彼らが来るまで ジャキーニは、チッと舌打ちを繰り返した。まったくもっていけすかない。 港に止めていたはずの船が、嵐に巻き込まれ遭難してしまうという、まさかの珍現象に遭遇してどんぶらこっこのぼろぼろりん。わしの船が、わしの船がと涙しつつ、それほど深刻な事態ではないようなので、ジャキーニ達は船員を集め、毎日こつこつと修理の日々だ。それももう少しで終わる。あと少しで、あの大海原に旅立てる。陸はいやじゃ。こわいのじゃのじゃ。毎日毎日ジャキーニが叫んでいるので、船員達は、はいはいそうですねぇ、と軽く流して微笑ましい毎日だ。 なのに。だのに。なのに。だのに。 (……なんっじゃ、あのとか言うがきんちょは!) とは言っても、はジャキーニ達に素顔を見せない。なので実際の年齢がいくつなのか分からないし、訊いたとしてもはぐらかされる。判断基準は声のみなので、まあ自分よりは下だろう、と彼は考えていた。(……なんかやましいことでもあるに違いないわい!)そうじゃなければ顔を隠す意味がわからない。 根性が気にくわない。いくら自分が喧嘩を売ったところで、そうですねぇ、すみません。と形ばかりへらへら謝るところも気にくわない。ジャキーニは、カイル一家という自分たちと同じ海賊仲間を思い出した。いや、仲間などと思いたくもない。海賊のくせに義賊を気取っていて、こいつらも気にくわない。こいつらと同じくらい、の存在が気にくわない。 (……まあ、それももう少しの辛抱じゃがな!) もう少しで、船の修理が終了する。そうすれば、そうすれば *** 「働かざる者食うべからず!!!」 私はジャキーニから唐突に叫ばれた言葉に、目を白黒させた。オウキーニさんの食事の手伝いをしていると、後ろからこそこそとやって来たらしいジャキーニが、私の耳元で大声をあげたのだ。マイクのハウリングのように、耳元でキーン、となっているような気がする。あ、ちょっと気分が悪い。「働かざるものォー!!」「い、いやそれはもうお聞きしましたんで!?」「くうべからずゥー!!!」「ああこの人、人の話聞いてないー!?」 きーんきーん、と耳が苦しい。 私が耳を押さえてうずくまっていると、「ハンッ」と彼は鼻で笑った。なんだこの人。「わしが何を言いたいか言うと、お前はこの船でメシを食う権利はないということじゃ、この働かざるものが!!!」「いやあんさん、さんはウチの手伝いようしてくれますよって。船の掃除もしてくれて気がきくし」「ええい、お前はだあっとれーい!」 理不尽である。 「わしが、わしが言いたいのはなぁ! お前がくっとるそのメシは、一体誰が集めて買ってきたもんかっつっとるんじゃ!」 「ああ、ウチがあんさんからお金を預かって、街で買って来たものの残りですわ」 「お前はだあっとれーい!!」 ばたばた両手を暴れさせながら、ジャキーニはぎろりと片目ですごむ。さすが海賊船の船長だけあって、迫力がある。発言は駄々っ子っぽいのに不思議だ。「その金も、わしらが色々とよくないことをして集めたもんじゃぞ!? それをお前はのうのうと毎日メシをくっとる!」「い、一理あるような……」 でも悪いことって何したの? トニカク!! とジャキーニは無理やりに話をまとめた。「食糧じゃ、食糧を取ってこい! そうすりゃあわしらの仲間だと認めてやるわい!!! お前らぁ!」 ジャッキーニは、食堂の向こうに大声を上げた。「この覆面男を、つまみだせい!」 「「「「へい、船長!!!!」」」」 見事にぴったり声の揃ったチームワークを聞かされながら、マッチョ軍団に、ぽいっと文字通り船から叩きだされ、尻から落下した。 食糧を取ってくると言われても、一体どうしたらいいんだろう。あんさんこれはちょっといきなりですわー、あんまりですわー、と味方をしてくれたオウキーニさんが最後の良心に見えたが、なんだかんだ言って、彼が言っていたことは間違っていないよなあ、とううんと腕を組む。ぶつけた尻が痛い。彼らの善意に甘えている形で生活しているのは確かなのだ。ずるずるこのままというのはよくない。 (……一人で生きていけるように、頑張るべきかな……) 勇気はいるが、元の世界に還るめどがつかない今、今後のことをもっと考えるべきだ。今現在、私たちはこの島にとどまっているが、それは一時的なもので、船の修理が済めば、すぐさま港に戻るとオウキーニさんは言っていた。