ハジマリまでのお話をどうぞ




「武器の所持は認められている。というか、持ってもらわなきゃ困る」

アスナクは、いつものようにへらへらとした笑い顔をどこかに落としてしまっていた。そう言えば、数日前、一番最初に会ったときもこんな風だった。一体何を考えているんだろう、と気味が悪い。隙さえあれば、彼が持つ、サモナイト石というものをぶんどってやろうと思ったけれど、準備のいいことに、彼は私の石を右手に持ちながら、私と自分の間を挟むようにタマヒポと呼ばれる生き物を中間に置いていた。

一番初めに、緑の息を吹きつけてくれた生き物だ。よくよく見てみれば、短い足を頑張って動かしているところとか、大きな頭の上に、ミニマムサイズの(子どもだろうか)タマヒポパート2を乗せているところだとか、可愛いと言えなくもない。けれども言えなくもない、というレベルだ。というか、やっぱり一番最初の出会いがよくなかったのかもしれない。

私は視線を揺らした後、再びタマヒポを確認する。てくてくと一生懸命に歩いている。この子もアスナクに召喚されて、使役されているということは、私と同じ穴のムジナなのだろうか。ちょっと複雑だ。

「アスナクさん、どこに行くんですか?」
「オルドレイク様のところだ」
「アスナクさん、ずっとオルドレイクって呼び捨てにしてたじゃないですか」
「気の所為だろ」
「まさか」
「オルドレイクには言うなよ、そういうこと」
「あ、また言った」
「気の所為だろ」

すたすたとアスナクは進んでいく。その間にも、幾人かの人間にすれ違った。みなどことなく学者肌の人間のようだ。あんまりシャキッとしていない。眼鏡をかけて、本を抱えている姿が似合いそうな方々だった。幾本もの角を曲がりくねり、私は鈴鳴を、一度強く握った。ふっと安心のため息をつく。

まるで病院の手術室のようなドアの前にて、アスナクが立ち止った。相変わらず表情を変えないままに、私を見下ろした。「なあ、お前。オルドレイク様はサプレスの術がお得意って知ってるか?」「……へ?」「サプレスってのはな、回復系の召喚術が多いんだ。俺はメイトルパが得意なんだけどな」そう言って、タマヒポ二匹の頭をよしよしとなでる。

「まあだから、多少痛かったり苦しかったりしても、大抵死なないから安心しろよ」


彼は縁起の悪い台詞を口にして、バタリとドアを開けた。そして私の背中を無理やり押して放りこんだ。「うわっ」 私はあわわ、と何度かつまずきながら中に入る。ひょいと顔をあげた向こう側には、豪勢な椅子の上に、忘れもしない強烈な男、オルドレイクが足を組みながらパチパチと拍手をした。「よく来た獣!」 だから獣じゃないって。なんて言える雰囲気ではない。

もう一度歩きだした所を、再びアスナクに背を押された。妙な模様、魔方陣らしきものの中へと足が入り、体中がひゃっと嫌な感覚に襲われる。おいおい、と思って再び後ろへ後退しようとしたときには手遅れだった。ガツン、と体が何かにぶつかった。何もないはずの場所で、確かにぶつかったのだ。「え? なにこれうそ」 私は拳を何もない壁へと叩きつけた。ガンガン。音なんてしない、けれども確かにある。

「獣! まあせっかくだ。やりたいことはたんまりとある。ここ数日アスナクに観察してもらった訳だが、どうやらお前はシルターンの召喚獣と似た性質を持っているらしいな? 十分だ。後は私の前で存分にその力をあらわせ! なぁに、腕の一本とれてもかまわんさ。いや、それくらいしてくれた方がありがたい。後でお前の肉を研究することができる」

聞き逃すには、あんまりにもな台詞だった。いやいやいや、と首を思いっきり振ったこともむなしく、いつの間にやら部屋の端に佇んでいた黒ずくめの男が、魔方陣の中へと足を踏み入れた。これであの人も、あの円の外から出ることができなくなってしまったのだろうか?

アスナクは無表情のままに、両手を後ろへと回しこちらを見つめている。オルドレイクは、「さあさあ!」と両手を打ちならす。黒ずくめの男性は、唯一見える口元部分をニマッと笑わせた。嫌な予感しかしない。「あ、ちょっと待ってくれません? まずはこのえっと、変な魔法からなんとかしましょうかってヒギャー!!???」「ギシャー!!!」

まるで人語とは思えないような叫び声を喉から吐き散らしながら、男性はこちらへと向かって来た。手に三本の鋭い爪をつけ、それを思いっきり振りあげる。腕部分の布がはじきとんだ。「……!?」 本気だ。見える肌部分に線が走り、その部分から微かに血が流れ、ぴりりと痛い。私は即座に鈴鳴を鞘ごと振りまわした。彼の二回目の振りおろしにガリガリガリと嫌な音を立てながら鈴鳴が防ぐ(……駄目だ!)

