プロローグ




いつの間にか日は経ち、私はあいよと伸ばされた商人の手のひらに、なんの抵抗もなく覚えのない通貨を払えるほどに、この街に慣れ切っていた。


カノンさんに頼まれた荷物を担ぎながら、街を徘徊する。「のんびりとしてきてください」と笑った彼の言葉の裏側は、こっちのことは気にせずに二人を探してくださいねという意味だ。
あんまりにも気が利きすぎるその言葉に申し訳なくなりながらも、先輩は今頃お宅にて大掃除だとしごかれている最中だろう。

私はカノンさんから頂いた彼のお古だと思われるローブを深くかぶりながら足を進めた。島での姿と似ている服装に、腰へと獲物がささっていないのはとても不安で時々無意味に腰の空間をパタパタと手で遊ぶ。
(鈴鳴も、レイジも、何所いっちゃったんだろ……)

ひょっこり、何所かで現れるだろうな、と案外気にしてはいないのだけれど。
片腕に抱え込んだ紙袋から、ぽろりと中身がこぼれおちそうになる。「おっと」バランスを戻すようにほんの少し屈みこみ、あたりを見回した。この辺りの地理ならば、だいたい頭の中へと入っている。


         つまりは、スラムは2つあるらしい。活気が溢れる、とまでは言い難いが、街の中心を挟むそれはお互いあまり仲がよくはない。時々バノッサさんの家へと集まるチンピラもどき達の会話からそこら辺はなんとなくうかがえる。南の奴らがなんたら、という会話から、こちら側は北なのだろう。北スラムと南スラム。ナワバリがしっかりしているくせに、一体どこで衝突するんだろう、と思わず首をかしげそうになる。

街の、中心ならいい。はぐれだということで、あまりいい扱いは受けないかもしれないが、幸いなことに私たちはリィンバウムの人間と見かけが変わらない。私たちのように、運がよく優しい人に拾われているかもしれない。
(でも)

スラムならば、話は別だ。二人が一緒ならまだしも、片方ずつの場合、不安が残る。ハヤトさんに関しては、あまり心配はしていない。何だかんだいって、男の人だし、何とでもなるだろう。けれどもナツミさんは。
(あー、くっそう)


抱え込んだ頭に、なんの不安がとれるというわけではない。とにかく、足を動かさなくてはいけないのだ。見つけなければいけないのだ。
ぐっと大きく、大袈裟にも私は顔をあげて、今日は少し遠めに足を伸ばしてみよう、と決意した。




それがいけなかったのかもしれない。




少々でこっぱちのツンツンとした紫髪に、大きく腹を出した少年は覚えがありすぎるほどに見覚えがあった。相手方も腰を曲げ、ポケットへとつっこんだ両腕をぴくりとも動かすことなく、とても嫌そうに眉間に皺を寄せている。
私は荷物を持ちながらも、おそらくは同じような表情をしながらじっと見つめ合った。パタリとフードがこぼれおち、視界が広くなる。


残念ながら人気はない。覆いかぶさるかのように建てられた建物に、土地勘もない。逃げなければいけない、とじりじりと足を動かすも、彼が飛び道具を持っていたことを思い出し、背を向けることは憚られた。


「………オイ」
「………なんでしょう」
「なにもしねぇよ、痛い目見るってわかってて手ぇ出すほど馬鹿じゃねぇよ」


そのままじゃあな、と背を向けようとした彼に、私はふいに大声をあげた。「待った!」 
彼はとても億劫そうにぐるりと首をよじり、めんどくさそうな表情のまま「ンだよ」と言葉を吐く。


「あの、あの後、ハヤトさん、アー、茶髪の男の子はどうなりましたか!」
「アー………? あー、あー、シラネー」
「知らないって、追っかけてたじゃないですか」
「知るかっつの。あいつはサルかなんかか。ぴょんぴょんはねやがって、追いつける訳ねーだろ」
「………アー」
「じゃーな」
「待った!」
「まだあんのか!」


私はぎゅう、と紙袋を抱きしめながら、逡巡した。どういえばいいだろう、と唇を噛みしめ、うう、と喉の奥から言葉を絞り出す。

「あなた、南スラムの人ですか?」
「………だったらなんだってんだ」

彼は、寄せていた眉をそのままに、とても不機嫌そうに低い声をあげる。やばい、と感じたそのとき、私は違います! と思いっきりに首を横へと振った。「バカにしてるとか、そんなんじゃなくて、その」「んだってんだよ」「女の子、茶色い髪の、女の子、見てませんか!」

ナツミさんは。
いつまでたっても返事がない彼に、茶色い髪、という説明は端的すぎたか、と考え、ええっと、と言葉をひねり出す。あまりアドリブは得意ではないんだ、私は。

「見覚えがない、私と同じくらいの年の女の子です。どこかで見かけたことはありませんか」

もし、彼が南スラムの人間なら。私が知ることのない風景を、知っているかもしれない。
暫くの間の後に、「しらねー」と吐き出される言葉に、私はそうですか、と思わずかっくりと肩を落とした。どこにいるんだろう、彼女は。


けれども目の前の彼は、いつまでたっても遠ざかる様子もなく、何故だろうと見つめ返せば、案外険しい顔つきのまま、きょろりと瞳を転がした。呟く言葉は耳へと響くこともなく、首を傾げる。彼はかっと顔を赤らめたように、「手!」「て?」「あー、………んでもねえよ、ばーか!」


走り去るその様子に、そういえば彼のナイフが手のひらをかすったのだった、と思いだした。妙な人だ、と思いつつも、一体彼らはどこにいるのだと、嫌味なほどに青い空を仰いだ。
どうか無事で。


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2009.01.13