ハジマリまでのお話をどうぞ



という名の召喚獣と行動を共にすることにした。
自分も一緒に逃げる手伝いをしたい、と彼は主張したのだ。さてどうしたものか、と考えてみたけれど、もし彼が敵だったとして、彼は召喚獣。ただの召喚士である自分が抵抗したところで、グサリとさされておしまいだ。(まあそのときは、しょうがない、ということで) 思考を放棄することにした。なんだかめんどくさくなってしまったのだ。こういうことろがあるから、ヤード、あんたは賢いのに馬鹿なのよねぇ、と幼馴染の彼……彼女? に、怒られるのだ。


結論から言うと、この召喚獣はとても自分の役に立った。役に立った、こういう言い方はあまり好きではないのだけれど、想像以上に力になった。シルターンの剣、"カタナ"を持っているところから見ると、やっぱり彼はシルターンの召喚獣なんだろう。ときおり他の派閥の人間から見せられる召喚獣と比べれば、若干動きが遅いように見えられたが、大してよくもない自分の目なので、どこまで当てになるか分からない。少なくとも、自分一人ここを脱出するよりも十分ありがたい存在だった。

誰からも気づかれず、こっそりと逃亡できるものならいいと考えていた。けれどもそれはやっぱり甘かったようで、襲いかかる刺客達を、息も荒く遠ざける。
本当に逃げ切れるのだろうか。ぱたりと地面に倒れた彼ら    さんは手加減したんだろう、息はある     を見下ろし、自分も同じく地面に倒れ伏すのでは、と苦く唇をかみしめた。
もし、そうなったなら、この顔を隠す不思議な召喚獣まで処分の対象となってしまうだろう。おそらく、召喚獣である彼は、自分なんかよりも、もっともっと重い罰を受けることになる。懐で抱きしめている二本の剣が、重く感じる。
(そのときは……)

唾を飲み込んだ。自分は逃げなければいけない。この剣を、あの場所に置いていてはいけない。
(彼の運が、悪かったと)
そう思わなければ、苦しい。
自分は彼を、利用するのだ。



***



うっすらと分かっていたけれど、ヤードさんは物腰の柔らかな男性だった。丁寧な口調から性格が伺える。
私はの"声"を借りることにした。自分の"声"をオルドレイクに盗られてしまったのだから、しょうがない。彼の"声"を借りたからと言って、別にがしゃべれなくなるという訳でもなく、ちょっとよくわからない。借りたものは、直接の声帯ではなく、概念なのだよ、と彼はケラケラ笑って消えた。


男の声なのだから、どう考えても女である自分は不自然だ。アスナクから借りたローブとは別に、そこいらから長い布を調達して、ローブのフードの上にマフラーを巻く容量で顔を隠させてもらった。今から私はイケナイことをするのだ。顔は隠れているに越したことはない、はず。

さん、こちらをまっすぐ行けば出口です。まっすぐですよ。侵入者を発見した場合、即座に扉が閉まる仕掛けになっています。気づかれないように進みましょう」
「分かりました」
「そして今更ですがさん。私の名前はヤードです」
「ほ、本当に今更ですね」
「名前はきちんと名乗るべきかと思いまして」

ヤードさんはにっこりと優しく微笑んだ。私は慌てて、私の名前は、と口をつこうとしたけれど、いやいや、と首を振る。私はとして生きることにしたのだ。別に、の声を借りているから名前まで彼から借りてしまおうというつもりではない。
      この世界は、名で縛る。

あの透明のサモナイト石の真ん中に刻まれた私の名前を見て気付いたのだ。名前がキーワードであり、召喚士に知られてはいけない。に確認してみると、「可能性はある」と神妙に頷かれた。だから名前を隠す。別に、ヤードさんを疑っているとか、そういう訳じゃない。けれども彼という人間が分からないから、ある程度警戒していると言えば、やっぱり疑っていることになるんだろうか、難しい。

とにかく、誰に知られる訳にはいかない。私はこの世界に置いて、召喚獣というだけで不利な存在なのだ。せめてもっとこの世界を理解するまで、出来る限りの注意を払う。顔を隠す必要性も、そこらへんから感じていた。

既に一度名乗っていた訳だけど、せっかくあちらに紹介されたのだ。私はひっそりと声をひそめて、「ぼ、僕はです」と少々どもりながら軽く頭を下げた。ぼくなんて言うのはなんだか恥ずかしい。みたいに俺の方がいいだろうか、と思ったのだけれど、真っ先に浮かんだのは僕だった。
    なんだ。昔は僕のこと、トウヤ先輩って言ってきて可愛かったくせにさ)
ふと、彼の言葉を思い出して、照れ臭くなった。

僕、と言うと先輩に手を貸してもらっているみたいで、力強い。
ちょっとした反抗期だったのだ。深崎先輩。そう呼んでいたけど、トウヤ先輩と言えばよかった、と後悔するしかない。多分もう、彼には会えないんだなぁ、と考えると鼻の奥がツンとする(でも、そんなのわかんないし)
アスナクが、還ることができないと言っただけだ。もしかしたらまだ方法はあるかもしれない。諦められないというよりも、実感がわかない。元の世界に戻るためにも、まずはここを抜け出さなくては、と気持ちを頑張って前向きにする。

