ハジマリまでのお話をどうぞ




「……オルドレイクの奴に怒られた」

牢屋越しの椅子の上に、アスナクがふてくされたように座っている。そんなことは知るもんか。私はぎゅっと刀を握りしめたまま彼を睨んだ。「大事な実験体を殺す気かってさ。オルドレイクも過保護だよな、たかがタマヒポの毒の息だぜ?」
信じられない、というように、彼は軽く肩をすくめた。


たかが、と言われても、私には気味の悪い(というか、見覚えのない未知の)生物だったし、さっきの鼻から入り込み、脳味噌をぐちゃぐちゃにやられたような痛みが未だに消えない。自分の頭を叩いてみた。ほんの少し痛みが楽になる。アスナクは先ほどまでの無表情をどこへ投げ捨てたのか、私を興味深げに見つめた。「お前、なんでその刀持ってるの? 俺、そこらへんにほっておいたはずなんだけど」

まあいいや、と彼はぎしりと音を立てながら体勢を変えて、後頭部へと両手を持って行く。そしてきゅう、と腹を鳴らし、慌てて立ち上がった。「昼飯か」 アスナクはひょいひょいと両腕を組みながら大股で去っていく。ふと振り返った。「お前のエサもちゃんと貰ってきてやるよ。俺がお前の世話係になったから。運がよかったな。俺みたいな優しい奴が担当でさ」 ひひひ、と彼は口元だけで笑うと、颯爽と消えてしまった。

私はため息をつきながら頭をひっかいた。その隣には、いつの間にかいたのか、お座りをしたが正面を向いている。「……俺、あいつ嫌いだ」「安心して。私も嫌い」 どう考えたって好きにはなれない。
人のご飯をエサやら世話係やら、一体何を考えているんだ。



さて、と彼がいなくなったところで牢屋の鍵を調べてみた。もちろんの所、早々に開けられるものではない。私は冷たい鉄の棒を両腕で掴みながら、隣の独房へと頑張って顔をのぞかせてみる。こちらと同じように鉄の棒が続いていることから、ここからずっと左右に牢屋が出来ているんだろう。ぞっとする光景だ。耳を澄ましてみれば、叫び声が聞こえる。ただ人間というよりも、動物達の声のようだ。あまりにも微かで判別は付き辛いが、この小さな声は場所が遠い、ということではなく、死にかけているのではないだろうか。くん、と鼻をかいでみた。腐った肉の匂いがする。人間が死んで一カ月くらい放置されている臭いだ。
(……なんで、私はそういうことが分かるのかな……)

現代の日本にて、死体なんてそうそうに落っこちていない。ふと、思い出す突拍子もない知識は、おそらくの家に拾われる以前のものだろう。覚えていないけど。一体どんな生活をしていたんだろうか、と自分自身不安になる。見えない左目も、この所為だろうか。

振り返ってみると、も忙しなく四本足で牢屋の中をぐるぐると回っている。くんくんと臭いをかぎまわった後、諦めたようにため息をついた。犬だってため息がつけるのである。「無理だ。窓一つない」 どうやら脱出できるかどうかを考えていたらしい。

素足がひんやりとして冷たい。私はカチャカチャと赤い刀の鞘をいじりながら、取りあえず落ちつくべきだ、と深呼吸をした。はぱちりと、犬のくせに瞬きをして、「おお、懐かしいもの持ってるなあ」と少しだけ嬉しそうな声を出す。「懐かしい?」「それだよ。鈴鳴。お前の相棒、その2さ」「その1は」「俺以外いる?」 ふんっと彼は白いふわふわの胸をふんぞり返る。「なるほど」

なるほど、鈴鳴。私はポンッと刀を叩いた。「なんとかしようぜ、相棒ども」「おうともよ」





「さて、ここはどこかと言う問題なんだけど」
いくら脱出が成功したところで、現在の状況が分かっていなければ、すぐに捕まっておしまいだ。オルドレイクとアスナク。ただ二人だけの組織とは考えにくい。人様の家に入り込んで、私をこんなところまでさらってしまうくらいの力を持つ組織だ。(……お母さん、大丈夫かな……)父はまだ帰ってきてなかったはず。途端に不安になり、を見つめると彼はふわふわの首を左右へぶんぶん振った。「少なくとも、この辺りにはお母さんの匂いはしないぜ」「……そっ」 頷く。

