彼らが来るまで ヤードさんを追いかけた私は、嵐の海の中に、おっこちた。 これは死ぬ。死んでしまう。がぼがぼと穴と言う穴から水分が浸入する。ただできることは、ぎゅっと鈴鳴を抱きしめることだけで、そんなことをしていてはすぐさまに沈んで死んでしまう。服の間に鈴鳴を入れ、両手で平泳ぎの要領でばたばたと泳いでみても、服が張り付くばかりで上手く進まない。 存外、死はすぐそばにあったらしい。ごぼり、と嫌な音とともに、大きな空気の泡が口から飛び出る。もったいない、と手のひらをかくことさえ億劫だった。瞳を開けることすら辛い。そう考えた時、誰かの声が聞こえた。(諦めるな!) 先輩の声だ! そう思ったけれど、分からない。トウヤ先輩かもしれないし、アヤ先輩かもしれなくて、お母さんの声かもしれない。それともの声だろうか。会ったこともない、血の繋がらない兄の声のような気もした。諦めるな。 水の中で力強く瞳を開けた。そのとき、鈴鳴が、真っ赤な刀が、ぼんやりと蛍のような光を発した。脈打つようにやわやわと光は大きくなり、小さくなる。暖かな光だった。そのまま瞳を閉じてしまいそうになったとき、静かな水の中で、小さな音が耳に響いた。ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃり。 *** 「オウキーニ、誰じゃあ、そいつは」 私は誰かに担ぎあげられていた。ぼたぼとしたたる滴が床に染みる。誰じゃあ、と言った声の主は男だった。「あんさん、このお人、海の中でおっこちてたんですわ。なんやらぽわぽわ光っとったから、不思議に思って確認してみたんです」私を担ぎあげている人は、なんだか優しげな男の人で、妙になまったしゃべり方をしていた。私は身じろぎをした。「ああ、気がつかはりましたか!」 男は慌てて私を地面の上に乗せて、大丈夫でっか、と言いながら私のフードをはごうとしたので、私は反射的に抵抗した。 「すんまへん。嫌でしたやろか。ほら、これタオルやから」 押しつけられたタオルを、私は頭を下げて受け取り、タオルに向かって何度も咳こんだ。喉の奥の塩辛い何かがひっかかって、苦しい。「すみません……」 私は頭を下げて、涙目のままタオルを彼に返した。オウキーニ、と呼ばれていた気がする。彼は人のよさそうな顔を、さらに優しげに瞳を細めて、「いや、ええんです。困ったときはお互い様や。なあ、あんさん」と言いながら、まるでどこぞの海賊のように片目をアイパッチで隠した髭の男に声をかけた。瞬間、男は叫んだ。 「ガー!!」 「!? あんさん何叫んではりますの!?」 「ここはわしの船じゃ! 船じゃ船じゃ! なんじゃお前は、知らん人間はいらんぞ、オウキーニ、さっさとこいつを放りださんかー!」 「む、無茶言わんといてください! 外はほら、」 と彼は前置きをして、ビシッと窓に指を向ける。激しい雨がガラスをたたき、今すぐにでも割れてしまいそうで、海は激しく荒れ狂い、海の天気は変わりやすいと言うが、まさかここまでと言う訳でもないだろうに、と彼ら自身混乱したようにお互い外を見つめていた。「これはあかん。と、とにかくなんとかせぇへんと!」 オウキーニさんはハッとしたように扉に向かおうとした。瞬間、また別の誰かが体当たりをするようにして部屋の中になだれ込む。「せせせ、せんっちょおおおおお!!!」「どうしたんじゃ」 どうやらアイパッチが『船長』らしい。 耳をつんざくような声で叫んでやって来た、複数人のがたいのいい男性陣は、涙目になりながら再び叫んだ。「大砲がぁっ、大砲がぁっ……!」(……た、大砲?) 聞き間違いだろうか、私はフードの中に手をつっこみ、びちゃびちゃの髪をかきあげる。けれども彼らは、もう一度、はっきりと言った。 「大砲が、海に流されましたああああああー!!!!」 「な、なんじゃとー!!!???」 えらいこっちゃ、えらいこっちゃ! と叫ぶ彼らをしり目に、私は一人ぽかんとした顔で瞬きを繰り返した。まさか、とだらりと嫌な汗が背中に流れる。バッと勢いよく振り返り、部屋の中の内装を確認した。部屋の端には、大きな布が飾られている。その布には、大きなどくろ。(……)しかも、そのどくろには、真っ黒なお髭。(…………くぅっ!) 