ハジマリまでのお話をどうぞ




「じゃじゃーん! 見てみろぉ!」


監禁生活2日目にて、やっぱりこいつはアホなのだな。と私は感じた。「すみませんそんなことよりも、お風呂などいただけないんですか。きもちわるいんですけど」「堂々とした態度!? ありえねぇ!」 とりあえずこれを見なさい!

アスナクは牢屋の前へと、ダイヤ型にカットされた、無色透明の石をこちらへとぐいぐいと突き出す。気の所為か、どこかで見たことがある。「あっ」 そうだ。あのオルドレイクとか言う奴の前で、私が壊してしまった石だ。同じ型のものだろうか、と覗き込んでみると、中にはしっかりと私の名前が刻印されている。

私の興味がそちらへと移ったことに嬉しくなったのか、アスナクはふふんと鼻を鳴らした。思わず手のひらを伸ばすと、「おっと」と言いながら、彼はひょいっと石を自分の手元へと戻す。「お前に触られちゃ壊れちまう。そうはいかねーぞ」「……はあ」

貴重なものだったらしい。じゃあ別にいいですよ、とふいとそっぽを向くと、アスナクは不満げに片手を振った。「……おい、サモナイト石だぞ? お前の召喚石だぞ? こないだお前が壊しちゃったから、てっきり他の石の力もなくなったと思ったら、そんなことがなかった訳で……だからお前のサモナイト石だぞ?」 なあなあ

「……あのう、一体何が言いたいんですか? サモナイト石がどうとかって」
「何が言いたいって、もっとあるだろ。悔しげな顔するとかさ。悲しげな声出すとかさ」
「はあ」
「……お前馬鹿なのか?」
「馬鹿って言う方が馬鹿って知ってます」
「馬鹿って言う方が馬鹿って言う方が馬鹿ってのは知ってる」
「ややこしい」

アスナクはふうん、と唇をひんまげながら石を弄った。カリッと爪でひっかく。その瞬間、私の背筋にちりりとした痛みが走った「いっ……!」 痛い。今のはなんだ、と目を見開いた。アスナクは「おっ」と嬉しげな声をあげて、「もういっちょ」 ガリリ、と石を指でひっかく。立ち上がることが出来なくなった。

怪我でもしてしまったのか、と確認しても、いつも通りの両足だ。痛みは一瞬で、今はもうなんともない。私は怒る訳でも驚く訳でもなく、ただぼんやりとして、「……なんですか、それ?」「なんだ、お前、知らないのか」 アスナクが拍子抜けたようにぽかりと口を開けた。「だから、サモナイト石だよ。お前の一部みたいなもんだ」

「ここはリィンバウムで、お前は別の世界から召喚されたんだよ。この石はお前を契約で縛っている。よかったな。はぐれになりそこねて」




「どう思う? 
「嘘じゃない」

あいつは嘘を言っている風には見えなかった。と珍しく人間の姿では頷く。そしてフン、と犬のように鼻を鳴らした。「魔力が違う。うすうす気づいてたけど、ここは別の世界だよ」 私はぽりぽりと頭をひっかいた。鈴鳴を手元に寄せて、短いため息をつく。「そうか」 がそう言うのなら、そうなんだろう。「ますます、どう帰ればいいかわからなくなった」 アスナクがあの石を持っている限り、私は彼に逆らうことができない。
(……どうにか、隙ができれば……) あの石を壊すことができるかもしれない。

ふん、とが顔を向けた。瞬きのうちに姿を消す。昨日と同じ足音が響いていた。おっとりとした、男性の足音。「こんにちは」 今度はこちらから声をかけてみた。彼もこちらを窺っていたらしく、少しだけ口元を緩めた。「こんにちは」

「門番の方ですか? また鍵を持っているみたいだけど」 彼はじゃらじゃらとした鍵束をひょいと顔の前へと上げる。「いえ私は……」そこまで言って、彼は言い淀んだ。「少しだけ、用事があるんですよ」「二日続けて?」「ええ。三日も四日も続くかもしれませんね」

「お手伝いしましょうか」
冗談気に声を乗せた。彼は瞬きをして首を傾げる。「ここを開けてくれたら、いつでもお手伝いができますよ」「なるほど。でもいけません。オルドレイク様に叱られてしまいます」
様、と口にした瞬間、彼はほんの少し唇をかみしめたように見えた。

ならしょうがない。と私は片手を振った。彼は曖昧に微笑み、「大丈夫です。もうしばらくすれば……」と、そこまで言って、言葉を濁した。軽く首を振りながら、「いいえ。シルターンの方。どうか気をつけて。…………盗まれてはいけませんよ」 何を? と聞こうとする前に、またその人は去っていく。何をしているのか、と様子を窺えば、彼は一本一本の鍵を、鍵穴へと入れ、確認しているようだった。カツリカツリ。足音が小さくなっていく。




「そいつはヤードだな。ヤード・グレナーゼ。オルドレイクの弟子だ。まあ、俺もそうだけど」
アスナクが口元をニヤつかせながら、食糧を牢屋の中に入れる。取りあえず、ネジや鉄板が混じることはなくなった。果物の隙間に釘やペンチが入っているので、ぺいっとそれを床にほっぽりだす。アスナクが、「アアッ!」と言って、ほんの少し残念そうな顔をしていた。誰が食べるか。

「ヤードさんですか。一体、何をしてたんですか?というか弟子……弟子? 一体なんの」
「召喚術だよ。お前みたいな異世界の獣を呼び出す術の」
「獣って嫌な呼び方しないで下さいよ。人間ですって」
「リィンバウム以外の生き物は獣だろ」
「……傷つくなぁ」

アスナクは、「おっ」と言って、犬のようにぴこりと顔をあげた。そしてポケットからメモを取り出し、「観察日記その3、意外とナイーブ」 突っ込む気もうせてきた。「で、何をしてたんですか。そのヤードさん」 アスナクは、パタリとメモを閉じた。そしてぎしゃぎしゃと口元を笑わせる。

「面白いことだよ。あの鍵は俺がやったんだ。丁度お前の担当になったからって、オルドレイクに渡されたからな。予備を作っといてさ」

何か悪いことをたくらんでる顔だな、と思ったけれども、口をつぐんでおいた。アスナクは不満そうな顔をして、再びメモを取り出す。「その4、ノリが悪い」「よくてどうする」
彼はくるくるとペンを片手で回しながら、「そうか……そうか……」とぼやいていた。「確かに、そろそろ盗まれる頃合いかもね。かわいそーに」



そしてその夜。妙に恭しい態度をとりながら、アスナクが牢屋の扉を叩く。

「オルドレイク様がおよびだぞ、召喚獣」
…………オルドレイク、様?




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2011.05.27