ハジマリまでのお話をどうぞ さて、どうしたものか。 私とヤードさんは、お互いボロボロな状況でふらふらと街を歩いた。とっぷりと日が暮れていることは幸いだった。そうじゃなければ、こんな血だらけ服と称してボロボロの布をまとっている人間など、通報されかねない。「あのう、ヤードさん」 私はこっそりと彼に声をかけた。彼は憔悴しつつも、何ですか? と言う風にゆっくりと瞼を動かす。「その剣、何なんですか?」 ヤードさんが剣を抱きしめる手に力を入れた。 「あ、いえ、無理やり訊きたいとか、そういう、訳じゃ、全然ないんで!」 「そうですね、確かに、気になってしまいますよね。……これは、あってはいけないものです」 力の権化です。と、彼は難しい台詞を口にした。はぁ……ごんげ……と、私はとても馬鹿っぽい発音で言葉を繰り返す。ヤードさんは苦笑した後、自身の剣を見つめ、眉をひそめた。最初は剣を布で包んでいたのだが、その布も、今はどこかに消えてしまった。剣は抜き身の形でキラキラと宝石のような光を放っている。エメラルドと、真っ赤な私の鈴鳴のような剣の二本だ。どうしても目立つ。「まずは、そうですね……」 うむ、とヤードさんは頷いた。「古着でも調達することにしましょうか」 適当な大きな布袋に剣を入れる。その際、自身の服も処分し、新しいものを購入した。店主の親父がこちらを訝しげな目で見ていたので、胃が痛くなる。お金と言えば、アスナクがローブの中に仕込んでくれていたらしく、それを少量と、ヤードさんが購入してくれた。とにかく私たちは姿を隠さなくてはならない。怪しさ満点だと思いつつも、大きなフード付きのマントと、長いマフラーのような布を購入し、ぐるぐると顔に巻いて、鼻までを隠す。寒がりなので防寒のために、と言い訳できるギリギリであり、顔を隠すことのできる格好だ。 ヤードさんは私のことを男だと勘違いしているらしい。彼には何度か素の顔と声で出会っている。なんでまたこんなことに、といちいち説明するのもめんどくさいので、取りあえず黙っておくことにした。後でいくらでも説明できる。 (……?) 心の中でに呼び掛けてみた。けれどもおかしい。いくら呼んでも反応がない。 (…………?) 滅多なことがないかぎり、いつでも姿を現す男なのに。 (滅多なことが、あったのかな……?) なんだか不安だ。これからどうすればいいのだろう。 「中々お似合いですよ」 ふふふ、とヤードさんは笑った。お互い衣装を新調して、闇に紛れるようにして歩く。「あのう、これからどうしたらいいんでしょうか?」 持っていた不安を、彼に訊いてみることにした。この世界のことはまったくもって分からない。頼りのとも、連絡がつかない。このまま頼りっきりになるのもいかがなものと思ったが、それ以外生き残る術がないと言うのならば、できることなら彼についていきたい。 ヤードさんは私の疑問に答える前に、くんくんと鼻を動かした。私も彼に倣うように鼻をひくつかせる。塩の匂いだ。風に塩分が含まれ、なんだかべとべとしている。海が近いんだろう。「船に、乗りましょうか……」 それだけ呟いた後に、私を見下ろした。「私は船に、さんは陸を歩きましょう」「え?」 パチパチと瞬きを繰り返して彼を見上げた。ヤードさんは特に表情の変化はなく、敢えていうのならば疲れ切った表情でため息をつき、剣が入っている布袋を抱きしめ直す。「だから、別行動をしましょう」「あの、いや、わた、僕は……ヤードさんと、一緒に……」 でなければ、どうすればいいか分からない。 「すみませんが迷惑です。ここで別行動をとりましょう」 「は……」 そう言ってしまわれると、私は何も言うことが出来なくなった。小さくなってうなだれる私を見て、ヤードさんはため息をついた。そして一言、「お元気で」と呟き、去って行く。その背中を私は見つめた。 自分は船に、私は陸に。あの人はそう言ったけれど、どうにも動く気になれなかった。手近な公園の茂みに体を隠して、このまま眠ってしまおうか、とうつらうつらと考える。 ( ヤードさんの声が聞こえた気がして、唇を噛んだ。ほんの少し泣きそうになる。 (そんな訳、ないじゃないか) 鈴鳴を抱きしめた。あの迷惑とは、私「が」迷惑になるということではなく、自分「が」迷惑になると言うことだ。 あのヤードさんが抱えていた二本の剣は、それだけ重要なもので、あなたまでは巻き込めないというヤードさんの善意に違いない。わざと勘違いをするような言い方をしたんだ、あの人は。 (だって、迷惑と言うんなら、戻ってくる必要はなかったんだ) ほんのちょっと前、出口に向かいこちらに背中を向けて走って行く彼の姿を見たとき、見捨てられたと感じた。けれども違った。あの人はきっと、お人よしなんだ。体を抱きしめた。そんな人に辛い言葉を言わせてしまったことが悲しい。