それから私はどうすべきか。ヤードさんを追うにしても、こんなに日数が過ぎているのだ。足跡すらも見つかるかどうか怪しい。 (不安なはずなんだけど) 実は、あんまり怖くない。ずっと昔、こうやって一人で、いや、一人と一匹で生きていたような気がする。おそらくずっと小さなときの記憶だ。一体自分がどんな生活をしていたのか、ちょっと想像はできないが、小さなころの自分にできたことだ。今できないという理由が見つからない。 「まあとにかく、食糧だね、問題は」 ときどき思い出したようにモンスターがやってくるが、ジャキーニ達も一応、かるーくではあるが島を調査してみたのだ。モンスター(彼らで言うはぐれ)が出やすい場所と、出にくい場所があることはある程度船員から耳にしているので不安はない。あの緑やら青いスライム達は、あんまり強そうには見えなかったし。 とりあえず果実やら、森になっているものだろうか、と考えてみたけれど、あまり奥に踏み込むのはよくない気がする。まだ調査をしていない場所だ。 ざくざくと砂浜に足跡をつけていると、「おーい、ー」と聞き覚えのある声がした。振り返ってみると、ジャキーニの船員の一人が、釣竿とバケツを片手にこちらにのそのそ歩いてきている。さきほど私をつまみだした、ムキムキ軍団その1でもあった。「ほら、持ってけや」「え?」 不思議気な私の顔を見て、「前は前、今は今」とそれはそれ、これはこれ。という感じに手のひらを動かし、「船長は魚嫌いだけど、魚だって立派な食糧だし、問題ないだろ。あ、これ俺の手作りな。趣味でしてんの」と訊いてもいない説明をして、ぐいっと釣竿をこっちに押した。思わず受け取ってしまった。「まあ頑張れや」と彼はそれだけ言って、船に戻って行く。私はぽかんと彼の背中を見送り、「ありがとー」と声をかけた。彼は背を向けながら、軽く片手を振った。なんだか嬉しかった。 「よし、やったるぞー」 ぶんぶん腕を振って意気込んだものの、案外うまくいかない。というか、渡されたものは釣竿とバケツだけでエサがないのだ。適当に自分で探してなんとかしろよ、ということなのだろうけれど、残念ながら私にそんなサバイバル属性はない。適当な岩場に腰をかけ、エサもない釣竿を空しく海の中に放り込む。どれだけ待とうが、獲物がヒットすることはない。なんだろう、太公望か、私は。悟りが開けてしまったらどうする気だ。「ああー、お尻がいたい……」 同じ体勢でぼんやりとしているものだから、腰も痛くなってくる。丁度引き寄せられた波が、今度はばしゃんと岩場に叩きつけられた。勢い余った水しぶきが、私の顔までびしゃびしゃにする。「……ぺっ」 口の中が塩辛い。 このまま待っていても、いつまで経っても埒が明かないような気がしてきた。泣ける。ローブの裾で顔をぬぐってみても、ローブ自体が濡れているのだからあんまり意味がない。べたべたぬとぬとしていて気持ちが悪い。「若人よ、苦労してるわねん」「苦労どころか……」と声を出したとき、今誰がいなかった? と振り返った。いた。赤いチャイナ服を着た若い女性が、ひょうたんを片手に顔を赤らめて、私の隣に座っている。「え……ちょ、ちょ!?」 驚きのあまり言葉を失った。瞬間、もう一回波が私に覆いかぶさった。 「……ぺっ」 「あらまー、塩だらけー。かわいそうね〜え? にゃはは♪」 何故だか私の隣に座る女性は、まったくもって濡れていない。ぎょっとしたを通り越して、ぞっとした。どう考えたっておかしい。ついでに彼女の頭には角がにゅにゅっと生えており、二つの耳は奇妙にとんがっている。釣竿をおっことしてしまうかと思った。この世界には何でもありなのだなぁ、とドキドキする心臓を押さえつけて、「あ、こ、こんにちは……人が住んでるとは、思いませんで」 そこまで言った後、釣りをしながら挨拶はよくないな、と糸を引き上げ、釣竿を岩場に置き、ぺこりと頭を下げる。 「はじめまして。と言います。暫く前にこちらに漂流してきました。どなたかいるとは知らず、勝手をしていてすみません」 「んふふ? べっつにいいわよう。別にここはメイメイさんの土地って訳じゃあないものぉ〜」 彼女は語尾をふにゃふにゃと緩くして、片手に持っていたひょうたんの口をごきゅっごきゅっ。