痛かったですけれど、そこはまぁ、よしとしましょう。「もう、一人で外に出たら、駄目なんですからね」とちょこんとお鼻をつっつくと、ほんの少しくすぐったそうに首をひねる様が、なんとも可愛らしい。
「ごめん、ひっぱって」
ふいに華原さんが自分へと手を差し伸べていて、足を動かす度にざらざらと砂をかいてしまうものだから、一人じゃ上れないんですかね、と「どうぞ」と手のひらを差し出す。「ありがとう」と、ふいに優しく笑ったような気がして、やっぱり、この人は悪い人じゃないんですよね、と今まで邪険に扱っていた自分が、恥ずかしくなってしまった。
「どう、いたしまして」
ごほん、とどもってしまうと、華原さんはくくっ、と喉の奥で笑って、自分の手を引っ張る。よいしょ。
シュタインほどではないけれど、綺麗に着地をして、一生懸命、フェンスまで乗り越えちゃう華原さんを思い出しながら、これからは、もうちょっと、お話くらいしてみようかな、と、どくんと軽く心臓がなる。
「あー、きたな。シュタイン、お前シャワー浴びろよ」
「わふっ」
嫌そうにしっぽを下げながら返事をするシュタインが、ほんの少し面白くてクスクス笑うと、「ほら、くんにも笑われた」と華原さんはシュタインの頭をぐりぐりぐり。
「くんも、一緒に入る?」
「え」
一瞬何をいわれたのか理解できなくて、パチパチと瞬きを繰り返してしまうと、ジョーダン、とケラケラ彼は笑った。ですよねぇ、男同士で、そんな、
「くん、またうちの部活、手伝いに来なよ、スカートはいて」
ね、と可愛らしく笑った華原さんに、やっぱりこの人苦手です! と再び力の限り逃亡しました。
(ご主人様セクハラです!)

2008.09.01
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