「まあ……そうだなぁ、いろんな奴らの匂いに混ざってて分かりづらいけど、結構大勢の人間がいるっぽいぜ。も耳がいいんだから、それくらい分かるだろ? 落ちついて聞いてみなよ」
「うん……うん、確かに。上の階に何か二本脚が歩いているね」
「だろう? は片目が見えない代わりに、耳が人様の何倍もいいからね。もうちょっと自信を持ちなよ」

がまるで自分のことのようにワフンと再び胸を貼った。そのとき、音が聞こえた。かつん、かつん。と二本脚がこちらへと向かっている。歩幅の感覚が大きい。男だ。けれどもアスナクのような忙しない歩き方とは違う。ひどく穏やかな歩き方だ。私は思わず牢屋へと体を叩きつけてその人を見つめた。ドンッと想像以上に大きな音が出てしまい、こちらへと近づいてくる、いいや正確に言えば通り過ぎようとしていた男性がぎくりと肩を震わせる。

「……あ」「えっと」 慌てて振りかえりを確認してみたけれど、気づけばあの犬、どこかへと消えている。相変わらず素早い。

優しそうな顔をした青年だった。いや、この場所にいると言う時点で、優しい人間なんて考えられないんだけど、びっくりと固まった表情は、悪人とは考えられない。灰色の髪で前髪を別けていて、黒と赤の色を基準とした服を着ている。片手には鍵束を持っていた。門番だろうか。

「あ、いえ。驚かせてしまってすみません」
「ああいえ。こちらこそ……あなたも召喚獣なんですか?」
「え?」
「あまりにも……リィンバウムの人間のようで、ああ、シルターンの方なのでしょうか」
「は」

どうにも話がかみ合わない。彼と私は、二人一緒に不思議気な表情をして、彼は「それでは」と頭を下げながら去っていく。じゃらじゃらと鍵束の音がした。彼の背中を暫く見つめた後、いつの間にか戻って来ていたが、「あの人に鍵を開けてもらえばよかったんじゃね」「いやさすがにそれは……無理じゃない?」






「さぁくえ!」

アスナクはほんの少しわくわくとした表情で両手を広げた。ご飯を牢屋内へと入れる瞬間こそが反撃のチャンス、と思っていたのだけれど、残念ながらご飯用の小さな扉があり、こんなのは小さな子どもでも通れない。が根性を出せばいけるかもしれないけれど、お腹の途中で詰まりそうだ。

私は彼が言うエサを目の前に正座していた。そしてよっこらせ、とそのエサを両手で握りしめ、「くえるか!!」 ガラーン! ガゴンガゴン! ガチャーン!

思いっきりちゃぶ台返しをした後でアスナクを見れば、彼は幾分かショックを受けた表情で、「お前召喚獣ってアレなのか? お母さんにご飯は残さず食べなさいとか、ご飯には感謝なさいとかそういうのは教えてもらえないのか?」「意外と常識ぶった発言!」 がっかりです!

私は頭を抱えながら、先ほどちゃぶ台返しをしたエサへと指をさす。「どこの世の中にこんなものが食べれると言うんだ!」 コンクリートの床に散らばった、というか散乱しているものは、鈍く光り輝く、ネジの山だった。なぜか一部鉄板も混じっている。

「あんなものをガジガジと食べたら腹を壊す! というか歯が砕ける!」
「いやだって……名も無き世界は無機物しかないんだろうし、だったらこういうのがメシかなって」
「なんだよその名も無き世界ってのは! 無機物以外ありますから、有機物もバンバンですから!」
「エエ、マジでェ? ちょっと待って今メモるから。観察日記その1。鉄は食わない」
「当たり前だ!!」
「あーあ……せっかくネジだけじゃ飽きると思って鉄板も貰ってきてやったのに……」
「その優しさが! 苦しい! アホか!」

もっとまともなもん持ってこーい! 取りあえずネジをひとかきつまみながら、私はアスナクへと思いっきりネジを投げつけた。「イテェ!」 顔面へとびしびしぶち当たったネジを彼は半泣きで取り除きながら逃げるように尻を向ける。その尻にも投げつけた。「イタイ!」

「し、しんじらんねー! 観察日記その2。とても凶暴につき注意」
「うるせー!」



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2011.05.26