喉が嬉しそうに動いていて、「ぷは〜」と満足げにため息をつく彼女の頬は真っ赤に染まっている。ついでにいうと酒臭い。ウッ、と顔を覆おうとして我慢した。「それでちゃんはなーにをしてるのかしら?」 ……ちゃん? まあそういう呼び方をする人もいるだろう、と私は特に訂正せず、釣竿をすっと指差した。「色々とありまして、釣りをしているんです。魚が必要で」「ごはんってことかしら? 釣れてるのぉ?」 バケツの中を見れば一目瞭然な答えを、彼女はちょっとだけ意地悪気に訊いてきた。私はおそらく唯一外から見えるであろう口元を情けなく笑わせ、「いやあ、難しいですねぇ……」 っていうか、餌自体ない訳なんだけど。 メイメイさん(で、いいんだよね?)は、ふふ〜ん? と酒臭い息とともに私ににゅっと顔を近づけた。私はフードを多めに引っ張り、肩をすくめる。彼女は顔をニマニマして、右腕をぐるぐると振り回し、「ふふふ〜ん。メイメイさんにおっまかせ〜」 と言いながら手のひらを私の前に出し、ぐーぱーしている。釣竿を貸せと言う意味だろうか。 私は素直に彼女に竿を渡した。彼女はにんまり口元を動かした後、「ほいさっさ〜」と気の抜けた声とともに、釣竿を海の中に投げ入れた。もちろん、餌はつけていない。待つこと数分、つん、つんつん、と何かが糸をひっぱっている。「よいっしょぉ!」 メイメイさんが勢いよく竿を振り上げ、金具にくっついている魚をぐわしと片手で握る。声にもならない声が、口の中から勝手に溢れた。 「え、えええ、ええええー!?」 「ざっとこんなもんよぉー。はいドーゾ」 「あ、ありがとうございます……」 手の中でびちびち跳ねている魚を、私は慌ててバケツの中に入れる。ぴちゃんっと魚が水を跳ねさせながら泳いだ。うおおお、一体どうやって? と彼女を見て、魚を見て、彼女を見て、を繰り返していると、メイメイさんは満足げに鼻をならして、ぐびりとお酒を飲み込む。けれどもひょうたんの中身がなくなってしまったらしい。彼女は舌を出して、最後の一滴まで飲みきると、不満げに眉をひそめてひょうたんを見つめる。そして、むふー、と鼻を鳴らした。「ま、とにかくこれでちゃんはお家に帰れるわね。よかったわぁ〜」「あ、ありがとう、ございま……す……」 私はメイメイさんを見て、バケツをきゅっと握りしめる。このままジャキーニの所に戻る。いいのだろうか。「あらら? 何か不安なことでも?」「い、いえ、不安、という……訳でも……」ある。 私は彼女の前で居住まいを正しながら、バケツをそそそっと前に突き出した。 「とてもありがたかったんですが、これはメイメイさんにお返しします」 「あらぁ? なんでかしら」 「自分で取ってこいって、言われていますから」 たとえ不器用だとしても、約束は守りたい。そうすりゃわしらの仲間と認めてやるわい。彼はそう言った。私は申し訳なく頭をひっかいて、「いや、ただの自己満足なんですけどね」と言うと、彼女は中身のないひょうたんを口に含み、あれ、中身がないぞ? と今更思い出したように唸って、ひょうたんを地面に置いて、うむ、と頷いた。「その心意気や、よし! 結構好きよ、そう言うの。にゃはは♪」 そう言う訳で、頑張ってぇー、と彼女は適当に応援をして、ふらふら体を持ち上げる。「ま、おんなじ異世界から来たもの同士、仲良くしましょ? 何かあればおねーさんに相談していいわよぉ」「はい……ん?」「それじゃーねぇー」「ちょ、ちょっとメイメイさん!?」 今なんか、異世界とか言わなかった!? あのあの、待って、待ってください! 叫びながら釣竿を抱きしめ彼女の背を追う。けれども一向に追いつかない。ひゃっと足を止めた時、唐突に奇妙な建物が現れた。「……え」 そんな訳ない。建物がいきなり現れる訳がない。私が見落としていたんだろう。 中華テイストな外見の建物は、チャイナ服の女性、メイメイさんを連想させる。 入ろうか、入るまいか。足踏みをしていると、キイと静かな音を立ててドアが開いた。先ほどまで一緒にいた彼女が、にょっとドアから顔をのぞかせている。相変わらずほっぺたを赤くしたまま、「あらぁ、早速何か、ご相談かしらぁ。にゃはは」と彼女は楽しげに笑った。 BACK TOP NEXT 2005.??.?? 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