ハジマリまでのお話をどうぞ 2




「……この人、誰だろう」

私は押入れのアルバムを抱えながら考えた。その隣では、犬の姿をしたがひょっこりと顔をのぞかせている。はばたばたとふわふわの両手を暴れさせて、卒業アルバムをぱたりと閉じた。どう考えても、これは私のものではない。うすうす気が付いていることだ。家には使われていない部屋が一つ。使うことのない食器セットもまた一つ。見覚えのない靴も数足。

     どうやら私には兄がいるらしい。

とは言っても、私はこの家の拾われっこなので、血のつながりはまったくない。押入れの底から、黒いランドセルを見つめた。たどたどしい文字で、マジックで書かれた文字はほんの少しかすんでいる。人差し指でさすってみた。「……カ……」 読めないな、とがふんと鼻を鳴らした。彼は一体どこへと消えてしまったのだろう。
(……彼が、いないからこそ、今の私があるんだろうな)

兄がいなくなった場所へと、自分はすっぽり入りこんでしまったのだ。多少の罪悪感がないと言えば嘘になる。両親に確認すべきこのなのだろうか、と考えて、私にはよくわからなかった。なのでそこで思考を停止させることにした。ランドセルを押入れの中へと入れて、知らない振りをして、母親と一緒に夕食を食べながら、父の帰りを待つ。
何か変わったことはあった? と微笑みながら聞く母に、いいやと私は首を振った。「トウヤくんと迷惑かけちゃだめよ?」「大丈夫だよ、深崎先輩には迷惑なんてかけない」「可愛くない。いつからトウヤくんのこと、名字で呼ぶようになっちゃったの?」

ははは、と私は笑った。「お婿さんが来るんなら、お母さんトウヤくんみたいな人がいいなぁ。かっこいいし、真面目だし、かっこいいし」「あはは。お母さんと先輩じゃちょっと年の差がありすぎるかな」「私の話じゃなくて、の話でしょうが。お母さんにはお父さんがいますから」
ははは、と私はもう一回笑いながら、箸を動かす。

阿羅漢である。

ふと、深崎先輩の台詞を思い出した。
、阿羅漢って知ってる?」
知りません、と私は首を振った。彼はなんだか満足そうにして、そうかそうかと頷いた。そしてその言葉の講釈をたれようとしたとき、あのですねぇ、と私は唇を曲げたのだ。「先輩、難しい言葉を使えばいいというものじゃありませんよ」「難しい言葉を使いたい年頃なのさ」 まあ、どういう意味かというとね。と彼は片手をひらひらさせる。

「人は阿羅漢になんてなれないのさ。僕はこの頃、よくよくそのことを考える」

そう言って、頭をかきながら苦笑した。あんまり説明になってない。






      一本の刀を握っていた。




見覚えなんてない。頭の中で、妙なことを思い出していた。体中が叩きつけられたかのように痛い。今すぐ四肢がばらばらになってしまいそうだ。私は赤い一本の刀を抱きかかえながらえづいた。そして誰かに蹴飛ばされた。ごろごろと部屋の中を転がり、ビックリして蹴飛ばした主を見つめる。黒い丸眼鏡をかけた男だった。長ったらしく髪を伸ばし、緑色のマフラーのようなものを首に巻き、白いマントをばさりとひるがえしながら口元をニヤつかせた。手に持つ、錫杖(と、言ったらいいのだろうか?)のようなものを、ドンッと地面に叩きつける。私は驚いて跳ね上がった。

そして、そのついた地面を見てみると、コンクリートをむき出しにした、まるで何かの実験場のようだった。コンクリートの上には、黒いペンキが塗りたくられており、幾何学的な模様が描かれている。正直ゾワッとした。身の危険を感じた。私が慌ててそこから手と尻をついて後ずさると、手のひらがちくりと何かにぶつかった。驚いて持ち上げてみると、無色透明の、ダイヤモンドの原型のような石だ。模様を取り囲むようにして、その石は辺りに設置されている。ふと、石の内部に、見覚えのある文字が書かれていることに気付いた。