私は人知れず頭を抱えた。彼らがどくろを愛好する、デスメタルな趣味の方でありますように。いや、それもちょっと嫌だけど。まぁとにかく。ぐっと力強く拳を握る。 海賊だとかなんだとか、びっくり職業の持ち主でありませんよーに!!! まあ実は、ドンピシャだった訳だけど。 それから数日後。なんだかんだと色々ありながら、私たちは小さな島に漂着した。ぼんやり顔の海の男たちは、「陸だ!」「陸だ!」「陸だ」「陸だあああああ!!!!」 ある種の地獄だった。強制的に彼らと過ごすことになった数日間。男くさかったと言えば失礼だが、お互い妙な連帯感が芽生えてしまった。「陸だぁあああ……」とむせび泣く男性の肩を、私はぽん、と叩いた。「、お前も嬉しいよなぁ!」と黒いバンダナをかぶった船員が嬉しげに後ろから私の背を叩いてきたけれど、ぶっちゃけ彼らは似すぎて誰が誰だかわからない。というか、みんな、むきむき……? 「はい。嬉しいです」 私たちの背後では、うおおおおーん! と船長のジャキーニがぼろぼろとなった自身の船に涙して、腹心オウキーニが、「あんさんあんさん、ほらつくりなおしたらええですやん、な? これくらい全然問題ありまへんて」と一生懸命慰めている。ジャキーニはしくしく涙を流しながら、「これだから陸に上がるのは嫌なんじゃあ……!」と叫んでいた。 「とにかく、食糧だ!」 「食糧確保!」 「確保ォー!」 船員たちがお互いの拳を合わせながら、ササッと散開する。ついでとばかりに私も彼らの背についていくと、行った一直線で彼らは戻って来て、「はぐれだー!!」と両手を上げながら逃げ帰って来た。はぐれ? 私は首を傾げた。どこかで聞いたような台詞だ。「はぐれだ!」「はぐれだ!」「成敗!」「オウ、成敗!」「どおおおおおお!」「せんっちょおおおお!!!」 彼らは妙な掛け声とともに、自身の獲物を振りまわし、ぼこぼこと不思議な生き物、スライムに向かって攻撃し始める。奇妙な光をこぼしながら消えうせるスライムを見て、私は目をぱちくりと瞬かせた。 別に、スライム自体に驚いた訳ではない。あそこの施設では、そんな不思議なモンスター達はやまほど生息していた。私と同じ、異世界から召喚された、生き物なのだろう。けれどもなんでまた、彼らがこんな島に? それともこの世界では、それが当たり前の光景なのだろうか、と考えてみても、彼らの驚きようを見てみるとそうではないらしい。 「はぐれだ!」「はぐれだ!」「成敗!」「オウ、成敗!」「どおおおおおお!」「せんっちょおおおお!!!」 まったく同じような掛け声をあげながら、ブチブチスライムをつぶしていく彼らを見て、なんとなく複雑な思いにかられた。オウキーニさんが、ジャキーニさんをなだめることを諦めたらしく、「なんやらこの島、はぐれがぎょうさんいるみたいですなぁ」と口をあんぐりと開けている。はぐれと言うのは、悪いものなのだろうか。異世界から召喚されたもの、と言う定義であるのならば、私もそのはぐれというものなのでは。 ウウウン……と腕を組んだ。同じ人型をしていないせいか、そこまで仲間意識を持つことはないけれど、ほんの少し同情した気持ちを持ってしまう。 ふと、砂浜向こうの茂みに、青いぶよぶよしたスライムのような生き物を発見した。その子はきょろきょろとこちらを見回していて、私と目が合った瞬間、びくんちょと肩(……肩?)をゆらした。 私は周りの海賊たちをちらりと目の端で確認し、ちょいちょいと手のひらを振って、さっさと逃げろと言う風に合図する。スライムは慌てて茂みの中に逃げ帰り、「他にはぐれはいるか! 大丈夫か!」と目を血走らせる海賊たちをしり目に知らんぷりをした。 背中では、「酒が飲みたいいいいい、腹がへったああああ、お魚はもう嫌じゃあああ……」とジャキーニの悲痛な叫びが聞こえる。「はぐれだ!」「はぐれだ!」「成敗!」「オウ、成敗!」「どおおおおおお!」「せんっちょおおおお!!!」「うおおおお!!!!」 再びはぐれを発見したのか飛びかかる彼らを見て、カオスだなぁ、と私はぽそりと呟いた。 ヤードさんは、大丈夫だろうか……? BACK TOP NEXT 2005.??.?? 16.17話 2011.07.05 11話 |