大勢の人間の足音がする。ハッとしてヤードさんと目を合わせた。私は頷いた。


彼らの不意をつくように、腰から下げた刀を力いっぱい振るう。多少の傷は、自分も相手も気にしない。この世界には召喚術という不思議な力で溢れているのだ。問題ない。そう思えば楽だ。相手は3人。ギリギリだ。苦しい。事前にヤードさんとは打ち合わせをしておいた。

     ヤードさん、2人までなら、不意打ちをついて僕がなんとかします。だからあなたはどこかに隠れていてください。ただ、それ以上になると、正直僕一人の手には余る。そのときは、助太刀をお願いします。

分かりました、とヤードさんは神妙に頷いた。時間と怪我を気にしなければ自分にもなんとかできるだろうが、扉が閉まってしまうとなれば、そうもいかない。まず一人。隙をついて飛び出し、指の健をいくつか切った。そのまま意識を昏倒させ、他が驚き息をのみ込んだ瞬間を狙い腹部を殴打する。けれどもタイミングが悪かった。確実にダメージを与えるには、息は吐き出した瞬間がいい。

さすがに向こうもプロらしく、一瞬のうちに囲まれてしまった。腕がローブごと切られ、しびれる。歯を何重かに重ねているらしく、中々嫌な切れ味だ。血が止まりにくい。唇を噛んで痛みを誤魔化す。(    はやく、ヤードさん……!)

召喚術でも何でもいい。男たちの気を向けてくれ! と物陰に隠れているであろうヤードさんにちらりと目線を向けた。けれどもその瞬間、私は愕然とした。見えた姿は、ヤードさんが慣れない駆け足で出口に向かっていく後ろ姿。
見捨てられたというよりも、おとりにされたということなのだろうか。ため息をついた。そんなものだ、と分かっていたのに、少しだけ信用していたらしい。
(とにかく、ここを一人でなんとかしなきゃならない)

切られた左腕が少しずつ冷たくなっていく。血が抜けているからだ。「シャッ!」男の掛け声とともに投げナイフが振られた。赤い刀、鈴鳴でナイフの柄を弾き飛ばす。私はバックステップで距離を置くと、いくつか彼らの懐からかっぱらっておいた投げナイフを人差し指と中指の間にはさみ、力強く投げた。ドッチボールで一番狙われる場所はどこか。足である。人間、下肢を狙われると、反射的な反応がし辛くなる。ももの内側は重要な血管がつまっていると先輩が言っていた。

けれども中々うまくいかない。相手の服が僅かに敗れただけだ。二人を相手と言うのは中々に手厳しい。ちくしょう、と行儀が悪く口から息を吐き出した。振り下ろされる刃から逃げ惑いながら、口にまいていた布の一部を切り取り、片手に力強く巻き止血する。腕はやりづらい。黒い布のおかげで血の色が見えないことは幸いだ。真っ赤に染まった布を見れば、闘う戦意が喪失してしまいそうだ。

ときの声をあげ、一人の男の腹を水平に薙いだ。男は弓なりに倒れたが、もう一人が左の視界で剣を振りおろそうとしている。ハッとした。私は左目が見えない。そのおかげで盲点が人より多いのだ。
間に合わない、と体中に力を入れた瞬間、その男はバタリと倒れ、つっぷした。その後ろには角材を手にしたヤードさんが、息を荒く私を見下ろした。「あ、いえ……その、剣を、先に、外に出しておこうかと……私には、どうにも重くて」 そう言って、角材をふらふらと抱きかかえ、念のためともう一度男の頭部を殴打する。
いやさすがにそこまですると殺してしまうので、「いやいやヤードさん、ストップストップ」と彼の肩を押した。

「すとっぷ?」と彼が首を傾げたので、私は苦笑した。どうやら横文字は通じないらしい。「そこまでしなくっても大丈夫ってことです」 なるほど、とヤードさんは頷いた。そして男の頭部からだらだらと血が流れていることに気付き、慌てて小さな召喚獣を呼び出し、軽く止血する。私の腕も治し、「こっちです、さん。扉は開くように固定しておきました」と引っ張る。
      逃げたんじゃなかったのか)

少し、疑い深くなっていたのかもしれない。隠した顔の隙間から飛び散ったらしい、自分のものでもない血を、ぎゅっと親指で拭った。今の自分を見たら、先輩はどう思うだろう。殺伐とした気持ちになってはいけない。
ヤードさんが戻ってきてくれたとき、ほんの少し嬉しかった。この人を信じたい。
(疲れたなぁ)
早く休みたい。



この日、私とヤードさんは、無色の派閥と呼ばれる組織から、多くの混乱を残し姿を消した。


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2005.??.?? 8~10話 執筆
2011.06.26 書き直し