      

えっ! と思ったのも一瞬だ。その石は一瞬のうちにさらさらと砂のように消えていき、手の中には砂浜の白い砂のようなものだけ残ってしまった。「ええっ!?」勝手に壊してしまった! とぎょっと驚いた瞬間、目の前の丸眼鏡の男は腹を抱えて笑い始めた。

「これは面白い、なあアスナク!」
飛ばされた声の主へと振り返ってみれば、丁度私の後ろで、赤髪の若い青年がいることに気がついた。彼は無表情のまま、こくりと頷く。「ええ、オルドレイク様。まさか自身でサモナイト石を壊す獣がいましょうとは」「あ、あの、ちょっと」 あまりにも話についていけない。私は再び刀を握りしめた。気づけば持っていたこの刀だけど、持っているととても落ちつく。自分でもよくわからない。

二人の人間を窺いながら、私はごくりと唾を飲み込む。正直、この状況はあまりよくない。なんてったって気づいたら全く知らない場所で、知らない男二人に囲まれている。そして彼らの服装はどう見たってトンチンカンで、正直危ない人を連想した。

自分の足元がひんやりしていると思ったら、靴を履いていない。服も室内着のままだ。自室にてさらわれてしまったらしい。勘弁、と叫びたかった。頭を抱える。緊張で尻まで冷えてきた。と思ったら、ただコンクリートで腰が冷えてしまっただけかもしれない。案外余裕で落ちついている。いざとなったらがいる、と心の中で安心しているからかもしれない。

「さてさて、これは新しい珍しい召喚獣だ。どんな実験をしてやるかな。無のサモナイト石を複数組み合わせることによって、まさか無機物以外が召喚されるとは! 私の専門はサプレスだが、これ以上なく面白い実験体だ! しかもサモナイト石を壊す能力だと? 聞いたこともない!」

うきうきした様子で、オルドレイクと呼ばれた男は、アスナクへと指を向ける。「アスナク、そいつを牢に閉じ込めておけ。明日からするべきことが山積みだ」とダンダン杖を床に叩きつけながら、その人は扉の向こうへと去っていく。えええ、と私はその様子を見つめていた。

アスナク、その人を見上げると、彼はぐいと私の腕を持ちあげた。「ちょっと何するんですか」反抗的な声を出せば、彼はハンと鼻で笑う。「おいはぐれ。取りあえず大人しくしとけ。その物騒な刀でも振りまわすか」「ま、まわしませんよ。取りあえずその、話し合いを……というか、状況説明をと」「その内嫌でも分かるさ」

なよっちい体の割には、彼はがっちりと私の両腕を掴み、ガランと刀を落としてしまった。腕を後ろに回され、背中の肉が悲鳴を上げる。「    !」「アイヨォ!」 私が叫んだ瞬間、彼は飛び出した。まるで柴犬みたいな姿で、アスナクの腕へと噛みつこうとした瞬間、彼は優雅なステップで、ポケットから緑色の石を取り出す。おいで。タマヒポ。

それだけ呟いたかと思うと、目の前に信じられないような生き物が出現した。肌の質感は象に似ている。けれどもサイズも形もおかしい。頭だけのような生き物は、ぱかっと大きく口を開き、緑色の息を吐き出した。吸い込んだ瞬間、めまいがした。頭の中がガンガンと悲鳴を上げる。(こりゃあ、一体……) 理解が越えると、色んなものを放りだしてしまいたくなるらしい。私はそのままぽっくりと意識をなくした。
       次に起きたときは冷たい牢屋の中に放り込まれていて、なぜか壁に立てかけらていた刀へと手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめた。が牢屋の隅っこで、舌を出してへたり込んでいる。

(……どうしたもんか……)

先輩なら、こういうときにどうするだろうか。嫌味な笑顔と爽やかな顔が得意な幼馴染を思い出した。





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執筆
2005.??.?? 4話

読み返すとオリキャラが多くてビックリするでござる。
書き直し
2011.05.26