彼らが来るまで




「この世界はね、六つの世界があるよ〜。今私達が召喚された世界、リィンバウムが一番の中心として、機界、ロレイラル。幻獣界、メイトルパ。霊界、サプレス。鬼妖界、シルターン。そしてほとんど不明とされている名も無き世界。このリィンバウムから世界は繋がり、召喚され、呼ばれるのよ。その呼んだ主を失った召喚獣がはぐれ、と言われるのね?」

うふふふぅ、とメイメイさんは机の上に肘を乗せ、私を見上げた。私は口をぱくぱくと動かして、そんなこと知ってますよ? とうそぶく準備をしようとした。なんてったってこれはおそらく、この世界の一般常識に違いない。あの奇妙な施設の召喚師が口にしていた聞き慣れない単語を思い出した。それを知らないのはおかしい。召喚獣だと自分から主張しているようなものだ。

けれどもそんな私の思考も見透かしたのか、「いやいや、唐突にメイメイさんがおしゃべりして、ちゃんに確認したくなっただけよぉ? ね〜、間違ってないわよねぇ?」と上目遣いに確認する。「そ、そうですね……!」と私は頷いた。正直意地を張っているのは馬鹿らしくなるのはさておき。

きかい、げんじゅうかい、れいかい、きようかい。いくつかの漢字に置き換えると、なんとなくその世界のイメージがつく。霊界が一番分かりやすいだろう。自分が想像しているものと、まったく同じかどうかは分からないが、あの施設の牢の中には天使のような白い翼を持つものもいくらかいたような気がする。(ロレイラル、メイトルパ、サプレス、シルターン……)覚えておこう。

もちろん、そのどの世界も記憶にない。だったら私は名も無き世界からやってきたのだ。アスナクもそう言っていた。うーん、と私が唸っている間に、メイメイさんは机を乗り越え、驚くほど近くにいた。くんくん、くんくんと鼻を鳴らしている。「あ、も、もしかして臭いですか!?」 日本にいたときと違い、さすがに毎日お風呂に、という訳にはいかないので、ぶっちゃけ、そう、言い辛いのだけれども、アレかもしれない。「ふうーん、違うわよ。くんくん」「あ、ちょ、におわないで……!」 堪忍してー!

ぱたぱた暴れていると、店の端に所せましと置かれた酒びんを足で蹴っ飛ばしてしまった。びんはごろごろと転がり、店の中の品物に激突する。メイメイさんにぎゅっと服を掴まれている今、あわあわすることしかできない。それにしても、赤を基調とした店内や、ところどころに見える飾り紐など、妙に中華テイストだ。


ちゃんってぇ……」
むーん、とメイメイさんが眉をひそめた。
「面白い匂いがするのよねぇ」
「え、やっぱり臭かったですか!」
「にゃはは、だから違うってぇ。……これは、うんうん、魔力の匂いね。私が知っているものと、ちょっぴり違うけど」

うんうんやっぱりね。と彼女は満足げに頷いた。そしてやっとこさ手のひらを私から離して、じぃっとこちらを見つめる。「私はメイメイよー?」 さっきも聞きましたけど。一応再び。「僕はですが」「うんうん分かったわ。で、本当のお名前は?」「ですって……!」「むふふ、真名は言えないって訳ね? 中々用心深いわねぇ、ちゃんは」 むふふ。

ちゃん、という所に、妙に力を入れられた。私はため息をついた。
異世界だというから、何でもありなのかもしれない。隠し事なんてできない。けれどもちょっとのプライドを残して、フードをかぶったまま、「ですよ」ともう一回念を押す。ここで嘘をつくのをやめてしまったら、またどこかでポロポロとボロを出してしまいそうな気がするのだ。

メイメイさんは、面白げにぎしりと床の背もたれにもたれかかった。「それ」 彼女はピシリと私の腰に指をさす。「とっても大切な刀なのね。間違ってないわ。あなたの相棒の片割れなのねぇ。メイメイさんから言えることはただ一つ。あなたはこの世界との繋がりを増やした方がいいわ。そうすれば、選ぶ権利を与えられる」

神妙な口調で呟いた彼女と私の間で、しばしの間の沈黙が訪れた。けれどもすぐさま、「なーんちゃってぇ♪ にゃはは」と彼女は両手を肩の横にぱぁっと開いておどけて見せたのだ。





おそらく、彼女は多くのことを知っている。
なぜならこの鈴鳴を、相棒の片割れと言った。もう一人の相棒はだ。何故メイメイさんがそのことを知っているのかと疑問に感じたけれど、ここは異世界なのだ。私の常識が通用する世界じゃない、と解決しようとするのは、思考の停止だろうか。停止したくもなるさ。

