第33話 久しぶりすぎる がちゃり。扉を開けた。ゴミ袋を片手に、今日は部活がないからとぐーぴー寝ているご主人様を起こさないように起こさないように……、こっそりとドアノブを回す。 よいしょ、よいしょ。 ゴミ袋が扉の隙間にすれて、きゅっきゅっ、と発泡スチロールを無理矢理押さえ込んだような音が響いて、思わず「うっ」と喉もとを押さえ込んでしまった。 ピタリ。 (おおお起こしてはいませんよね………!) てんてんてん、とたくさんの間を置き、自分はそのまま、ゆっくりと身体を動かし、ドアを閉める。がちゃり。 「ふおおおおお………」 静かに響いた音に思わず長く長くため息をつき、胸をなで下ろした。、右手でぐいっと額を掻き上げる。ぴろりと前髪が跳ね上がり、んむ? と今度はさっさか髪を直す。 長く続く廊下には人っ子一人おらず、おお朝の空気っていいですねぇ、と大きく大きく背伸びをして、ぱーっと空へと手を伸ばす。いいお天気って気持ちがいいので、とっても大好きです。頭の中の今日一日のプランをしっかりと検討し、鷹士さんと一緒にお洗濯を干しましょうか、とあくびを一つ、その瞬間。 ガチャリ。 先ほど聞いたばかりの音に、自分は思わず首を傾げ、ご主人様のお部屋の出口を確認しました。しっかりとくっついて閉まっている扉に、またまたアレレ? と首を傾げ、くるりと視点を反転。手に持つゴミ袋ががさりと音をたてて、中身が揺れる。 視線の先の、ぱっかりと微かに開いたドアの向こう側へと見えた紫煙。その匂いと煙に、自分は思わず鼻をむずつかせ、くしゅんっ、とくしゃみを一つ。 記憶の中の部屋割りと照らし合わせ、101号室の部屋だ、おお、まだご挨拶していない近所さんです! と思わず真っ直ぐに姿勢を正しゆっくりと開けられるそのドアを、自分はじいっと拝見させてもらいました。 じれるくらいに、のんびりと開けられたドアの先は部屋の中までが覗けるくらいに開け放たれていて、それに沿えるようにして立つ男の人は、何故だか耳にヘッドホンをつけている。 (………ヘッドホン?) 自分は思わず首を傾げ、またマジマジとその住人さんのお顔をマジマジと観察しました。 彼は、ポリポリと頭をひっかき、寝ぼけ眼のまま「んあ?」と低い声を漏らし、また自分をマジマジ。 おそらく長い髪の毛を、高い位置で結わえていて、自分はペコリと頭を下げる準備をしていた身体を 自分が思いっきりかけた体重にて、勢いよく閉められたドアの向こう側で、『ちょ、オイなんだってんだ!』と叫ぶ男の人の声が聞こえる。自分の手のひらがぶるぶると震え、半泣きの状態でドアの右上へとかけられたプレートを確認。彼の名前は若月龍太郎。 ああ、若月さんっていうんですね! と平和的に考える暇もなく、頭の奥深くへと沈み込まれていた記憶が、ばばばっ! とあふれ出し、その度にだらだらと冷たい汗が背中をぬらす。………確かに、確かに、あの特徴的なヘッドホンは、忘れるはずもなく、 「オラァ!」 「うひゃあ!」 自分はドアごと思いっきりはじき飛ばされ、若月さんもとい保健の先生若月先生は、コメカミに見事なまでの怒りマークを携えて、寝ぼけ眼もどこへやらのまま、カッ! と睨んだ。そしてそのまま大きく口を広げ、「あ!」と気づいたとき、自分はばっ! と手のひらを取り出し「ご主人様が起きてしまいます!」と思いっきり彼の口元に、べたりと手のひらを貼り付けさせてもらいました! その瞬間、むぐぅ! と大きな声が聞こえ、「お、お静かに、朝です早朝なんです……!」 耳元で唸るように喉を震わせた若月さんの耳へと口を寄せると、彼は納得したのか、うんうんと何度も頷く。自分はほーっと胸をなで下ろし、さっと手のひらをはずす。 すると彼は、とってもとっても呆れたような目つきで、若月さんは自分へと視線を投げかけました、「俺は一体、お前に閉め出されなきゃならなかったんだ?」とひそめた声で恨みがましい。「う、」 その瞬間、思いっきり扉を閉めてしまった申し訳なさと、何度か制服スカート姿で遭遇しそうになった彼に、もしかしてバレちゃうんじゃないだろうか! との緊張が極限に胸を過ぎ去り、あああううう、ど、どうしましょうー! 「あ、足と手が、つるりと滑っちゃったんです……!」 我ながらナイスな言い訳に、ぎゅうう、とゴミ袋を握りしめた。彼はドアへと半身をもたれかかりながら、相変わらず呆れたような表情で、ハーッと短いため息を吐く。いつの間にか、咥えていたタバコは手のひらへと移動していたらしい。「まぁ、いいけどよー」「ご、ごめんなさい……」 ほ、本当に面目ないです…! 自分はじりじりと、足を後ろへと移動させ、きゅうう、と視線を下へと逃がした。 この頃逃亡が多い気がしますが、そんな事をいってられないのです。頭の中には逃げるという文字一色で綴られ、すっかり伸びきったゴミ袋を、ささっと手の後ろへと移動させてもらいました。 「なァー、お前」 いきなりの問いかけに、「はひー!」と必要以上に肩をぶるりと動かせ、若月さんを見る。なんなんでしょうなんなんでしょうか! ドキドキする心臓を押さえつけて、精一杯の貼り付いた笑みを送りながら、ひいい……! 「どこのガキだ?」 「え、えと」 「ほれ、このマンションのヤツだろ」 ああ、と納得し、自分は一つ頷き、ちょいと103号室を指さした。すると彼は眉の根っこをよせ、「あそこは橘の部屋だろ」 若月さんは、どうやらご主人様の事を知っているらしい。勤め先の生徒さんだからなのかもしれませんね、と考えつつ、はい、と頷く。 「ご、剣之助さんのイトコの、、です」 「ほー、橘弟か」 「い、イトコ、です」 「同じようなもんだろ」 いえなんだか違う気がします。といいたいのに、まぁいいか、とはい、と頷いてしまった自分は、負けだなと考えてしまいました。負けです。激しく。 その瞬間、若月さんの手のひらが、ドアの隙間をにゅっと通り、眼前へと迫ったもので、自分はひええ、と後ずさりする事も出来ず、ピタリと硬直していると、彼の長い指先が、自分のほっぺを、なにやらぐにょーん。 「わわわわかづきひゃあん、なにふるんでふかー」 「いやぁ、あんまりいい肉付きじゃねぇなぁ、と思ったら、確認してみたくなったからよ」 「やめふぇくだふぁいー」 「こりゃあ予想外にも伸びる伸びる」 いつの間にか増えた本数で、両方のほっぺをぐにょりと伸ばされ、さきほどのお返しだとでもいわんばかりに、彼はとっても幸せそうな笑顔で、自分のほっぺを、ぐにょーん。 まるでガキ大将のように力強い笑い方のまま、彼はガハハと八重歯をむき出しする。 「もう、かんふぇんしてくだはいー!」 「にしてもガキばっか増えてくんな。深水やら華原やら弟やらなー。あーあ、俺様のアダルトな世界を返せっつーかんじだわ」 そんな事いわれても困ります! という返答も出来ずに、ほっぺが真っ赤になるほど、いじくり倒されてしまいました。 なんだかもう103号室には一生近寄りたくありません。 ← ■ → 2008.11.07 |