刀は横っつらを叩くものではない。私は後ろに飛び去ろうとしたが、結界(と、呼ばせてもらう)が邪魔でどうにも移動することができない。三回目の振りおろしを鞘で受け止めた。そしてお互いが拮抗した瞬間、相手の金的を狙う。しかし、あちらもどうやらプロらしく、両膝を合わせる形で私の蹴りは止められた。中途半端な体勢となり、バランスが崩れてそのまま地面へとつく。そして顔めがけて振り下ろされた爪を、ごろごろと転がりながら、すんでのことで避けた。体中から嫌な汗がぶわりと噴き出す。

やらなきゃやられる

ふと、そんな台詞を思い出した。唇をかみしめる。必死に背中を向けて逃げながら、考えた。やらなきゃやられる。無様に逃げた。振り返ることなく、一直線に、もう片方の円の端まで。けれどもそこで行き止まりなのだ。どうしたらいい、と考えた瞬間、わき腹に鋭い痛みが走った。なんだこれは、と思わず手を伸ばすと、ナイフが突き刺さっている。投げナイフだ。刃は薄く、私が触っただけでぽろりと抜けた。血がぼたぼたと噴出した。これはまずい、と思いながらも、頭の中では冷静な自分がいた。
      これくらいの怪我じゃ、死にはしないさ

過去の自分が語りかける。

そうだ、死なない。今、動きを止めてしまったら死んでしまう。私は投げられたナイフを握りしめたまま、左手で鈴鳴を握りしめた。片手なものだから、バランスが悪い。ひゅっと振れば、黒ずくめの男性が鈴鳴の腹を叩き、すぐさま刀の軌道を変える。瞬間を見逃さなかった。私はもう片方の右手で、男性が投げたナイフを、彼のわき腹めがけて突き立てた。がちんっと歯が何かにぶつかったのは、おそらく彼の骨盤だろう。骨にぶつかったということは、大して傷は深くない。けれども彼はぎょっとして自身の腰を見つめた。その隙にと、私は勢いよく男性の右耳を殴打した。景気のいい音が響き、彼はがくりとふらつく。今度は顎を。くらり、と男性が天井を見上げた。そしてそのまま倒れ込んだ。


気持ちが悪い。
涙が出た。それをぬぐうように手を動かすと、べとべととしていて、そういえば、手のひらに自分の血がついていて、真っ赤だったことを思い出した。気持ちが悪くて服で拭うと、服もすぐに赤くなる。頭の中がくらくらしているのは、血が足りない所為だと思う。誰かが手のひらを打っていた。大丈夫、男は死んでいない。気絶しているだけだ。「まあ、こんなものか」誰かが呟いていた。血が魔方陣を汚し、陣を崩していた。「アスナク、こいつを牢へ」 私は一歩を踏み出した。陣の外へ出た。くらくらする。思考が上手くまとまらない。

ぽてぽてと足を伸ばす。鈴鳴を地面に引きずり、ガラガラと音を響かせていた。顔を上げると、オルドレイクが私を不審な目で見つめていた。ぼうっとしている。私はためらいもなく刀を鞘から抜き、彼の首へとつきたてた。そうしようとした。そうする前に、自分が床に縫いとめられていた。どうにも叫んだ気がするけれど、あまりにも意識がぐらついていて、よくよく認識が出来ない。


「焦点が合っていないな」 ふむ、とオルドレイクは頷き、私の首元へと大きな手を伸ばした。ぐっと力強く喉を掴まれる。苦しくて咳こんだ。「さて」彼はにんまりと嗤った。



      盗むことにしよう」








アスナクに、あの獣を医務室へと運ぶことを命じた。
オルドレイクは手のひらに持つ石を見つめて、にまりとほほ笑んだ。この石の中に、あの獣から盗み取ったものを封じ込めた。これは鎖だ。誓約だけではまだ足りない。自身と獣を結ぶ鎖である。人も同じ。獣も同じ。繋がりとは自身で作り上げるもの。
無理やりに従わせるもの。



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2011.05.27