もしかしたら私は、そうだと思い込みたいのかもしれない。本当に迷惑だと、ヤードさんに思われたのではないと。 (……いじいじと) パチン、と自分の頬を叩いた。 そのとき、誰かが囁く声が聞こえた。「 古着屋の親父。彼ら二人は、つらつらと私たちが古着屋で購入した服の特徴をお互いに確認するように述べる。私はさっと顔が青くなった。( どんどんと足音が近くなり、ゾッとした瞬間、彼らは私を通り抜けた。そしてそのまま遠ざかる。私はそっと植え込みの中から顔を覗かせた。彼らは港に向かっている。ヤードさんの元だ。また複数の人間の足音が聞こえたので、慌てて隠れた。 (ヤードさんが) 今更自分が行ったところで、あんな人数相手にどうしようもない。たとえ、どこか変わっていたところがあって、幼い頃から剣道を習っていたのだとしても、こっちはただの女子高生なのだ。先ほどまでの死闘を思い出すと、体の芯が震えた。それなのに。 行かなきゃいけない、行こう。助けに行こう。ただ震えているだけで、彼を見殺しにしてしまったら、もう先輩に、トウヤ先輩に顔向けできない。さっと膝をつき、立ちあがった。暗い空が頭上に広がる。ハッとした。緑色の渦が港を中心にして立ち上っていた。 一本の光が、暗い空を割っている。あの緑の光は、どこかで見たことがあると感じた。そうだ、ヤードさんが抱きしめていた剣の一本だ。「い、行かないと……」 ヤードさんが助けを呼んでいる。 私は駆けた。近づくほどに海が荒れていることを肌で感じた。鈴鳴を抱きしめ、緑の渦の中心に向かう。水しぶきが頬にかする。ハッと気を抜いた瞬間だった。 私は波に飲み込まれ、嵐の海の中に *** 丸い月がのぼっている。一人の男が、ぼんやりと空を見上げていた。20を越え、背はあまり高くはない。このリィンバウムでは、シルターンと呼ばれる世界で着られる"キモノ"をはおっている。縁側に尻を乗せて、くあーっと一つあくびをついた。 「おう、ボン、何をしとるんじゃ」 そんな男性の背から、一人の老人が声をかける。こちらは男性の着流した服とは違い、きっちりと和服を着こみ、小さな眼鏡。額は禿げあがり、髪の毛は真っ白だ。けれどもその瞳には凛とした光が常に宿っていた。ボンと呼ばれた青年は、「いやあ、もうボンって年じゃないんですけどね、ご老体」「よく言うわ。わしにはどいつもこいつも子どもに見える」 だいたいこっちもご老体なんて年じゃない、と老人は二マリと意地悪く笑う。 「そりゃあすみませんでした、ゲンジさん」 「はん、わかりゃあいい、カズ坊」 「だから坊じゃありませんて」 ハハハ、とカズと呼ばれた青年は軽く笑う。そして「まあ何をしてるかと言いますとね」と言葉を置いて、ちらりと空を見上げた。丸い月が浮かんでいる。「月が丸いなと思いまして。いつものことなんですけど」 ゲンジは口元の髭を、ちょちょいと人差し指でいじった。「変わらない月なんぞ、わしらにとっちゃ奇妙な光景じゃな。初めは面白いもんだとおもっとったがの」「さすがにちょっと、何年もこうだと見あきますねぇ」 この世界の月は丸い。けれどもカズは、どこぞで見たかとでも言うように、「たまにはかけた月も見たいもんです」と肩をすくめる。 「変わるからこそ、綺麗なのにね」 「珍しく詩的なことを言う」 「たまにはセンチメンタルな気分になっちゃうんです」 「せ、せんち……? ……横文字はすかん」 「ああすみません。意味がわかりませんでした? センチメンタルというのはですね」 「よ、横文字はすかんといっとるじゃろ!」 ゲンジは照れを隠すように袖の中に腕を入れ、ぷいと視線を逃がした。カズは面白げにニマニマと笑っている。元来、他人をからかうことは好きな方だ。 ふと、何かが聞こえた気がした。島が何かに呼応している。彼は召喚術の知識には疎いが、中々に鼻が利いた。この変わらない島が、ぞっとうごめいたような感触を得たのだ。黙り込み、じっと空を見上げるカズを、ゲンジは不思議気に見つめた。同じ同郷の人間とは言えど、カズほどには彼に召喚の才はない。 なんでもないとばかりに、カズはやんわりと首を振った。おそらく、自分が騒いだ所でなんの結果が変わることはないだろう。 「おい、どうしたボン、カズ坊。ぼんやりして。風邪をひくぞ」 「だからボンって年じゃないですって」 「それじゃあのボン、ほらさっさと庵の中に入らんか」 「結局ボンなんですか」 カズは少しだけ苦笑して、お先にと家の中に入って行くゲンジの背中を眺め、もう一度月を振り返った。(……変わるからこそ……) もしやこの島にも、新たなきっかけがやってきたのか。 そうならいい。 変わるからこそ、世界は美しいのだ、と詩人的な言葉を胸に浮かべて、カズは一人で赤面した。 BACK TOP NEXT 2005.06.27 11~12話、14話 |