片手にバケツを、もう片手には釣竿を持って、じゃぶんじゃぶんと音を鳴らしながら、先ほどの岩場に向かった。結局メイメイさんからもらった魚はそのままにしているが、これを持って言って、さあ食糧をゲットしたので、仲間に入れてくださいジャキーニさん、と言うような面の皮が厚い真似は出来ないし、したくない。けれども結局餌はない。気づけば船を出たときよりも太陽が沈んでいる。さすがに夕方までには戻らなければいけないだろう。どうしたもんか。

よっこらせ、と腰を下ろした。どこぞの太公望のごとく、釣れるはずのない竿で延々と時間を食うだけだ。それにしてもメイメイさんは一体どうやって魚を釣ったのだろう。私が知らないミラクルテクニックがあるのだろうか。聞けばよかった。でもちょっと真似はできそうにない。どう考えても人外の技だ。


「どうすればいいか、わかってるくせに」

ふと聞こえた声に、瞬いた。またメイメイさんか、と思ったけれども違う。私の左の一メートルほど横に、小さな女の子がちょこんと座っている。左目をぐるぐると包帯で覆っていて、動きやすそうな、シンプルな服を着ていた。またこの島の住人か、と思って、にこりと愛想笑いをしてみた。少女も可憐に微笑んだ。中々可愛らしい子だ。

「わかってるって、どういうことかな?」問いかけてみても、彼女は私を無視して、パタパタと両足を動かしている。そのとき気付いた。彼女の足はうっすらと透けていて、向こう側の岩肌が見えている。「…………」 怖いと言うより、驚いた。これが夜だと話は違ったかもしれないけれど、真昼間に出る幽霊ほどしょぼついたものはない。っていうか、幽霊?

「もう知ってるのよ。は知ってる。釣りをしたことがないなんて、ウソ。いっぱいしたわ。お腹が減るもの。お魚釣りは、案外得意だったのよ?」

カラカラと明るい声で彼女は私に笑いかけた。「……餌が、ないよ」 反応できたのはそれだけだ。自分には分からないことを話しかけてくる人間は、ちょっと怖い。「そこにあるじゃない」
それだけ言い残して、少女は消えてしまった。そこに、と指をさしたのはバケツがあるだけだ。その中では小さな魚がぱしゃぱしゃと泳いでる。「あっ」 あ、そうか。
すぐに私は気がついた。






とても自分はうきうきしていた。なんてったって、自分の力で、食糧を手に入れることができたのだ。一人だけの力とは言わない。釣竿は自分のものではないし、もとの餌はメイメイさんが釣ってくれた。そう、魚自身を餌にすればよかったのだ。自分でも驚くほどの大物が、バケツから頭をのぞかせて、苦しげに尻尾を折り曲げている。
これを見て、ジャキーニは一体どう思うだろうか。お魚は嫌いなんじゃー! とやっぱり叫ぶんだろうか。けれどもしぶしぶに了承して、苦々しい顔をしてするのだろうか。

考えただけでも、ちょっぴり楽しい。砂浜に、自分の足跡がざくざくとついて行く。その作業さえ、なんだか楽しい。空はほんの少しずつ夕暮れがかって、もうそろそろ晩御飯の時間だ。今日のオウキーニさんのご飯は何だろう。大好きなんだ、オウキーニさんのご飯。頂きます、と言って、お箸じゃなくて、フォークとナイフの食卓で      

がしゃん、と私はバケツを砂浜に落とした。中の魚が驚いたように尻尾をばたつかせて、水が飛び散る。「え、あれ……」 もしかして、場所を間違えてしまったのだろうか。きっとそうだと頭を抱えて、バケツを持ちあげ、背中を向けて数歩進んで、けれどもまた元に戻る。間違いな訳ない。何度も確認した。間違いじゃない。だったらなんで。

いつもなら、船が見えてくるはずなのだ。どくろに黒ひげマークの海賊船。ほんの少し、愛着さえ湧いてしまった船。けれども今は、いくら進んだところで、押しては引いてゆく波と砂浜だけだ。(ちがう)
船の修理は、後少しだった。今すぐにでも出航できるかもしれないと、今朝オウキーニが言っていた。(でも) 嘘だ、と呟いた。


私はとても悲しくなって、砂浜の中で、小さくうずくまった。
(おいて、いかれちゃった……)
波が押し寄せる音が聞こえる。けれどもバシャバシャと暴れる魚の音が、嘘のように遠くてめまいがした。



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